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帰宅――といっても宿だが――途中、ふと気配を感じる。
それは通りすがりと言うには粘着すぎるほど俺の背後を一定の間隔で付いてきている。
もう夕暮れだ。太陽が地平線に呑まれる寸前の数分、あるいは十数分。
大通りを歩いているが、彼らもそれでは何もできまい。
(……しかたない)
このまま宿に付いてこられても面倒だ。
探知魔法を使用して適当に見つけた裏路地に入って行く。付いてきている連中以外、人がいないのは確認済みだ。
「出てこい。なんのつもりだ」
声をかける。
息を潜めていた男達が姿を見せた。
着ている服や容姿は平平凡凡。あるいは景色に溶け込むほどに一般的といえる。だからこそ彼らの力量や技術は高いものであると推察できる。
「……お命ちょうだいします」
全員が小刀を取り出す。
その形状は見たことがある。たしかユイが持っていたものだ。
「――一声かけるなんて優しいじゃないか」
それはバカ真面目と褒めるべきか。礼儀や情のようなものが先んじたのだろう。
数にして五。
それは正面だけの数。
後ろからまだ三人。それらは気配をうまく隠して俺に迫っていた。
声をかけてきたのはダミーか。
だが。
「ぐっ!?」
「はがっ!」
まずは後ろの男達だ。
こめかみ。あご。みぞおち。
速度はこちらの方が断然早い。
隙を突いて来た前方の五人も同様だ。
一人残らず倒す。
弱くはない。が、強くもない。ギルドのランク制に当てはめるならCかBランク程度だろう。ベテランか、一歩抜きん出た努力をした人材だ。……そう考えると強いのか?
まぁ、そんなこと今はどうでもいい。
「おまえ達、どうして俺を――」
「……まだだ」
四人は立ち上がった。
気管を圧迫したり、あるいは急所となる部分を突いたりしたのだが、それでも立ち上がってくるか。
かなり苦しそうだが気合は入っている様だ。
不自然なのは他の四人か。ピクリとも動いていない。あまりにもギャップがありすぎる。いや、これは。
立ち上がった四人が小刀を震わせながらも俺に向ける。先端から毒々しい液体が垂れている。
「――ちっ」
嫌な瞬間を目撃していたようだ。それに気づかず放置してしまっていた。
肩口。膝。頸椎。
迫ってくる四人を今度こそ行動不能にする。
それと同時だ。
「あがッ!?」
一人一人の口の中に手を突っ込む。
不自然に滑らかな丸薬の詰められた奥歯を抜き取る。嫌な音と血液が飛ぶ。
取り出したものを見ると……やはり紫色の小さな球体が歯に詰め込まれていた。これは間違いなく毒だろう。
「ここまでして何がしたい?」
四肢を地面に転がした男達に尋ねる。
四人の息はあるようだが、他の四人は既に死に絶えてしまっている。丸薬を舌で取り出したのか、噛み砕いたのか。どちらにせよ飲み込んでしまったのだ。苦しむ姿がなかったのは即死性のものだからか。
「……殺せ!」
「むりだ。答えろ」
これは明らかな殺意と覚悟があってのものだ。
ただの殺し屋ではない。何らかの組織的な犯行だ。
「……」
だからこそ俺の問いには容易には答えない。
不意に思い出す。俺を襲う直前に『……お命ちょうだいします』なんて言っていたことを。
俺の考えが正しければ。
「人を無差別に殺そうってのか? とんだ極悪人だな」
「――だれが!」
予想通り、過剰なまでの反応を示してくれた。
彼らなりの道理と礼はあるようだ。ただ無差別に襲ったとなると、それはきっと不名誉なことなのだろう。
男が続けた。
「我々は東和国の者だ! 貴様を人質にする……! それが目的であって無差別ではない……!」
人質って。
かなり卑怯なんじゃないのだろうか。
まぁ東和国とは戦争しているって話だろうから、そこは戦略の一つと考えていてもおかしくはないので言及はしない。
それよりも。
「結局は無差別じゃないか。俺は事情を知らない一般人だ。巻き込んで人質だなんてな」
「事情を知らないだと!? 抜かすな! 一般人だとほざきおって……! 貴様がユイの関係者であることは割れているんだぞ!」
「ユイ?」
「旧五頭任家の生き残りのユイだ! 知らんとは言わせん!」
東和国と戦争しているそうだから、まぁ間違いなく彼女だろう。
そういえば実家が皆殺しにされたなんて話をしていたな。きっとそれのことを言っているのだ。
「まぁ知らんでもないが。なぜ殺そうとする?」
「……やつら一家は東和国の『和』を乱そうとしたからだ」
それは、するりと口から出てきた。きっと彼らが重んじるものなのだろう。煽らずとも、これは勝手に答えていたと思えるものだ。
「和ってなんだよ」
「協調だ。大陸のように争ってばかりのバカにはなりたくないんでな。強い結束をもって東和国は存在する。そして、それは全ての困難を打破するものとなるのだ……!」
「へぇ」
なんて言っているのかよくわからん。
そんな感じのものがあるってことだろう。
だが。
それ以上のことは聞いても答えてはくれなかった。これ以上は俺の役割ではないということか。
仕方ないので騎士団に送り届けておいた。




