じんち
転移した先はウェイラ帝国軍だ。休息にでも入っているのか大規模な野営陣地が建てられている。
きっとここから魔族領土の支配を進めていくのだろう。
「……! き、貴様はっ!」
見知った顔のおっさんが声をかけてくる。
ああ、こいつは確か元Sランクの冒険者だとかいう男だ。今はウェイラ帝国に引き抜かれているそうだが。
「バシナ……だっけ?」
「あ、ああ。神聖共和国では世話になったな。おかげで今じゃ第1軍の副軍長に格下げだ」
世話?
たしか蹴飛ばした覚えはある。だが、世話という世話はしてない。ああ、皮肉か。
「そうか、なんか悪いな」
「いや、負けた俺が悪いんだ。に、してもなんでここにいるんだよ? もしかして参戦予定か?」
「参戦?」
「ああ。うちのボスがギルドに依頼したのかと思ったんだが違うのか? 周りもおまえに期待で目を光らせてるぜ?」
見てみれば、野営地を築いて居たり、腰を下ろしている奴らが俺の方をキラキラした眼差しで見ていた。
あるいは背をピンとさせて震えながら見られてもいる。
「いや、ルイナに挨拶をしに来ただけだ。さっきマジックアイテムにやられてたからな」
「そりゃ残念だ。おまえが味方なら心強いことこの上ないんだがな……。ルイナ様なら、ほら。あのめちゃくちゃ高い位置にある国旗のテントにいるぞ」
「あれか。ありがとう」
「おう。次に会う時もこうやって敵対していないと助かる」
まるで化け物を見るような目つきで言われた。
それから何回かの守衛に足止めをされる。命を賭ける如き目で。
申し訳ないことに覚えてはいないが、きっと彼らとも戦場で出会ったことがあるのだろう。
だが、ルイナから許可が降りたとかで無事に通されることになった。
赤を基調としたテントに入ると長椅子に腰かけながら、膝に手をつけて前倒れになっているルイナがいた。
隣にはコートを掛けて樹液の入った小瓶を握っているユイもいる。
「やあ、わざわざ会いに来てくれるとは嬉しいじゃないか」
気丈に振舞っているが汗で滲んだ髪と影のある顔から苦しそうなのが伝わってくる。
ユイが持っている樹液の入った小瓶も、その苦しさから解放させるためのものだろう。
「フューリーが用意していたルストが強烈だったのは見えていたからな。大丈夫そうか?」
「ふふ。ジードに気遣われるとは嬉しい限りだ。膝枕の一つでもしてくれたら楽になると思うが、どうだろう?」
悪戯な口調だ。
どこぞのギルドマスターに似て、愉快そうに頬を釣りあげている。
「そんな軽口を言えるのなら大丈夫そうだな」
「あっさり流してくれるじゃないか。すこし期待したのだがな」
ルイナが不満そうに口を尖らせる。
いつものような不敵な態度ではない。それはきっと、この場には俺とユイしかいないからだろう。
不意にユイと目が合う。
「そういえばユイはどうやってギルドから引き抜いたんだ? バシナは金って分かるがユイはどうもそんな安易なものではない気がするんだがな」
きっと地位や名声でもないだろう。
バシナが第0軍の軍長をやっていた時、ユイは裏方の部隊に回っていた。
それにどうもルイナに抱いている忠義心は大きいように思えた。度々ユイがルイナを庇っているところを見ているしな。
「……滅ぼしてほしいから」
「おー……」
さすがの俺でも意図が分からない。説明不足はいつも通りだが、今回はさらに度を過ぎている。
きっと配慮できないだけの感情がユイの中にあるからだろう。
かなり物騒な単語が出てきているわけだし。
反応に困っていると、ルイナが少し驚いて見せた。
「随分と仲が良くなったんだな? ユイが私以外にそれを言うのは初めて聞いたな」
「かなり大事なのか?」
「ああ。ユイは実家の家族を皆殺しにされたからな」
まじかよ。
そんな重たい事実をあっさりと伝えてくるあたり、ルイナの器はデカいらしい。
こういうことは本来ならばユイが直接言うべきことなのだろうが、彼女は言葉不足感が否めない。きっと理由を口にしただけで後はルイナが補足しても良い、ということなのだろう。
に、しても皆殺しにされたってのは聞いていてキツいものがあるな。
「その仇を討つために、ウェイラ帝国に引き抜かれたって訳か」
「ううん。ルイナ様に」
「そうか。そうだな」
わざわざ訂正された。しかし、それだけルイナが大きく関わったということだろう。いや、大きくではないか。全て、なのだろう。
「ジードはどうだ? そろそろ結婚式を開いてもいいぞ」
「またかよ。断ったろ。しかも結婚式って早すぎるだろ。もっとステップを踏むもんだって流石の俺にでも分かるぞ!?」
「くく、冗談さ。しかし、欲しいものは絶対に手に入れる。どんな手段を用いても」
「諦めの悪い奴だな」
まぁ、そんなルイナのネバーギブアップな精神が良いところなのだろうけど。
「んじゃ、帰るわ」
「そうだな。今は大した歓迎もしてやれん状況だ。またウェイラ帝国にでも来るが良い」
「機会があったらな」
そういえば王竜の娘からも来訪しろと言われていたっけか。いずれ行かないと。
しかし、今はギルドに戻るのが先か。
「ああ。いつまで経っても来なければ機会とやらを私が作ってやる」
「こえーよ……」
こいつの場合なにをしでかすか分かったもんじゃない。
ギルドには手を出さないとは言っていたが、ルイナならばやりようはいくらでもあるだろう。
あ、そうだ。
「ありがとな。魔族領に来てくれて」
「何のことだかな。私は領土を奪いに来ただけだ」
「そうだな。まぁ、それもあるだろうな」
しかし、ルイナが来てくれなければギルドの被害が大きかったのも事実だ。
ウェイラ帝国としても利点が大きいから来たのだろうが、それでもギルドが助けられたことに変わりはない。
クエナの姉はどうも素直じゃないようだった。
「ああ、そうだ。おまえに聞きたいことがあるんだった」
「ほう、私に?」
「あのさ、褒美って――」




