ロ
空いた時間ができたのでロロアの下に行く。探知魔法があるので場所の特定は容易だった。
近づけば近づくほどに魔物などの生き物の気配が消えていく。それだけ存在感だけでも格別ということだろう。
竜がたむろしている空間に着く。
十匹の黒竜を連れたロロアがそこにはいた。
これは確かに威圧感がある。
「おっ、ようやく来おったか!」
ロロアが声を弾ませる。
もうダークエルフの土地で会っているが改めて挨拶する。
「久しぶりだな。神聖共和国以来……というか、そこでしか会ってないか」
「うむうむ。その不遜な態度は相変わらずのようで何より。あの時は互いの矛を抑えてくれて感謝しておるぞ!」
「なんだ、怒ってないのか?」
不思議に思う。
竜というのはワガママが特徴だと様々な文献や資料に載っている。生物として完成されているからこそ、神のような振る舞いをするのだと。
だからこそ自らの行動を阻害されれば腹を立てても致し方ないはずだ。
そんな俺の予想に反してロロアは平静にしていた。
「あの後、ウェイラ帝国が竜族に対して不審な罠を張り巡らせていたのを察知したのだ。ジードが止めねば多くの犠牲を出すところであった」
「へぇ」
ウェイラ帝国が仕掛けていたのは知っている。
そもそも威信を見せるためにロロアを捕縛していたのだ。ルイナならば罠の一つや二つは確実に用意していただろう。
ただ俺は竜族が調査をしていたところに感心をした。
傲慢な種族だと誤解されているようだが、こいつらなりに危害を加えようとする勢力は調べているのだろう。
「まぁ、もしも犠牲が出ていたら父が出陣して総出でウェイラ帝国を潰しておったがな!」
がはは、と笑うロロア。
……まぁこれは傲慢ってよりも慢心だろうか。実際に戦えば結果がどうなるかは分からんが。
「まぁ俺が止めたことで無意味な犠牲が出なかったんなら良かったよ」
「うむ。だから感謝しているぞ!」
「気にするな。あれも俺の仕事だったからな」
「ふふ、照れるな照れるな」
弄るように言ってくる。
照れているわけじゃないんだが、まぁそういうことにしておこう。
「しかし、こっち方面の森は静かだの」
「こっち方面の森?」
「うむ。ジードと久しぶりに顔を合わせた方の森は騒がしかったから。ま、私達にビビってただけだろうけど」
エルフの領地とダークエルフの領地だろうか。
神樹の影響もあって、エルフの森は割と静かだからだろうな。
「それで何の用だ? わざわざ俺の顔を見るためだけに来たわけじゃないんだろう?」
ここからが本題だ。
まさかその程度の会話をするためだけに会いに来たわけがない。
予想できることはウェイラ帝国を潰すために加担しろ、だろうか。
あの時は場を制したが結局捕縛していた真犯人が帝国であることはもう知っているはずだ。
借りを返す。
そのためにあの場で止めた俺にも責任を追及して助力しろ、とかだろうか。
なんて考えていたが、ロロアは首を傾げさせて口元に指を当てる。
「ふむ……?」
「顔を合わせるためだけに来たんだな。深読みして悪かった」
「うむ! あれ以来ずっとジードのことを考えてばかりいた。だから会えるとなったら会いに行くものだろう!」
まぁそもそも竜族が人族である俺の手を借りようとは思わんか。
しかし、会うためだけに来るとは暇な奴だ。いや、ここは素直に行動力を尊敬するべきだろうか。
「そうか。だけど次からは人目に付かないようにしておいた方が良い。竜族は巨体だから注目を集める」
ダークエルフもかなりあたふたしていたからな。
もしもあれが王都のど真ん中で行われたとすると混乱に陥ることは間違いない。
「たしかに。前のように捕まっては困るしの。まぁ、そのために父上に護衛を連れて来させられたわけなんだけど」
ああ、そのための十匹の黒竜か。
決して少なくない。むしろ一匹でさえ見かけるのが稀なほどの上位種だ。
一匹一匹が静かに辺りを警戒しながら護衛にあたっている。
「しかし、せっかく来てくれたところ悪いんだが依頼中なんだ。もてなしってやつも出来ない」
「構うな構うな、そんな些事を気にするほど器は小さくないわ」
「そうは言ってもな……」
うーん、と悩みながら身体中を探ってみる。
なにか良い物はないか、と思い至り、フラスコがあった。
「これとかいるか? 神樹の樹液だ」
「おうおうおう。なにやら良い香りがすると思えばそれか」
フラスコを器用に持ち上げてロロアが匂う。
しかし、すぐに疑問符を頭上に浮かべていた。
「いや、これはまた別の良い匂いだな」
「ん? でも匂いを放つものはそれ以上なにも……」
ロロアが顔を近づける。
鼻腔をふんふんとさせながらニヤリと笑う。
「ジードの匂いだった」
「……そうか」
嬉々とした表情だ。
なんだ。それは味覚的な意味での良い匂いということだろうか。
それはそれで嫌だな。
しかし、体格の大きさからフラスコがまるで小石のようなサイズに見えてしまう。
どうにも贈り物として不十分ではないだろうか。
そう思ったが、ロロアは満足そうに頷く。
「せっかくのお主からの贈り物だ。ありがたく頂戴するとしよう」
口は沈着そのものだが、尻尾は思いっきりブンブン振っている。振りすぎて土ぼこりが舞っている。
喜んでもらえたのならなによりだ。
「それじゃあ来てもらって悪いが俺はもう行く」
「なんだ、もう行くのか」
「ああ。言ったろ、依頼中なんだ」
いつ襲来されてもおかしくない状態でエルフの里から離れることは出来ない。
しょんぼりした様子のロロア。
「それならば仕方ない。では、いつか竜の里に来てくれ」
「竜の里?」
「うむ。そこでなら人の世など関係なく私と居られるからな」
「まぁそのうちな」
「本当か! 絶対来るんだぞ!」
「わかったよ。じゃあな」
別れを告げる。
ロロアが前の手を振りながら、また会おうと約束するのだった。




