裏話的な
現在、人族で最も勢いと力を持つウェイラ帝国の女帝が豪奢な椅子に座っている。
対面には【光星の聖女】の異名を持つソリア・エイデンがいた。
「くくく。真・アステア教に移籍したのか」
「ええ、今日はそのご挨拶に参りました」
「神聖共和国も大変だな。国教がとっかえひっかえでは示しも付かないだろうに」
「すでに民も納得の上です」
「――それもこれも、おまえの求心力のおかげだろう? ソリア・エイデン」
ルイナの鋭い洞察がソリアに向く。
だがソリアは至って平静だった。
「まさか。これもアステア様の威光です」
「謙虚、と言うべきなのだろうな。だが、この私と相席できる者は大陸に数えるほどもいない。共和国の首相とて、な」
「光栄です」
その言葉はソリアを首相よりも遥かに上の者であると認めてのこと。
だが、何の気なしにソリアは流す。その褒め言葉が意味することを理解してのことだ。
「どうだ。我がウェイラ帝国に来ないか? 真・アステア教もバックアップしてやろうじゃないか。それに、おまえのためにもう一つの軍団を設けても良い」
破格の待遇だろう。
いきなり軍長に任命するというのだ。
さらに真・アステア教にとっても、ウェイラ帝国がバックに付くことはまたとない機会。
しかし、ソリアにとっては予想していたセリフの一つに過ぎない。
「考えておきましょう」
なんの交渉もなしに、ただ一言だけ添える。
それは柔らかくも直球的な拒否だった。しかも、どこか怒りを含んだ感情もあった。
「なにか機嫌を悪くさせるようなことを言ったか?」
「いえ。そうやって、スティルビーツ王国で、かの仮面のお人も勧誘したのかと思いまして」
「む。まぁ、そうだが。どうして急に?」
不意にスティルビーツでの出来事を言われて、ルイナの脳裏に疑問符が浮かぶ。
「……別に。ただ、あのお方の付けていらした仮面は私も目撃したことがありまして。その方にキ、キ、キキ……キスをしていたという情報が入りましたからっ」
ソリアの怒りはそこにあった。
「ああ。まぁ奴には帝王の地位を渡すと言って勧誘したよ」
「て、帝王っ?」
「そうとも。まぁ断られてしまったがな」
ルイナがあっさり言い、ソリアはどこかホっとした様子で胸をなでおろした。
仮面の男――ジードが奪われてしまわないか心配だったようだ。
そんな寄り道を直すよう、ルイナが咳払いをする。
「……まぁいいだろう。それで今回は帝国領内での活動を認めてほしい、とのことだったな」
「はい。帝国前線でのボランティアや、真・アステア教の布教など。決してウェイラ帝国にとっても悪い事ばかりでは」
「すでに幾つもの国での例を聞いている」
ルイナがソリアの言葉を手で遮る。
「良いことばかりじゃないな。前線でのボランティアは、他に活動を認めている国との戦争時には好きに国境を跨いでいいということになる」
「……」
「それが意味することは諜報活動の容認だ。さらに言えば敵性分子を呼び込まれることにも繋がる」
「断じてそのようなことはっ」
「前例はない。が、危険はある。違うか?」
勧誘していた時とは比べ物にはならない、獲物を狩るような切っ先に似た眼でルイナが問う。
「しかし、それでは前線の村や街での被害はどうなさるのですか? 帝国の不満が溜まり、分裂していくのは必定です」
「そうならないよう相互不信を生み、互いに睨ませている。それに反乱が起きても各地には最低限以上の軍は置いている。成果・実力至上主義国の良いところだな?」
「……それでは国はまとまっても民はまとまりません」
ソリアにとって、その言葉は悪あがきだった。
実際にウェイラ帝国はルイナのカリスマによって一丸となっている。
民の相互不信が成しえるのは一重にルイナがいるからだ。
しかし、その言葉はルイナの後ろで控えていた第二軍軍長――イラツを怒鳴らせた。
「いい加減にしろ! 貴様、同席を許されたからと言ってルイナ様と同格のつもりか!? ウェイラ帝国の内部は帝国人が決める!!」
それはソリアにとって思わぬ反撃だった。
というのも、実はウェイラ帝国は揺れていた。
スティルビーツでの一戦は帝国の大半を要した作戦だった。にも関わらず、撤退を強いられた。
ルイナの絶対的な信望に陰りが出たのだ。
「……すみません。出過ぎました」
「いいさ、気にしていない」
『で、伝令ですっ』
ソリアの傍に控えていた女騎士に耳打ちが入る。
報せを聞いた女騎士の目が開かれる。
「申し訳ありませんが、フィル様より緊急の召集を受けました。ソリア様には至急、王国のギルド本部に向かっていただくよう」
「待て。フィルというのは剣聖のフィルか? もしや、ルイナ様との対談をそのような者の召集で取り消しになさるおつもりか?」
イラツが待ったをかける。
呼び出しがあったにしても格が違う。
優先するべきはこちらだろう、というのがイラツの主張だった。
だが、女騎士は続いて言った。
「呼び出しにはSランクのジード様の名前もございます」
「いっ!?」
ビクリ、っとイラツの背が驚かされた猫のように跳ね上がる。
ルイナの頬が楽しそうに歪んだ。
「くく。良いじゃないか、行ってやれ」
さすがにイラツも今回ばかりは何も言えなかった。
「そ、それでは失礼します。またの機会にお話をしていただければと思いますっ」
ソリアが慌ただしく席を立って礼をする。
胸を大きく鳴らしながら。
ソリアとて呼ばれることは想定していた。なにしろパーティーでの依頼ということになっているのだから。
だが、それでも、やはりジードに呼ばれたとあっては胸の高鳴りは止まなかった。
(たった一声でソリアを動かすか。……それにこの場すらも抑えて。やはり面白い)
名前を出されただけで萎縮するイラツ。
場にいた騎士や軍人すらもどこか畏敬を表している。
ルイナの頬は楽しそうにしていた。