おや
「き、き、貴様……! どうしてここに!」
計算外の状況にオッドが叫ぶ。
「どうしてって、なんか色々やってるから見に来たんだよ」
「ち、違う、そうじゃない! 地竜王は!?」
「――殺してないぞ? ちゃんと退いてくれた」
「な……?」
オッドの問いかけは「殺したか?殺してないか?」などではない。そんな余裕は求めていなかった。
彼の期待通りの答えは「逃げてきた」だったからだ。
常軌を逸した返答にオッドが顔を青ざめさせる。
「ああ、他の魔物なら大丈夫だ。フィルやユイもいる。あいつらは強いからな、手加減してやれる」
残存する魔物も問題ないとばかりに。
オッドの耳に計画の崩れる音が聞こえた。
賢老会の面々に激昂を放つ。
「もういい! 急いで召喚しろ! 儀式を終わらせるぞ!」
「おい、待て。なんだその物騒なもんは」
ジードが顔を覗かせる。
弱みを見せた、とばかりにオッドがほくそ笑む。
召喚陣が光りだす。
それは早急に精霊を呼び出した証。
「――聞いて驚け。これは精霊を呼び出すものだ」
「精霊?」
「ああ。こちらの世界にはない別の世界に住む高度な魔力と高い知性を持つ種族だ。しかも上位種をな。どうだ、人族にはない古代の叡智だろう!」
子供がおもちゃを自慢するようにオッドは言う。
ジードが眉頭を寄せる。
「分かったから止めろ。俺はおまえらに危害を加えるつもりはない」
「ふははははっ。恐れたか? しかし、もう遅い。貴様らはあまりにも目障りだ。出でよ、上位精霊――アドローン!」
光が強まり、神樹の魔力を代償に精霊が呼び出される。
人の身体をベースに、鋼鉄の鎧を身にまとい兜からは鈍色の瞳が覗いている。
だが、なによりも表すべきはその巨躯だった。
ジードやシルレ達は見上げる他ない。
『クオオオオオオオーーーーン!』
アドローンと呼ばれた上位精霊が甲高い特徴的な叫び声をあげる。
地竜王が起きた時よりも大きな地揺れが起き、木々がアドローンを中心に波立つ。
「さぁ行け、アドローン。奴らをころ――」
アドローンの片足が浮く。
それは踏みつぶすために狙いを付けていた。――賢老会のメンバーをめがけて。
「――な、なにをやって」
『クオオオーーーーーーン!』
アドローンの巨大な足が降る。
忠犬に噛まれるような、ありえない光景に呆気にとられる賢老会の面々。
だがそれも一瞬のことで咄嗟に物理攻撃を防ぐ魔法陣を各々で展開する。――しかし。
プチッ プチッ
そんな音が出そうなくらい、あっさりと賢老会が踏みつぶされる。
何度も何度も巨体に似合わない速度で降り下ろしながら。
「だから止めろって言ったのに。おまえら依頼人だから危害を加えるつもりはなかったんだぞ」
『クオオオオオーーーーン!』
「理性も知性もないか。あんな不安定な魔力供給じゃマトモな身体と精神で召喚できるわけないわな。焦りすぎて省略したな」
もはや賢老会の魔力は消え散った。
同様に賢老会を守ろうとした黒づくめの男達も殺された。
そんな彼らの代わりとばかりにジードが分析した。
隣で慌てたシルレが額に汗を流しながら口を開いた。
「に、逃げてください……! コントロールもできない上位精霊は超危険な魔物の分類ですっ!」
『クオオーーーン!』
アドローンが再び足を挙げる。
それはジード達を狙ったものだ。
シルレが賢老会と同様の魔法陣を展開する。
だが、ジードは至って平静だ。
とことこ歩き出してアドローンの地に付いている方の足まで近寄り、ぶん殴った。
「ちょっと黙ってろ」
『クオッ!?』
そこは脛。
あまりの激痛からアドローンが殴られた部位を抑える。
そしてそのまま霧散して消えていった。
「これかなりマズいんじゃないか」
ジードが神樹に手を添える。
枯れた葉っぱや風に撫でられただけで折れる力の尽きた枝が落ちてくる。
――賢老会によって精霊召喚のために魔力を吸われた神樹があった。
シルレが目を見開く。
「こ、これは……!」
「ただでさえ開花で魔力を放って少なかったのに魔力を搾り取られたからだろうな」
「そんな……。こんなことは今まで一度も……!」
ただの一回たりとも神樹が枯れたことはなかった。
だが、いま着々と神樹の葉は茶色に染まり出している。残った魔力も弱々しく外に漏れている。
しかし、シルレはすぐにキリっとした顔つきになる。
「今すぐにでも魔力供給を行いましょう。エルフの里の全員が行えば神樹も復活するはず」
「どうだろうな」
ジードが苦々しい顔つきをする。
「それはどういう……?」
「魔力を分けるにも丸々渡せるわけじゃない。探知魔法でエルフ全体を見ても延命すらできるかどうか」
初期の神樹を思い浮かべてジードが言う。
「しかし、やってみなければ分からないはずですっ。どうせダメならやってみます!」
シルレが周囲にいる者達に民を連れてくるよう伝えた。
ジードも総量を見ただけの話なのでなんとも言いようがない。
それでも楽観視できないことだけは確かだった。