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「そういや、どうしてスフィがいたんだ?」
不意に浮かんだ疑問をクエナとシーラに向けた。
スフィは既にこの場には居ない。
聖剣をシーラに預けて礼儀正しくお辞儀をした後に「私は用事がありますのでこれにて失礼します……!」と外に出て行った。
ちなみにシーラも聖剣を置きに部屋を出ている。
今は落ち着いてクエナがお茶を用意して二人して座っている。
「冒険者カードでスフィから連絡が来たのよ」
「え、そんな便利になってるのこれ」
思わず冒険者カードを取り出す。
相も変わらない形だ。使用用途も昔と変わっていない。……少なくとも俺は。
「何回かアップデートが来てるわよ。といってもギルドで冒険者カードを取り換える必要があるけど」
「そうだったのか……」
そんな説明受けたような、受けなかったような。
「俺も取り換えるかなぁ……」
「そうした方が良いわよ。これこんな便利なのに無償だし」
森に住んでいた頃じゃとても想像のできない代物だ。
まぁ、今は大きく魔法技術関連が爆発的に発展しているなんて話だし、近い未来は更に伸びているのだろう。
「ニュースくらいしか見ていなかったけど、連絡が取り合えるならもう少し使ってみるかな」
「そうね。そうすると良いわよ」
ふと、クエナが思い出したように言う。
「そういえばウェイラ帝国がまた開戦したみたいね」
「ああ、東和国だろ?」
大陸とは海一個隔てた国だ。
あまりこちらとは関りを持っていなかった国との開戦で大きくニュースになっていた。
「ええ、そうよ。ユイが狙われたから報復で……ってね」
その口実は話題を盛り上げた。
将軍級であるユイを狙った犯行はウェイラ帝国にとっては由々しき事態なのだろう。
「すごいよな。ウェイラ帝国も連戦して良くもつもんだな」
俺もかつては国の騎士団に所属していた。
だからこそ分かる。
長い戦いは騎士団の士気に繋がり、国全体の疲労にもなる。
ウェイラ帝国は異常だ。
あれをずっとやって、しかも大勝を何度も挙げているのだから。
クゼーラ騎士団ではとても想像ができない。
「まぁ幾つかの理由はあるわね。生まれた時から戦争に明け暮れていた世代だし、報酬も十分に手厚いし」
「それでも人も資源も無限じゃないだろうに。特に魔族の時は全戦力を挙げてるって感じだったぞ」
「ええ。けど今は安定しているから、いつもどおり多方面に展開している。安定しているとは言っても魔族領は一進一退で油断できないみたいだけど」
戦略には通じていないが、そのタフさと器用さはなんとなく分かる。
仮に俺が一番上に立った時のことを想像してゲッソリする。あっちやこっちに手を出して、それでいて成果を出している。内政にも注意を払わなければいけない。……ルイナもよくこなせるものだな。
「勝てそうなのか? 東和国にウェイラ帝国は」
「規模はウェイラ帝国が上回っているわよ。それに東和国は疫病が流行っているみたいだし」
「疫病って?」
「野生児のジードには関係ない代物ね。病気よ、病気。人が弱体化するイメージをすればいいわ。それが伝染するの」
「回復魔法を使えばいいじゃないか」
「適するものがあれば、ね。でも東和国の疫病は十数年前からずっと流行ってるって話よ。強力すぎてどうすることもできないんじゃないかしら」
「ふむ……」
「ま、ワクチンの作成は専門外だから私も分からないけど」
肩を竦めながらクエナが言う。
色々と大変そうだな。
伝染するならウェイラ帝国も近づかない方が良いと思うが、それは東和国が近づいてこない前提だ。だが今回ユイが狙われたようだし、それはムリな話か。
だからあえて攻め入って疫病も攻略してやろうというのだ。
「話を聞けば聞くほどウェイラ帝国はタフネスだな」
「それがあの国の良いところでもあり、悪いところでもあるわね。異様すぎるもの」
どこか懐かしむようにクエナが言う。
母国だから思うところがあるのだろう。かといって、その話題を掘り起こすのもマズいか。
「それじゃ、そろそろ俺も帰るよ」
「ん、そうね。シーラが戻ってうるさくなる前にね」
「ああ。あいつ俺の顔を見るたびにキスキスうるさいからな」
冗談……のつもりで肩をすくめながら言ったつもりだった。
が、それはあまりにも無神経なことに気づいた。
クエナと互いに顔を真っ赤にさせて視線を逸らす。
あの時のことを思い出したのだ。――事故とはいえ唇を重ね合わせた時のことを。
泰然自若を演じながらも、やはり内心は思い出すだけでドキドキと胸が鼓動する。
「じゃ、じゃあ行くから」
「そ、そそそ、そうね……! はやく行きなさい……!」
ダメだ。
ふとした切っ掛けでもこれなのは非常にマズい。
おかげさまで二巻目が発売されました。




