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動いた

 樹液の回収も大詰めに差し掛かったころ。


――作業場の上空に複数の魔法陣が描かれた。


 展開された魔法陣からは水魔法が展開される。


 だが、それは攻撃的なダメージをもたらすわけではなく、ただ雨のように降り注いだ。


「……これは?」


 シルレが呟く。「誰が?」や「なんの目的で?」などの疑問が含まれていた。


 だが、当然のごとく答えられる者はいない。


 誰もが呆然と頭上を眺めていた。


(作業の中断が狙い? とにかく)


 魔法陣を相殺するべく、シルレも火を放つ魔法陣を展開する。


 数も範囲も広かったがシルレはエルフ姫。


 彼女の実力はエルフでも屈指のもの。簡単に皿状に幾つもの魔法陣を展開した。


 が。


 問題はそこではなかった。


――シルレの魔法陣が霧散した。


「なっ」


 これは。


 咄嗟に思い当たる。


 対象の魔力を揺れ動かし、魔法の展開を阻害する――古の魔法。


 伝説クラスの魔法だ。


 さらに極めれば人の魔力すらも消し飛ばすことができる。が、それができるのは史上でも一人や二人程度――。


 とにかく、シルレの魔法陣を霧散させたのは超高度の魔法だ。


 これができるのは。


(やはり賢老会ですか。こんなことをして一体なにが……)


 段々と視界が靄がかかっていく。


 一部で生み出されている魔法陣の小雨が霧を作りだしていた。


 しかも急激に。


 さらに、爆音が響き渡る。


 樹液の入った樽を積んだ馬車が黒づくめの集団によって襲撃を受けていた。


 しかも、まだ作業中の場所までもが襲われる。


「――っ」


 シルレや守衛たちも応戦を始める。


 魔力の動きを阻害する流れを強引に掻き消す。


 襲撃してきた者達に反撃する。


 しかし――。


「くっ」


 襲い来る魔物達のために戦力は割いてしまっている。


 そのため広範囲は守り切れず、じわりじわりと馬車や樽が壊されていく。


 残されたのは一部だけ。


 もはや雨により薄められ、地面に溶け込んでしまった。樹液の生命力が消費された証とばかりに溶け込んだ大地から緑の草木が小さく生い茂り出した。


「逆らわなければ良かったものを」


「――!?」


 突如。


 シルレ達が守っている背後の樽が積まれている方から声がする。


 振り返ると賢老会の面々が揃っていた。


「さて、おまえらはもう囲まれた。終わりだ」


 気が付けば周囲は賢老会の手の者によって固められていた。


 それでもシルレの目には反抗の意志があった。


 オッドが口を開く。


「辞めておけ、これ以上は無駄だ。民を思ってか知らないが、魔物方面に力を入れすぎたな。まさか我々を信用でもしていたか?」


「そうですね。もう少し賢いと思っていました」


「なに?」


「見てください、この惨状を! 樹液はほとんど無くなりました! これで魔物達が襲ってくるのは必定。この森の主である地竜王だって目覚め、襲ってくるはずです! あなた達はエルフを滅ぼすおつもりですか!?」


「ふ。そんなことにはならない」


 言って、賢老会の面々が手を神樹の方に向ける。


 陣が展開される。


 それにシルレは見覚えがあった。


「召喚陣……?」


「ああ。これで上位の精霊を召喚し、地竜王を抑える」


 オッドの言葉に、どこかシルレは違和感を覚えた。


「つまり前線で戦っている者達を助けると……?」


 そう、シルレは考えた。


 だが、甘かった。


 オッドが深い笑みを見せる。


「ああ、助けてやるとも。――このエルフの里が滅びかけ、窮地になった時にな」


「なっ……! そ、それはどういう……!?」


「もう神樹やエルフ姫に支配されない、我らエルフの王国をこの地に築き上げるのだ! そのためには一度、リセットする必要がある!」


「だから地竜王を暴れさせると!? それにもしも地竜王を倒してしまえば、この森には主がいなくなります! 荒れてしまいますよ!?」


「だから?」


 シルレの問いかけに、オッドは何気なしに問う。


 それは本当に何も想っていない様子だった。


「い、一体どれだけの犠牲が出るのか分かっているのですか!!??」


「たくさん、でしょうね」


 曖昧なその答えに、シルレは賢老会の思慮が読めた。


 彼らは犠牲者のことなど考えていないのだと。


「……外道が」


「ふふ。我らが外道? 民を思って動いている我らが? 的外れにも程がある。おまえの妹を人質に取ったのは我らだ。だが、それは青二才のおまえが勝手な行動をしないようにするためのこと。それら全て民のためのこと!」


「その民を犠牲に築き上げようとしているのは国じゃない! あなた達の楽園でしょう!? それだけの歳までに積み重ねてきたのは傲慢と欲望だけですか!?」


 シルレの怒号が響き渡る。


 オッドは反論せず。


 ただニヤリと笑った。


「もう話す必要もない」


 轟音。


 まるで山一つが崩れ落ちるかのような音が一帯を占める。思わず耳を塞ぎたくなるほどのもの。


 それは地竜王の目覚めだった。


「は、早すぎます……なぜもう……!」


「前回の樹液分配の遅れから奴の怒りがあったのは知っている。そして、水魔法により薄められた香りと無駄に散らされた樹液。これも必定ですなぁ」


 はなから計画通りと言わんばかりの口調だ。


 さらにオッドが続けた。


「あれが目覚めたからには前線が維持できるのは十分程度。さらに魔物達が雪崩れ込み、里が潰されるまでに十分もないくらい」


 淡々と冷静に口にする。


 悪魔だ、とシルレは思う。


 その二十分でどれだけの死者や負傷者がでることか。


 しかし、言ったところで彼らは変わらない。


(もう、なるようにしかならないのですか……申し訳ありません。せっかく約束したのに……!)


 シルレとて弱いわけではない。


 だが、賢老会の力と数の差ではどうしようもない。


 諦め、妹を救ってくれたジードに対して謝罪をしていた、その時だった。


「ほ、報告です! 地竜王が前線に現れました!」


 その伝令兵に対してオッドが応えた。


「ええ。分かっています。なるべく時間を稼ぐように言っておいてください。それまでにこの儀式も」


「いえ、それが――地竜王は既に退けられました!」


「なにっ!?」


 知らされるべき情報とは、真反対の言葉が投げかけられる。


 思わずオッドの目が見開かれる。驚きのあまり絶句しているようだった。


 そこでシルレが問う。


「そ、それはどういうことですか!?」


「ギルドが派遣したパーティーが――」


「――感知した通りの光景だな。よくもまあ、こんなに暴れてくれたもんだ。樹液、結構楽しみだったんだぞ」


 伝令兵の言葉を遮るようにして現れたのは黒髪の男だった。


「ジ、ジードさん……!?」


 シルレが男の名前を呼ぶ。


 ジードはばら撒かれた樹液を残念そうに見ていた。



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[一言] ジードが帝国相手にやっていたのは伝説クラスのヤツだった‥?
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