そうして
エルフの依頼を終えた俺はギルド本部に戻っていた。
ギルドマスター室の外だ。
さっそくリフに報告をしようと思ったが、中に気配はない。受付嬢に尋ねると所用で出かけているとのことだった。
仕方ないので依頼書を受付嬢に提出して、宿に戻る。
およそ二か月が経って、かなり久しぶりの王都だ。
騎士団が崩壊してからは、どこか暗い雰囲気が漂っていたが、今では盛んに商売が行われている。
ふと、クエナとシーラを見かける。彼女たちも俺の存在に気付いたようだ。
「よう。久しぶりだな」
「ジード!」
シーラが嬉しそうに飛びついてくる。
まるで子犬のようだ。あるはずのない尻尾が左右に揺れているのが見える。
「エルフの里に行ってたのよね! どうだった?」
「ああ、色々と紆余曲折あったが無事に完遂したよ」
「えへへぇ、さすがっ!」
「おまえ達はどうだった?」
「まあまあよ。いくつか依頼をクリアしていったけど、大したものは引き受けてない」
俺の問いかけにクエナが答えた。
見れば彼女たちは腰巾着をしており、普段よりも装備が厚い。
大したものを引き受けていなかったのは、これからの試験の前に怪我をしないためだろう。
「けど、これから一大イベントだよな?」
「ええ。Sランク試験よ」
クエナの表情は固い。それだけ彼女には覚悟があるということだ。
しかし、初心者のように身体が強張っているわけでもない。
程よく緊張しているが冷静さもある。ベストな状態とも言えよう。
俺から掛ける言葉はないようだ。
「楽しみにしている」
クエナが言っていた――俺と肩を並べて戦える存在になる。
着実に力を付けているのは分かるが、Sランクと箔が付けば、少なくともランク上は俺と同格になる。
「ええ、楽しみにしていて」
俺の期待をかけた目に、クエナもまた真剣な目で応えた。
そして、そんなクエナとは試験中の間だけライバルになるシーラは俺の胸元で囁いた。
「ジード、お願いがあるの」
「なんだ?」
シーラの頬は朱色に染まっていて、目尻はトロンっと蕩けている。
その恍惚とした表情は見たことがある。
大胆だが、実際は初心なシーラが俺に色香を漂わせる時の顔だ。
「もしも私がSランク試験を突破したら――キスして?」
「「キ、キス……!?」」
クエナと声が被る。
それだけシーラの放った「お願い」は衝撃的だった。
「そう、キス。ダメ……?」
シーラの上目遣いは、俺が今まで受けてきた攻撃の中で一番のダメージを誇るかもしれない……!
危うくコロリと逝ってしまいそうだ。
「な、なんでキスなんかするのよ!?」
「あの女帝に負けたくないから! クエナも悔しくないの!? ジードの唇を先に奪われちゃったんだよ!?」
「く、悔しいって……!?」
髪色と同じくらい顔を赤くしたクエナと目が合う。
すぐに顔を背けられた。
「それに、目標があった方がやる気も力も出るっ! だから、ダメかな、ジード……?」
「……Sランクが目標だろ?」
結果と過程が入れ違っている気がした。
だが、俺の指摘にシーラは首を左右に振る。
「私の目標はジードとイチャイチャすること……! Sランクなんておまけに過ぎないっ」
どどんっと明言する。
素直に言ってしまえばシーラの気持ちは嬉しい。
だが、あまりにストレート過ぎて反応に困ってしまう。どういう受け取り方をすればいいのか俺には分からない。
「それともジードは私なんかとイチャイチャしたくない……?」
戸惑っていた俺にシーラが不安げに尋ねてくる。
捨てられる間際の子犬のようだ。
「……したい」
ポロリと本音が漏れる。
したいに決まっている……!
だってシーラ可愛いもん!
おっぱいでかいもん!
そんな俺の本音を聞いたシーラは嬉しそうに驚く。
「いぃぃやぁぁったあああ!」
ぴょんぴょんっと、今度はウサギのように嬉しそうに飛び跳ねる。
だが、クエナはあまり快く思っていないようだった。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 大事な試験なのよ!? ふしだらな約束を絡めるなんて良いと思ってるの!?」
その言葉は、まぁ正しい。
結局は不純なものであるのだから、貞操観念で言えばクエナに軍配が上がるだろう。
シーラはそう思っていないようだが。
「えー。モチベーションは大事だと思うけど」
「……むぅ!」
シーラの反論にクエナは口を閉ざす。
これは個人の自由であり、クエナが横から物申せる範疇ではないと分かっているからだ。
頬を膨らませたクエナが涙目ながらに俺を見る。
俺にシーラを止めてほしいのだろう。実際にこの場で約束を断れるのは俺だけだ。
そういう意図は汲み取れた。
いや……。
しかし…………。
俺はイチャイチャしたいんですが…………!
それにシーラのやる気が上がるのなら一挙両得だと思うのですが!
win-winではないでしょうか⁉︎
俺の脳内で様々な弁明が行われる中でシーラがクエナの頬を突いた。
「クエナも約束すれば~? そうやって立腹するのはクエナもしたいからなんでしょ~?」
「……! もうっ、いい。知らないっ」
クエナが怒り? を露にして場を立ち去った。
「もー、怒らないでよー! ジード、またね! 約束忘れないでよっ!」
シーラもクエナの後を追う。
彼女たちはSランク試験に向かうのだ。
とりあえず二人に手を振っておく。
……キスか。
なんかとんでもない約束をしてしまったな。
何もしていないのに顔が火照ってしまう。胸もドキドキと鳴っている。
興奮冷めやらぬまま、俺は久しぶりに宿に戻ろうとした。
その道中――。
「ふっふっふ、ジード君だね?」
銀と桃の混じり合った髪色に、栗色のくりくりした大きな瞳を持つ少年が声をかけてきた。
華奢な容姿で一見すれば女子と見紛う。
いや、――人族の女子と間違えてしまう。
こいつの魔力は――魔族のそれだ。




