悪
ラナを捕らえようとした手を掴む。褐色肌だ。
やはり、ダークエルフだった。
怪しく人に接触しまいと動いている者がいたから追ってみれば、目的はラナだったようだ。
エルフ姫の妹という立場は相当に難儀なものだな。
「大丈夫か?」
呆けているラナに問う。
俺の言葉にハッと気を取り直したラナがまごまごしながら頷く。
「は、はい。ありがとう……ございます」
「ああ。狙われやすいようだから鍛えておけ」
ラナにそう告げるとダークエルフの男が空いている方で貫手をしてくる。俺の胸部に刺さる。
骨の折れる嫌な音が響く。
嗚咽の声がダークエルフから漏れた。
「グァ……! なんで……!」
折れたのは男の手だった。
彼からしてみれば隙を突いたのだろうが、会話程度で油断するわけがない。
「交渉段階で人攫いに来るとは相当な悪質さだな」
「おっ、俺は一人で……ダークエルフの種族とは関係ないっ!」
「そこら辺は俺に弁解するな。おまえらはシルレに渡す」
「……おまえ……ら?」
男が動転する。
鳩が豆鉄砲を喰らった、そんな顔だ。
「おまえだけじゃないだろ」
「い、いや、俺だけだ! 誰も来ちゃ……!」
「四人だろ。おまえを含めれば五人」
「……――っ!? み、密告者が……!?」
狼狽した男がまず疑ったのは仲間だった。
こういうのは密告者がいると答えた方が良いのだっけか。仲間同士で疑心暗鬼を生じさせて口を軽くさせるという手法がギルドの本にあった。
とりあえず怪しく笑って、
「さぁな」
と答えておく。
男の顔が真っ青になった。
よし。演技が上手くなったようだ。
日頃から顔芸を鍛えていた成果が見えてきた。スティルビーツ王国では散々な言われようだったが、これで多少はマシになったことだろう。
「くそ……あいつらが裏切るわけ……裏切るわけがない……! 裏切るわけが……!」
男が自分に言い聞かせている。どうやら信頼が揺れているようだ。
まぁ、誰も裏切ってはいないんだがな。
ただ探知魔法で怪しい気配が見知らぬ魔力が動いていたから追っていただけで、他の四人とも先に捕まえているだけだ。
ラナの誘拐の成功率を上げるために分散したのが間違いだったというわけだ。
「一応、言っておく。自白すれば罪は軽くなるし、ダークエルフの情報を言えばこちらでの身分は約束しよう」
俺が言うとダークエルフの男が困惑する。
どうやら迷っているようだ。忠誠心と自らの安泰を。
――これ面白いな。
交渉術だとか外交手段とか今まで一切やる機会がなかったが、殴り合わないで戦うというのも楽しいものだ。
交渉自体は戦闘にもあるが、言葉ではなく間合いや視線誘導ばかりだったからな。
「あ、あの。ジードさん……その、エルフには……」
ラナが不安そうな目をしてくる。
続きはなんとなく察せる。俺が言った『罪が軽くなる』と『身分の保証』についてだろう。そんなものがエルフにあるのかは知らない。
ラナの態度を見るにそんなものないのだろう。
そもそも語られたことすらないのかもしれない。
だが、
「大丈夫だ」
「……?」
俺はラナに笑みかける。
彼には色々な罪がある。エルフ領に無断で入ったこと、ラナを捕らえようとしたこと、そして俺に貫手をしようとしたこと。
別に『どの罪』だとは一言も喋っていない。
さらにいえば『こちらの身分』もどちらの身分なのか。
そもそも、俺そんなこと言ってないし。……なんてことも。
戦闘ばかりの毎日だったが、たった一言だけでこうも頭を回転させることができるとは。
やはり面白いものだ。これから機会があったらやってみよう。
「お、俺の家族の身分も保証してほしい……!」
「……いいだろう」
どうやら口を割ってくれるようだ。
まぁ、味方してくれるやつをシルレも粗末には扱わないだろう。
ひとまず、シルレの下に連れて行った。
◆
エルフの里の一角。
大木二つが上を組むようにして一本の小さな木を太陽から遠ざけている。
その小さな木の割れた幹を下っていくとエルフの地下牢がある。
「聴取が終わりました」
シルレが中から出てきた。
俺が捕らえてきたダークエルフから話を聞き終えたようだ。
「ああ、どうだった?」
「ジードさんのおかげで洗いざらい吐いてくれました。彼らはダプト派のダークエルフで、命令されてラナを捕らえに来たそうです」
分かり切っていたことだが、狙いは交渉の優位か。
安易な考えだが、それだけストレートに効果も出てくる。
「どうするつもりだ?」
「……実は、ダークエルフ側もかなり弱っているようなのです」
「ああ、そうだろうな」
「知ってらしたんですか?」
「ダークエルフの土地は魔物が多すぎた。それに加えて会談の立地の悪さ。おそらく住処が相当荒れているんだろう。神樹の周りから出て行ったのは良いが魔物に対処しきれなかったってところかな」
「……さすがです。その通りです」
シルレが俺の予想に一分の反論もせずに頷く。
「もうなりふり構っていられない状態らしく、こうして手の者をエルフに向かわせたそうです。こうなってはエルフも弱腰になっている場合ではありません」
「開戦か?」
「…………はい」
苦渋の決断をするようにシルレが頷く。
このままダプトを問い詰めたところで進展がないのも事実。それなら後手に回るよりは先手を取りたい判断なのだろう。
悪くはないが、犠牲者が出ることは間違いない。
シルレにとってはあまり取りたくない選択肢だったはずだ。
しかし、そんなシルレの決断を覆すように一人のエルフが慌ててやって来た。
「ダークエルフのオプティ氏が来ました。ラナ様を捕縛する部隊が動いていると伝えに!」
今更か。
ダプトの動きを捉えて報告に来たのだろう。
これを好意的に受け取るべきか。
シルレが言う。
「今、オプティさんはどこに?」
「停留所にて待機してもらっています。護衛も数名ばかりです」
言外にこちらが人質にするか? と問うている。
だが、シルレはなにか指示を出すわけでもなく、自らが出向く判断をした。
「……私が行きましょう」
◆
「申し訳ありませんでした。ラナ様はご無事でしたか!?」
オプティの開口一番がそれだった。
とりあえずシルレが落ち着いた対応を見せる。
「ええ、既にジードさんが五名のダークエルフを捕縛しました」
「そうですか。よかったです……。この度は本当に申し訳ございません。私がダプトの動きを掴んだ頃にはもう動いていたので対処に遅れてしまいました」
こうなることも想定しなければいけなかったのに、とそう付け加えた。
穏健派であるオプティとしても開戦は避けたいのだろう。
だが、エルフの領地に来てしまい、実害が出かけた以上は問題が発生しているも同義だ。
相手に謝罪の意思がある以上、ここでは責任の所在が問われる。
「この件はどうするおつもりですか? 我々エルフは話し合いで決着を試みたいと思っていたのですが」
「大変恐縮なお願いなのですが、私の方でダプトに言い、話し合いの場を設けました。どうかそちらで話しては頂けないでしょうか……!」
「私が出向くのですか? 今回の件で?」
「……それが私やエイトスがダプトに頼み込んだ精一杯でして。それと、今回はジード様には席を外してほしいとのことです」
随分と頼みの多いことだ。
今回の非はダークエルフ側にあるにも関わらず。
「わざわざ出向き、罠が張られているかもしれない場所に行けと?」
さすがのシルレも冷ややかに言う。
もっと言えばダプトの首を持って謝罪に来るべき場面のはずだ。
未だに手をこまねいているのは過激派をまとめているのがダプトだから、だろうか。今のダークエルフは手を合わせなければ一息で飛んで行ってしまうほどに弱い、と。
「私共もこれが手一杯で……」
オプティも低頭で言う。
ここでシルレが行くのはあまり良くない。
明らかに舐められている。
罠じゃなくともダークエルフがダプトを抑えきれていない以上、話が進むとも到底思えない。
だが、ここでの選択はシルレのものだ。俺が決めるものではない。
そしてシルレの思考からすると――。
「――分かりました。行きましょう」
少ない犠牲で、なるべく話し合いで決着する選択を取る。
オプティが驚愕しつつ頭を限界まで下げた。
「……すみません! ありがとうございます!」
「ただし条件があります」
「条件?」
「ジードさんは連れて行きます。彼がいればどんな罠も問題にしませんから」
随分と評価してもらってるんだな。
いや、ありがたいが手放しに信頼されても困る。
その点にはオプティも同意する。
「ダプトが万が一にでも罠を仕掛けていたら、こちらも万全を期しますが……そうですね。ジード様はいた方がよろしいでしょう」
「それと、会談はこれで最後です」
「……――」
最終通告だ。
つまりオプティとエイトスは極力ダプトに妥協させなければいけないということ。
今後の行く末は和平か開戦しかない。
「わかりました」
オプティもかなりの決意を持って頷いた。
それからシルレは色々と準備を行う。仮に戻れなくなった時のことや、シルレがいなくなった時のことなんかを側近のエルフに話している。
まぁ、シルレとしても相当な覚悟を持っての決断なのだろう。
そして、俺達はまたダークエルフの領地に向かった。




