さらばい
それから数日が経った。
エルフの里にダークエルフの民が混ざっている。
中には負傷者もいるが、手厚い看護を受けたからか、今では口に笑みを浮かべている。
すっかり打ち解けているようで良かった。
「ども、元気ですか」
土竜王が地面の隙間から顔を覗かせて言う。
なんだ、こいつ。
土竜王なりにエルフ達を驚かせないよう配慮しているのだろうか。
「ああ、まぁ元気だけど」
「そっすか」
「……」
「……」
土竜王が何か言いたげに俺の方を見る。
別に話したいわけじゃないが、このまま行っても居心地が悪い……。
「なんだよ?」
「いえ、別に」
「なんだよ。言えよ。ちょっと怖いだろ」
「……樹液、渡しましたよね」
ぼそりと土竜王が言う。
一瞬だけ何のことだろうと迷うが、すぐにロロアに樹液を渡したことを思い出す。
「渡したが、それがどうした?」
「あれからロロアが我にせびるんですよ! 次回分の樹液も欲しいと! 貢げと!」
「カツアゲされてんのかよ」
そんなことになっていたのか。そこまで考えてもいなかった。
土竜王が恨めしそうに言う。
「うぅ、我の分が減っちゃいますよ……」
「いいじゃないか。おまえ元から神樹壊そうとしてたんだし」
「それはそれ! これはこれですよ!」
涙目の土竜王。
ある分は欲しくなってしまうのだろう。
「じゃあ力づくで守ればいい。同じ竜だろ?」
「同じ竜でも格ってやつが違いますよ。土竜は基本的につるまず各地でバラバラですが、黒竜は群れを成して里まで作ってる陽キャ集団ですから……」
「でも、おまえ王なんだろ?」
「そうですが黒竜に喧嘩買ったら容赦なく攻めて来るんで。あいつら質も数もやばいんです」
「おまえも仲間を呼べばいいじゃないか」
「……百年に一回しか集まらないんで、そもそも住んでる場所すら知らないやつが大勢いるんです」
竜の中にも色々とあるようだ。
顔の一部しか露出していない怪しげな顔でも、ズーンとナイーブに沈んでいるのが分かる。
「けどな、そう言われても俺がどうしろって案件じゃないだろう。ビシッと断りを入れたらどうだ」
「それが出来れば苦労しないんですよお……」
もう泣きそうな声だ。
本当に嫌そうにしている。
まぁ、こうして俺の下に来るくらいだから余程なのだろう。
「どうしてもってんなら金銭持ってギルドに来い。そうしたら俺に依頼できるから」
「ジードさんもカツアゲするんですか……」
「いや、カツアゲってより仕事なんだけどな」
最初の頃とは性格が段違いだ。もはや別の竜と入れ替わっているんじゃないかと勘繰ってしまうほど。
「まぁ、考えときます。わざわざ愚痴を聞いてくれてありがとうございました」
「達者でな」
「ジードさんも」
しょぼーんとした様子が見ないでも分かる。
そんな情けない声で地面に潜っていった。
あいつ、大丈夫だろうか。気づけば旅とかしていそうだ。
それから一通りエルフの里を目に焼き付けた。
エルフ達が浮かべる笑みはとても楽し気だ。ここに滞在していたしばらくの動乱が嘘のように見える。
依頼の達成感を覚えた。
やりがい、というやつなのだろう。どこか心に満足感を覚えた。
そして、俺はシルレの家に向かった。
◆
シルレの家で荷造りを終える。
多くの物が入る袋型のマジックアイテムに全てを整理し終えて、俺は玄関に立った。
「行くんですか」
ラナが声をかけてくる。
振り返るとラナの背後にシルレもいた。
二人とも、どこか口惜し気な表情で俺を見つめている。
「ああ、王都に帰るよ。今まで世話になったな」
「そんな。お世話になったのはこちらの方です……! 妹やエルフの里、そしてダークエルフも救っていただいて……本当にありがとうございました……!」
「依頼だからな。また何かあればギルドに依頼を出してくれ」
「依頼を出さないと来てくれないんですか?」
ラナが悪戯っぽく尋ねてくる。
「観光とか、たまに来るよ。その時もよろしくな」
おそらくラナはこの回答が欲しかったのだろう。
仕事だけの関係は寂しいからな。
しかし、どこかラナは不満そうだ。
「エルフの里を第二の故郷と考えてもらってもいいんですよー? またこの家に『帰省』してください」
ニマニマと笑みを浮かべる。
幼さが残る顔だからか、どうにも言動の割に艶やかさがない。
「考えとくよ」
「むー。エルフになっちゃいましょうよー!」
ラナが縋りついてくる。
エルフになっちゃいましょうって、かなり無茶苦茶を言う。
だが、その無邪気さも愛嬌があって可愛い。
しかしながら、よくよく考えるとラナは俺よりも遥かに年上という可能性があって……いや、もうエルフの時系列を考えるのは止めたんだ。これ以上はダメだ。
「ラナ、あまりジードさんにご迷惑をおかけしてはダメですよ」
ラナよりも遥かに年上のシルレが……いや。
シルレが俺からラナを引き剥がす。
「なにか失礼なことを考えませんでしたか?」「いえなにも」
それからシルレがニコリっと笑って言う。
「ジードさんがまた来る頃にはエルフはもっと平和になっていますから、ラナの言うとおりいつでも来てください。泊まる環境も整備していきますので」
「泊まる場所がなくとも我が家があるもんね!」
ラナが快活に口にしてのける。
その言葉を止めることなく、シルレは顔を赤く染めながら否定はしなかった。
「それじゃあ、また来るよ」
ジードが手を軽く振ってドアを開ける。
ラナとシルレはその背を見届けるのだった。
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