お話
Aランク冒険者達の試験が始まって、しばらく。
かなり歩いているが目的地には遠く、既に夕暮れになっている。
森の真っ只中でクエナとシーラが休んでいた。
「あんた、いつまで付いて来るつもりよ」
クエナが傍で鍋をかき混ぜているシーラに言った。
それにシーラが頬を膨らませる。
「なによー。じゃあご飯いらないってわけ? 返してもらうわよ、いま食べてるもの!」
「うっ、それは……」
クエナが思わず手に取ってある器を引っ込める。
それはシーラの調理しているスープだ。地面に敷いてあるハンカチの上にはパンもあった。
「でも、私達はパーティーじゃないから一緒に行動するのもどうかと思うわよ」
「そこはルールになかったからいいじゃないの。どっちにせよ私達のどっちかしかSランクになれないんだし」
協力し合っても最後はSランクの座を奪い合うことになる。
それは醜くも、この試験の真髄を突いてある。
どこまで利用できるか、利用されてしまうのか。信じる心よりも考える力を重視する。
「……そのうちAランク冒険者で談合が起こりそうね。金銭での買収で他のAランク冒険者を味方に付けたり、とか」
クエナがぼそりと現状を見ながら言う。
「そんなの、実力主義の世界じゃなんの意味もなさそうじゃない?」
「あんた、稀に真面目になるわね」
「稀にってなによー! 私はずっと真面目だもん!」
そんなやり取りの中で呻き声が聞こえる。
風が峡谷を駆け抜けるような壮大な木霊が森全体に響いている。
咄嗟にクエナとシーラが剣を取って警戒する。
ここは既に――魔族領。決して油断できない場所だ。
『なにか、いる』
邪剣の雰囲気を纏ったシーラの口が動いた。
その視線の先は大きな葉の向こう側だ。なにやら気配を察知している。
シーラが前に出て葉に手をかざす。
クエナと一瞬だけアイコンタクトを取る。『開けるわよ』と。
警戒を増幅させて一気に葉を取る。フィルがいた。手には果物を持っている。口に頬張っている。
「あ、あんあ、おあえたい!(な、なんだ、おまえ達!)」
「……あんた。なにしてるのよ」
ここまでの至近距離だ。
フィルが意図的に隠れてクエナやシーラを見ていたことは察せられた。
ごっくん、と口に含んでいるものを飲み込んだフィルが慌てて弁解する。
「べ、別になにもしてないぞ! たまたま近くにいただけで理由なんてない!」
『気配まで隠して何を言ってるのよ』
「そ、それはだな……!」
意を決してフィルが言う。
「あ、謝りたかったのだ! おまえ達に……! 前に喧嘩を吹っ掛けてボコボコにしてしまっただろう。その件に関してどうしても謝りたかったのだ……!」
「謝ってたじゃないの」
『そうよ。なんか手紙まで送ってたじゃないの』
フィルの今更の謝罪にクエナとシーラがポカーンと見る。
だが、それだけでは足りないとフィルが首を横に振る。
「私はソリア様に関わることはブレーキが利かなくなるんだ。冷静になった今だからこそ分かる……! 私はとんでもないことをおまえ達にしていた……!」
涙目になりながら、がばっと姿勢を崩して両手を地面につける。
それからフィルは息を吸い込んで続けた。
「本当にっっっ……すまなかったっっ!」
『うん、いいよ』
「剣聖の土下座なんて、とんでもないものを見た気分ね。別にどうでもいいけど」
「すごいあっさりしてるんだな!?」
「根に持つほどのことじゃないし。むしろ格上と戦えてラッキーレベルよ」
『そうね。あの時の格上と戦えてラッキーだったわ。あの時のね』
「あの時の? ……ぐぬ」
謝罪する気持ちと、何か煽られているような気持が入り混じる。言い返したいが、この場は謝罪が優先だと抑え込んでいるのだ。
しかし、
『うん。同じ状況なら勝つわ。二対一なら』
フィルの申し訳ない気持ちをシーラが決壊させた。
「……良い度胸じゃないか。たしかに以前とは違って奇怪なオーラを己の身体のように纏っているが、それだけで上回ったつもりか」
『奇怪って何よ! 私は私(邪剣)とは仲良しなのよ!』
「いや、でも確かにちょっと同体化していってるような気がするわよ。あんた昔は邪剣と人格が別だったはずなのに、今やどっちがどっちか分からないもの」
『クエナまでなによ⁉︎』
「そちらの事情はどうでも良い。だが、私の力を軽視されるのは看過できないな。この力はソリア様と共にある。ユセフには遅れを取ったがこれでも剣聖だ」
戦闘態勢。
フィルの目が鋭いものに変わる。
『あれ、ブレーキが利かないって状態に入った?』
「撤回するなら今のうちだぞ。私は紛れもなくおまえ達よりも強い」
『うわー! やる気満々だよ、この人!』
「待ちなさい。試験の最中でバトっても意味ないでしょ」
剣呑な雰囲気の中でクエナが止める。
ここで戦闘を繰り広げてもメリットはたかが知れている。それよりも試験に集中することの方が優先だ。
「……良いだろう。先にSランクになることの方が大事だ」
まだ冷静さのあるフィルが矛を収める。
しかし、と付け加えた。
「このまま引き下がって先延ばしにするのも面倒だ。だから勝負をしようじゃないか」
「勝負?」
「ああ。この試験に突破した方の勝ち。それでどうだ?」
「随分と明解ね。ま、別にいいんじゃない。勝負なんてどうでもいいけど」
『ちょっと待った! 私は二対一なら勝てるって言ったのよ! 私とクエナは個人で参加してるんだから、結局一対一対一じゃん!』
「アホっぽいのに妙な理屈を立てるな」
『理不尽!?』
「別にいいじゃないの。それともシーラは一人じゃ不安なの?」
クエナが煽り口調で言う。
『なんでクエナが煽るのよ! やっぱりジードとの約束に妬いてるの!?』
「なっ。別にそんなわけじゃ……!」
「約束? なんの話だ」
『もしも試験を突破したらジードとキスするのよっ。だから私は負けない! クエナにも、フィルにも!』
腕を組んで胸が協調される姿勢でシーラが自慢げに言う。
「キ、キスだとぉ!?」
フィルが過剰なまでに反応する。
シーラと唇が交わるほどに前のめりになって。
「そんなのはダメだ! 許さんぞ!」
『なっ。どうしてダメなのよ!? さ、さてはフィルもジードのことを……!?』
「ば、バカ言え! 私は……あれだ! ソリア様もジードに好意を抱いているんだ! だからダメだ! ジードはソリア様の……ものだ!」
『なんか所々で間があったわよ! フィルも本当は好きなんでしょ!? 気持ちには素直になりなさいよ!』
「な、なんでおまえが後押しを……。いや、いやいやいや、私は別に好きなどでは断じて……ないぞ! まず理由がない! そうだ。理由なんてないぞ! 神聖共和国を救ってもらったり私自身も救ってもらったりして恩を感じていたわけでもないし、不器用な優しさにあてられたとか、そういうんじゃない! 最初に嫉妬してただけにギャップがすごいとか思っていてもダメなんだよ! ソリア様が一番にジードを想っているはずなのだから……!」
フィルが早口で弁解する。
だが、それは思いっきり気持ちが筒抜けになっていた。
『それはソリアを言い訳にしてるだけでしょ! 誰かを優先して素直に気持ちが言えないなんてダメよ!』
シーラは心からの言葉を漏らした。
かつて在籍していた騎士団。腐っていく父親や、親しかったはずの者達。あの時に自分の意見をしっかりと述べていられれば。
そんな気持ちがあるからこそ、シーラは正直に生きている。
「し、しかし、ソリア様は私の心に決めた主だっ。逆らい背くような真似は……!」
『……ふむ。たしかに私もジードに背くような真似はできない。なら妥協点でいいじゃないの! ソリアとフィルがジードにくっ付けばいいの! とても楽な理論!』
「ぐ……! そんな、それは……!」
シーラとフィルの話は次第にヒートアップしていく。
そんな中でクエナは一人だけ置いてけぼりになっていた。明確にジードに想いを告げた彼女だったが、それでもなお距離感をうまく掴めないでいた。




