せやな
動乱から数日が過ぎた。
辛うじて残っていた樹液の分配を終え、エルフの里で休んで完全に復帰した俺は神樹に赴いていた。
「神樹は完全に回復したみたいだな」
「ああ、ソリア様の腕に間違いはない」
ふふんっ、と自分の事のように自慢げに胸を張りながら言う。
肝心のソリアは後ろの大木からコソコソとこちらを見ていた。
「……人見知り、じゃないよな」
「ちっ。ソリア様は誰であれ分け隔てなく優しく接する。あんな姿をなさるのはジードだけ……ちっ」
フィルの視線が鋭い。
どんだけ舌打ちするんだ。
「神樹がヤバかった時は普通だったんだがなあ」
「緊急事態だったからだろう。ちっ……おい」
「なんだよ?」
「ソリア様に声をかけろ」
フィルが不機嫌そうに言う。
随分とぶっきらぼうだが、素直な感情を出してくれるのは楽でいい。
「分かっている。このままじゃパーティーとして機能しないからな。だが」
くるりと振り向く。
ピクっ! と震えたソリアが瞬時に大木の裏に隠れた。
バレてないつもりなのだろうか……?
「あれじゃあ声も掛けられないだろ……」
どうしたもんか、とため息を吐く。
だが隣のフィルが言う。
「何のために私がおまえの隣に居ると思う」
「どういうことだよ?」
「ほら、これ」
フィルがチケットを渡してきた。
それはコーヒーカップに湯気が出ている絵があり、『一杯無料!』と書かれていた。
「無料券だ。一杯のコーヒーがタダになる。そこのカフェだ。ちっ!」
フィルが首で近くの店を示した。
つまり誘う口実を作ってくれたわけだ。
イケメンかよ。
「さんきゅーな。この借りは返す」
「うるさい。私の借りが返せてないんだから気にするな」
フィルが足首を器用に振りながら地面を踏みまくる。
苛つきすぎて怖いがチケットを受け取る。
「念のために言うが変な気は起こすなよ……!」
「そんな猛獣みたいに見ないでくれ」
「ぐるる……!」
喉を鳴らして威嚇してくるフィルを置いてソリアが身を潜めている大木に向かう。
顔を覗かせてチケットを見せる。
「よ、フィルから貰ったんだがカフェ行かないか?」
「え、え、え! 私がですか……!? い、いいい、い、いや……その!」
見つかってブルブル震えるソリアが涙目になりながら必死に目を逸らす。なんだろう、この犯罪を犯しているような気分は。
「ほら、フィルも行くから。俺達パーティーの親睦会なんてしたことなかったろ?」
「で、でもユイさんは……?」
「ユイ、カフェ行くぞ」
「おけ」
「どこから!?」
ガサッとソリアの真上の枝から顔を見せてきた。
「少しで良いから話してみよう。ダメか?」
「う、うぅ……は……」
……――はい
そう言いかけ、神樹の方から声が響く。
「賢老会が全滅しちまったんだろ!? どうなるんだよ!」
エルフ達が溜まり場を作っていた。
かなりの人数がいるようだ。
俺達の視線も自然とそちらに向けられた。
中心にはシルレがいる。
「ですから、これからは一丸となって……!」
「だが今までエルフは賢老会の指示で纏まってんだ! 急に代替わりなんてされたら困る! あちこちで対応が遅れてるんだからな!?」
「そうだ! 賢老会は俺達よりも長い歳を生きていた……! その分の知識がなしでエルフが生きて行けるのか!?」
どこからでも不満は出るようだ。
賢老会の悪行はエルフの中でも知られ渡っているようだが、名前を出すほどに不安なのだろう。
どこからかルックが駆け足でやって来た。両手には大量の資料を持っている。
「外交の技術や他国の貿易などにかける税の例をまとめてきました! これを使ってください!」
その言葉にエルフの面々が驚いたように見る。
「が、外部の人間が持ってきた資料なんかを受け取れるわけねえだろ!」
「見ていただくだけで構いません! 私はエルフの妻もいますし、外部の気持ちはありません……! どうかお願いします!」
ルックが頭を下げて資料を差し出す。
渋々といった感じでぐちぐち言っていた男たちが受け取る。
しばらく資料を見てグッと悔しそうな顔を浮かべた。
「こ、こんなものじゃあ賢老会に遠く及ばねえよ! 第一、あの人らは古代魔法を扱えるんだ!」
「そ、それは……!」
ルックが困った様子を見せる。
俺は彼らの下にまで歩み寄って声を掛けた。
「古代魔法ってのはどんなものだ?」
「あっ……いや、それは……」
エルフの男が動揺した。俺の後ろにフィルが付いてきて、さらにその背後にソリアがいるからだろう。
一応、このエルフの里を救ったパーティーなのだから。
だが、男たちの中の一人が一歩前に出てきた。
「あんたが強いのは分かってる。だが、魔法を消すようなマネはできないだろう?」
そう言って男が人差し指の先から球体の炎を出した。それからさらに続けて口を開いた。
「――できるはずもない。なぜなら、人の魔法を消すのは長い年月を費やして魔力操作の鍛錬を怠らずに行った者だけだ。そう。賢老会のような「できたぞ」「え?」
長々と語る男の炎は消えていた。
鼻水を垂らして目の前の光景が信じられないとばかりにアホ面を見せながら。
「い、いや、こんなものは序の口だ。そうだ。俺の意識ごと消してみろ!」
「いいんだな?」
「…………ごめんなさい」
俺の言葉にシュンっと引っ込んだ。
「皆さん、いいですか。私達は賢老会に頼らずとも生きていけます。今、こうして我々には頼れる人がいる。外部の力を受け入れていきましょう。賢老会が主導になるのではなく、私達が主導するのです!」
シルレが言う。
今度は誰も反論を口にしなかった。
 




