求めた
襲撃してくる魔物達を払い除けたのか、外部から続々と神樹に向かってくる。その中にはフィルやユイもいた。
「よう、終わったか」
「一匹たりとも里には入れなかった。殺しもしなかったぞ」
「頼りになるな」
探知魔法で感知しているが、改めて聞かされると信頼に似た気持ちが湧いてくる。
ふと、フィルが神樹を見上げた。
「これはどうなってるんだ?」
「魔力が枯渇してんだ。このままだと神樹は枯れるだろうな」
「……なんと。神樹はこの森の――ひいてはエルフのシンボル……だからこの有り様なのか」
一般の女子供までもが近くにまで呼び寄せられている。
魔力を搔き集めるつもりなのだろう。
ユイが首を傾げた。
「足りる?」
「あいつらで間に合うかどうかってことか? ……俺は無理だと思っている。神樹に捧げるにしても一割にも満たない」
絶望的とまでは言わない。
微かな希望はある。
それでも一縷の望みにかけるような、ギリギリさではある。
「……ふむ。なぁ、もしかしたらソリア様なら出来るんじゃないか」
「ソリアが?」
「ああ。ソリア様は『極限治癒』を使える」
「極限治癒?」
初めて聞く魔法にオウム返しする。
「自然治癒を最大限にまで活性化させ、すべての傷を癒す魔法だ。使い手は大陸でも限られているがソリア様が実際に使っているところを見たことがある」
「だが、今回のは神樹だ。怪我はしていない」
「それが極限治癒には枯渇状態の魔力を分け与える効果もある。ようは不足しているものをなんでも補うイメージで良い……そんな魔法なんだ」
「しかし、それじゃあ結局意味はない。渡す際に起こる魔力漏れが回避できない」
魔力漏れ。
それこそが魔力を直接渡す際に起こるラグだ。
魔力操作で限りなくフルで送れることもできるが、普通では与えた量の半分も渡しきれない。
「いいや。言ったろ、自然治癒を活性化させるって。あれ魔力も同じなんだ」
「……ってことは送り込んだ魔力が増えるのか?」
俺の問いにフィルが頷く。
「それにソリア様は魔力操作にも長けている。もしかすると……」
「なるほどな」
神樹の方を見る。
エルフ達が代わる代わる魔力を供給しているようだが、未だに何の反応もない。
「だが、これだけ経ってもソリアは来ていない。よほど忙しいんだろう」
「いや、呼べば来てくださるかもしれない。特に緊急の事だからな」
「ふむ」
まぁ、いくらソリアが忙しいと言っても俺達はパーティーだ。
ソリアも依頼を受けている状態になっている。
一応、来るのが筋ってものか。
「ならソリアのことを呼べるか?」
「それは問題ない。だが、私だけでは心許ない」
「心許ない? おまえソリアの側近だろ?」
「ソリア様は各国のお偉方の挨拶回りをしているんだ。私一人の言葉だけでは席を立たせ辛い……」
フィルが「くっ」と悔しそうに言う。
どこかそれは演技っぽくて。
「じゃあ、どうするんだよ? リフにでも仲介頼むか?」
「バカ言え。おまえの名前を使わせてくれと言っているんだ」
「俺の?」
「そうだ。私とおまえの名前を使えばソリア様の足かせは粉々になるだろう」
「まぁいいが」
そこまで会話が終わり、ユイが俺の手を突いて首を傾げてくる。
無表情だが、どこか不満そうな顔を浮かべて。
「……依頼じゃない」
「ん……? ああ、そうだな。神樹の回復は俺達の依頼じゃないか」
「なっ。見捨てるというのか!?」
「そうは言ってないだろ」
フィルが動揺を隠さずに声を張り上げる。
彼女は剣聖と呼ばれ、聖女として活動しているソリアまでいる。困った人は見過ごせないのだろう。
ひとまず。
エルフの民に列を乱さないよう指示しているシルレに声を掛ける。
「おい。ちょっといいか」
「今は忙しいのですが……!」
「依頼してくれ、俺達に」
「……依頼?」
訝し気な表情でシルレが言う。
「神樹を治すようギルドに俺らへの指名依頼をするんだ」
「手伝っていただけるんですか!?」
シルレが縋るような表情で言う。
それだけ神樹がエルフにとって大事なものだという証だ。
「賢老会がいなくなっちまった今、俺達の依頼は消滅したも同然。なら新しい依頼をもらわないと示しが付かない。依頼してくれ、手伝う」
「分かりました。ですが今は時間が惜しい……! 後ほど正式に依頼するということは出来ませんか!?」
今は非常事態だ。
それも仕方ないか。――と。
「大丈夫です! 私が今から支部に行って適当に依頼書をまとめてきます!」
声がかかる。
ルックだ。彼も神樹に魔力を供給するために呼ばれたのだろう。
ちょうどよかった。
「頼む」
ルックが頷き、ギルド支部に向かって走って行く。
フィルが懐から赤色の長方形をした拳大のマジックアイテムを取り出す。
「私だ。ソリア様を緊急で呼んでくれ。要件は――」
そんな会話をしている。相手はソリアに付いている護衛の騎士だろうか。
さて。
神樹に相対する。
もう既に幾つもの列が出来上がっており、それぞれ許容放出量まで魔力を供給している。
それぞれの列の間を通り、神樹の眼前に行く。
(魔力の供給こそ受けているが、それでも流れてる魔力の方もバカにならないな)
右手を神樹の肌に合わせる。
エルフの民が不器用に、それでも一生懸命に自分の命とも言える魔力を供給しているのを感じる。
――俺の魔力を神樹の頂点から地を這う根にまで薄皮のように張り付ける。
探知魔法と同じ要領で魔力を波打たせているだけだから無限にできるわけじゃない。さらにエルフ達が供給している魔力は阻害させないよう逸らしている。
だが、これで神樹の流出する魔力を抑えられる。ソリアが来るまでの時間稼ぎだ。
「ソリア様の護衛をしている騎士に連絡した。すぐに呼ぶそうだ」
フィルが言いながら神樹に両手で触れる。
続けて俺の方を見ながら、
「私も手伝う。任せてくれ」
「ん」
さらに反対からも小さな声がした。ユイだ。
彼女も人差し指で神樹に触れながら魔力を送り込んでいる。
さすがにこの二人の魔力操作は洗練されており、送り込まれてくる量は桁違いだ。
さて。
早く来てくれよ、ソリア。




