気持ち
「おい!」
「どうしたのよ?」
フィルの呼びかけにシーラが応える。
未だに顔の熱が冷め止んでいないクエナの足も自然と止まった。
「ほら、飲め」
フィルが小瓶を軽く口に含んでから、二人に投げ渡した。まずシーラが受け取った。
「これなによ?」
「エルフの神樹の樹液だ。見てみろ」
フィルが自らの腕を二人に見せた。
先ほどの激戦で付いた傷がみるみる塞がっている。
クエナが言う。
「エルフって……」
「ああ。カリスマパーティーでの依頼遂行をした時の報酬みたいなものだ」
「要らないわよ。私達ここではライバルでしょ」
「ここでは、じゃない。ここでも、だ」
フィルが二人を見据えて続ける。
「少なからず、ソリア様やユイはおまえ達のことを意識している。だから、おまえ達とはフルパワーで戦いたい。ランクや実力はまだおまえ達の方が下だろうがな」
「一言めちゃくちゃ余計ね!?」
シーラが額に血管を浮かばせながら言う。
しかし、否定しないあたり、彼女もそこは慢心していなかった。
だからといって試験を放棄するわけがない。
純粋な一対一では負けるかもしれないが、試験を左右するのは地理や知識、運などがあるからだ。
「……まぁでも、ありがたく頂くわよ! ジードとキスしたいしっ! あなた達には譲る気ないし!」
シーラが小瓶の液体を飲む。
少しだけ余らせて、ぐいっとクエナに手を向ける。
しばらく見たクエナが顔を逸らした。なにかを考えるように。
「クエナ、飲まないの? 傷だって癒えてないでしょ?」
「……私は」
プライドからか。
クエナは小瓶に触れられない。
そこでシーラが言う。
「クエナ!」
「!」
突然、大きな声で呼ばれてクエナが身を震わせた。
「あなたさっきもそうだったじゃん! ジードに『キスしよう』なんて言わせてさ!」
羨望とクエナの緩慢な言動に対する苛立ちから、ぷりぷりとシーラが頬を膨らませながら言う。
それを察しても上手く言葉を紡ぐことのできないクエナが視線を合わせられずにいた。
「だって、私ずっと一人でやってきてたし……。人とウィンウィン以外で取り合ったことないのよ」
「うそこけー!! あんたどんだけ私のご飯食べてきたのよ! 今のクエナの身体は私の手作り料理100%でしょ!」
「それはシーラが私の家に住んでるからでしょ!?」
「うっさい! 家事は高いの! あんたはもう人に頼りまくってるの! だからフィルからの好意くらい有難く受け取りなさいよ!」
「そ、そうだぞ。礼なんて気にする必要はない。……前にいきなり喧嘩を吹っ掛けてしまったことがあるしな。その謝罪だと思ってくれれば良い」
「……」
クエナが考える。
間髪入れずにシーラが言う。
「そんなんじゃ、ジードに甘えられないよ? 好きなんでしょ?」
クエナは何の反応も示さない。
動揺するような領域からは離れて、ある種の達観のような面に辿り着いたのだろう。
「多分、好き。…………最初は嫉妬だったと思う。でも、そこから憧れに繋がっていった。一緒に行動するうちに、きっと……」
クエナが自身の手で左胸を抑える。高揚する気持ちを確かめるように。心は確かに平常時よりも高鳴っていた。
「――私も好きだもん。大好きだもん!」
「!」
「だから私はこの試験をどんな方法でも突破したい! 敵の手を借りることになってもジードとキスがしたい!」
「……そう、ね」
「そうだ。それに頼るなんて考える必要もない。利用する、でもいいんだぞ」
二人がクエナの背を押す。
それにクエナが、甘えた。
シーラから小瓶を受け取って一気にあおる。
空になった小瓶をフィルに返して、クエナは樹液の効果を確認した。傷がなくなっていく。
「……ありがと」
「ふふん。じゃあ、ここからは問答無用の勝負! 邪剣さんは魔草の在り処も最短ルートも知ってるのよ! さらばーーっ!」
シーラが足に雷を纏わせて高速で移動する。
「ぬああ!? あいつ卑怯だぞ!」
その後をフィルが追う。
クエナはそんな様子を見ながら、くすりと笑って足を一歩踏み進めるのだった。




