バトル
シルレと俺がオプティの案内で辿り着いた場所は深い森だった。今回は家屋ではなく、外。
先にエイトス、ダプトも待っていた。
エイトスは申し訳なさそうにしながら、しかしダプトは相も変わらずふてぶてしい態度で。
多くのダークエルフが大木の上に立ち、俺達を見下ろしていた。
「……人族は連れて来るな、と告げたはずだが?」
ダプトが俺を睨みつける。
その眼には遠慮のない敵意が含まれていた。
しかし、シルレは静謐なまま応える。
「なぜ、そちらの話を全て受け入れなければいけないのでしょうか?」
「互いに信用ある会談をしようとは思わないのか?」
ダプトが白々しく言う。
彼からすれば「自分は部隊を派遣していない」ということだ。
こうもふてぶてしい態度を取られることは分かっていた。あくまでも勝手にダークエルフが動いたというのだ。
しかし、すでにオプティの言質もある。
「はなからそちらに信用がないのですが?」
「ちっ……話し合うつもりはない、ということだな?」
だから、こんな風に問い詰めれば開戦の口実になる。
結果が目に見えている以上は意味のない水掛け論が続くだけ。
それなら、とシルレが踏み込む。
「いいえ、話し合うつもりはあります。あなた方を受け入れる用意もあります」
「ほう、良い心構えじゃないか」
「ただし、ダークエルフ側を難民として受け入れるつもりであり、国家や種族同士の合併をするわけではありません」
「なにッ!?」
ダプトが屈辱に顔を歪める。
難民。訳があり、虐げられているがために自国から他国に逃れる者達のことだ。
それは仕方のないことだ。エイトスもオプティも納得している面持ちだ。
だが、攻撃的で高圧的なダプトからしてみれば許せることではない。
「ふざけるな! 対等にエルフが現在保有している領土の半分を割譲し、我々が自治を行う。それ以外は戦争を起こすぞ!」
「領土を割譲することも、自治をすることも認めません。我々の妥協案を飲めないのであれば戦争も仕方がないでしょう」
「ぐぅ……! やはり貴様らはそこの人族に操られているのだ! 我々ダークエルフも操るつもりなのだろう!?」
彼らからしてみれば「よそ者は危険である」という思考が拭いきれなかったのだろう。今までずっとダークエルフのみで戦ってきたのだろうから。
そんな簡単に信頼できるほどのお人好しもそうはいない。
言っても無駄だろうが、
「いや、俺はなんもしてない。政治とか、そこら辺はノータッチだ」
指をパチンっと鳴らしながら――。
そう、伝えておく。
当然と言うべきか、ダプトは聞き耳を持たない。
怒り心頭といった感じで腕を伸ばして指先を俺に向けてくる。
「出てこい! こいつらを消してダークエルフの平和を築き上げるぞ!」
それは伏兵への合図だ。
シルレが「やはり罠だったのですね……!?」と言う。
エイトスとオプティは周囲にいるダークエルフに声を荒げる。
「「ダプト派を止めろ!」」
もはや戦争の体をした状態だ。恐慌と混乱が場を占めている。
だが、いつまで経っても動きはない。
エイトスとオプティの派閥のダークエルフは、いつ敵が来るのかと構えているだけ。
シルレも魔法陣を展開したまま動かない。
そして、ダプトは周囲を見渡す。
「お、おい……どうした? いけ……いけぇ!」
その声は虚しく木霊する。
なんの結果ももたらさない声だけが遠くまで響き渡る。
「――悪いが近くで構えていた伏兵なら眠ってもらった」
俺は指を重ねながら言う。
指をパチンっと鳴らす形だ。
「まさか……!?」
「エイトスとオプティの者達も眠らせたかもしれないがな」
俺達を一周して囲んでいるダークエルフとは別の、少しだけ遠い場所で構えているやつらを眠らせた。
それらは確実に戦闘の用意を済ませている部隊だったからだ。
予想は的中していたな。
俺の言葉に二人は苦笑いを浮かべながらも、仕方ないと胸を撫で下ろす。無駄な戦いが生まれなかったことに安堵している。
だが、ダプトは怒りを抑えられないようだ。
「ふざけるなぁ! それは立派な戦闘行為だろうが! 人族のおまえがなぜ干渉する!? やはりダークエルフを潰すつもりなのだな!?」
「……いや、最初に攻撃してきたのはおまえだろう」
「それは……!」
ダプトが言葉に詰まる。
「――そんなことよりも」
まぁ終わったことだからどうでもいい。俺はさらに言いたいことがある。
ダプトが「そんなことよりも!?」とぞんざいな扱いに憤慨していたが気にしない。
「おまえらの里やばいんじゃないか?」
遠くを見ながら問う。
俺の視線の先にはただ黒い闇があるだけ。だが、さらに奥へ進めばダークエルフの里がある。
「どういうことですか……?」
オプティが怪訝そうな顔で尋ねてくる。
俺は急ぎで省略してしまった部分を口にする。
「探知魔法を展開しているんだが、かなりの数の魔物がダークエルフの里を襲撃しているようだぞ。こちらに戦力を割いているから、それに勘付いた魔物達が襲っているようだ」
「ハッタリだ! あちらにも戦力は残してあるし、そもそも探知魔法が届く距離ではない!」
ダプトが反論してくる。
「――前門にある三つの櫓は陥落しているな。確認している街の数は六つだが、そのうちの一つは既にダクネスウルフが食い荒らしている。他の二つもオークとオーガの混成軍が攻め入っている。あと数十分もいらないだろうな」
俺が状況を説明していくと、みるみるダークエルフ達の顔が青く染まっていく。
信憑性が増してくれたようで何よりだ。
「い、今すぐダークエルフの里に戻るぞ!」
エイトスの言葉にオプティが頷き、それぞれの派閥の者達が向かっていく。ダプトも奥歯を喰い締めながら戻って行った。
「ジードさん……! 私も向かいます!」
「だが、これはダークエルフの揉め事だぞ?」
「ダークエルフは元々『エルフ』の同一種族です。危機が迫っているのなら手を貸してあげたいのです!」
「そうか」
シルレがそう言うのなら仕方ない。
俺達もダークエルフの後を追って行った。
◆
「……これは」
シルレが戦場の凄惨さを目撃しながら目を細める。
なまじ人と人の戦いじゃないだけあり、『命』を狩るためならなんでもしている。
足を食いちぎり、目を抉り、腕を潰して臓物を引きずり出す。
獣相手だと戦い方も死に方も変わってくる。
「まずは最前線のダクネスウルフの群れだ」
俺は言いながら純黒の狼達の眼前に氷の道を作る。
これで、これ以上の進軍は出来ない。
急に現れた敵――俺を見ながら獣たちが唸り声を挙げながら警戒する。
戦闘態勢を取って魔法陣を展開したシルレに対して俺は手で制した。
「ジ、ジード様、来てくださったのですね!」
オプティが俺の姿を見つけて声をかけてきた。
そのほかにも幾つかの視線が俺を捉える。
その中にはダプトもいた。
「人族! おまえは手を出すな!」
「……なに?」
「おまえの力など借りん! 我々まで懐柔できると思ったなら――」
ダプトがこの期に及んで、未だに意地を張ろうとする。
だが、このままだと更に被害が拡大していく。シャレにならないほど。魔物達はそれほどの勢いを持っている。
ダプトが全てを言い終える前に胸倉を掴む。
「――おまえの意見を聞くつもりはない」
「ぐぅっ」
「ここで危険な目に遭っているのはダークエルフの民だ。おまえの玩具じゃない」
「お、おまえの支配は……」
「俺に懐柔されたくないなんて訳の分からない妄想話に浸っていたいなら勝手に死ね。だが、おまえの勝手な矜持に他の奴らを巻き込むな」
「ひっ……!」
ダプトを投げ捨てる。
それ以上はなにも言ってこないようだ。
俺は魔物の群れに向かって行く。
「ジ、ジードさん……」
シルレが寄ってくる。
「演技、上手くなったかな」
俺は一人呟く。
脅すように言ってみたが、ダプトの反応を見るに結構響いたようだ。
これでもう演技が下手だとは言わせない。
「え……?」
シルレが何のことか分からずに疑問符を浮かべた。
俺は一人で笑みを浮かべながら首を振る。
「いや、なんでもない。だが、これでダークエルフには干渉できるようなったわけだ」
オプティもエイトスも俺の方を見守っている。
止めようとは思っていないようだ。
俺は魔物達の方を睨む。
「消えろ。ダークエルフはもう戦闘を望んでいない。おまえ達の住む場所を奪った奴らはあるべきところに帰る。直におまえ達も昔のように戻れる」
それは俺からの警告だった。
魔物達の中には言葉が通じる上位種もいる。
それに喋っている言語が分からなくとも、意味や大体の内容くらいは理解してくれるだろう。
もしもダメそうなら戦う一択……だが。
「ぐるる……」
口元を湿らせた純黒の狼が詰め寄る。
それは群れの中でもひと際大きい。
俺と目を合わせながら凄む。言葉はないがダプトよりも数十倍も数百倍も迫力がある。
実際にこいつの一声で動きの止まっている魔物達も動き出すだろう。
「グァーーーーーウッ!」
雄叫び。
それに呼応して遠く離れた狼の雄叫びも響き渡る。
「…………引いている……?」
シルレがぼそりと言う。
狼達を皮切りにその他の魔物も踵を返している。
「悪いな、魔物達を逃してしまって」
もしかすると、彼らはこれからも害を成してくるかもしれない。
それならここで徹底的に戦った方が良かった、と言う日が来るかもしれない。
だが、シルレは満足げに微笑んだ。
「血を流さないことが第一です。むしろお礼を申し上げたいほどですから」
「いいよ。依頼だからな」
「あれらの魔物を容易く滅ぼせるほどの力がありながら、見逃すことも依頼ですか?」
「魔物とは――長い付き合いだからな。戦う必要がないなら戦いたくない」
「……私はあなたのその優しさに心からの敬意を持てます。ありがとうございます」
魔物達に代わり、そしてダークエルフ達に代わり、シルレが言葉を残す。
「そうやって誰かのために頭を下げられるのも凄いと思うぞ」
俺だけ言われると照れるので、逆に俺からも返してやった。
するとシルレは恥ずかしそうに顔を赤らめて「いえ、そんな……!」と照れるのだった。