ソリア、リフ
「……これは驚きましたね」
それはソリアの声だ。
半透明の水晶にその身を映している。
そんなソリアを見ているのは神妙な面持ちのリフだ。
両者共に手元には一枚の用紙が握られている。それは依頼書のコピーだ。ジードが引き受けた依頼、そして依頼者名が記されている。
「フラウフュー・アイリー。――三つの領土を持つ魔族、ですか」
「ああ。魔王に最も近い者じゃ。それがジードを連れて領土を取りに行きよった」
依頼書と同封された書類には顔写真も付いていた。
それはギルドからジードを連れて出ている華奢な少年の顔だ。
――通称、フューリー。
フラウフュー・アイリーこそがフューリーの本来の名前。その正体は魔王に王手をかけた魔族だ。
「こんな顔をしていたのですね」
「ああ。魔王に最も近い者であるのに、歴代でも最も影が薄く、存在を目立たせておらぬ」
「彼が起こした幾つもの事件は何度も耳に届くのに、ですか」
「フューリーに関する情報を漏らそうとした者は消えるからの」
チョキチョキ、という心地よい音がする。
それはソリアがリフから届いた顔つきの写真を切っていた。
「なにをしているのだ?」
「フューリーの顔写真を切り取って神聖共和国の中で拡散しておきます。各国にも手を回しておこうかと」
「いや、それは別に分かっておるが……」
切り取る必要あるか?
そこがリフの疑問だった。
だが、リフから見ればソリアの持つ写真は反対側。つまり何を切り取っているのか分からない。
しかし、ソリアが切り取った写真を机上に置いて、ようやく察した。
「では、この写真は情報共有のために使わせていただきます」
そう言いながら、フューリーの映っていないの方の写真を袖に入れた。それは――ジードの映っている方だ。
リフも切り取られた部分を探すための手掛かりは手元にある。
フューリーが消えたらどこが残るのか分かる。
ジードがフューリーに手を引っ張られて転げないようにバランスを取りながら歩いている姿だ。
(シーラを彷彿とさせるヤバさじゃな)
もしくは、それ以上か。
ソリアのジード信仰にはリフも勘付いている。
それはジードを強く推挙した一人であるソリアだからだ。
「それで、私にご用件とはどういった趣でしょうか?」
ここから本題に入って行く。
リフがソリアと連絡をとった目的だ。
「いや、なに。お主は『聖女』じゃからの。魔王が生まれる兆しは伝えようというだけじゃ」
「……ふむ。ジードさんの手助け、というわけではないのですね?」
「意外じゃの。あやつが手助けを欲すると思うのか?」
「いいえ、まったく。ただギルドにとってジードさんは大切なお方なので、万が一でもないようにと考えたのですが」
「ふふ、安心せよ。こちらでも『色々』と手を打ってある」
その笑みには底知れぬ何かがあった。
そんなリフを見てソリアはそれ以上は何も言わなかった。
「では、ただ備えろという話ですか」
「うむ。ジードが失敗するとは思えん。まず間違いなく魔王は生まれる」
「……しかし、成功報酬に魔族領にギルドを立てる、とあります。これは人族と魔族の平和のためのものではないのですか?」
ソリアの問いは単純なものだ。
ギルドが平和の架け橋になるのではないのかと。そのための魔族領のギルド設立なのではないのかと。
実際に、獣人族と人族には様々な組織が入り乱れており、それら全てが直接的、間接的に良好な相互関係を生み出している。
「いいや。そう上手くは起こらん」
「……」
まるで何かを悟っているかのように。
リフが遠い場所を見る。
「人族と魔族は『何か』が作用しておる。剣で切り結ぶことはあれど、手を重ねることはないじゃろう」
「それは……」
「そもそも簡単にギルドを設立させてくれるとも思えんしの」
何か言おうとしたソリアに、リフがかっかっかと笑い飛ばす。
それは明らかに何かをはぐらかしたような言い方だった。
リフが続けて口を開く。
「まぁ、魔王が生まれたら間違いなく、ソリア――お主が聖女じゃろう」
「……」
はい、とは答えない。
あくまでも女神が決めることだから。
ここで肯定的に頷くことは傲慢のようなもの。そんな謙虚さがソリアにはあった。
だが、世間では聖女に近しい存在はソリアしかない。
それに二つ名である【光星の聖女】が体現しているのだ。
だからこそリフが連絡をとった。
「他の役職で誰が当てられるかは分からん。じゃが、勘ではあるが勇者に――――ジードが選ばれるだろう」
「ええ」
今度はソリアも頷いた。
「そうなればジードにも言うつもりじゃが、お主らギルドを抜けろ」
「――!」
あっさりと放たれた言葉にソリアが目を見開く。
「どうして、ですか……?」
「ギルドはこれより人族や魔族からも人材を輩出していく組織にある。魔族領に関しても、実はギルドの前身となるものは用意してあったのじゃ」
「……なるほど」
それは表面的に言ってしまえば厄介者の追放だ。
だが。
ソリアは違うと考えた。
それは優しさなのではないか、と。
もしもギルドに残ればジードもソリアも動きづらいだろう。
忖度しなければいけない。そんな状態にはしたくない。そんな考えがリフにあるのではないか、と。
しかし、それだけではない。
ソリアは未だにリフの奥底が読めていない。
それならば。
どうしてわざわざ魔王を誕生させる依頼を引き受けた? 結果的にジードやソリアといったトップクラスの戦力と信望を失っている。
なにがしたい?
様々な糸を手繰り寄せて見るが、どれも整然とした意図には結びつかない。
ただリフの言われるがまま、ソリアは頷いた。
「――元勇者パーティー『賢者』のリフ様が言うのであれば、私も了承する他ありません」
「そんな肩書よりもわらわ自身を見て欲しいがの」
どこか懐かしそうにリフが笑った。




