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ながすぎ

 ラナの奪還とシルレが味方になったことを、フィルに事後報告した。


 ユイは何やら奥の部屋で良い匂いを漂わせている。まぁ聞こえているだろう。


「敵は賢老会か。一体どんな妨害工作を行ってくるのやら。ジードは何か考えはあるか?」


「適当にエルフ達に聞いて回るさ。変な動きがあれば耳に入るだろう」


「うむ、それが良いと思うぞ。私はルックに過去に潰された組織の話を聞いてみる」


「ああ。……ところでユイは奥で何をやってるんだ?」


 我慢できずに尋ねる。


「奥で料理を作っているそうだ」


「夕飯か? そういえば食べてなかったな」


 ちらっと見てみるとキッチンになっている。


 鍋やらフライパンやらを使って巧みに調理しているユイの姿が伺えた。


「私達の分もあるそうだぞ。良かったな」


「へぇ、楽しみだ」


 噂をしていればユイがキッチンから鍋を持って出てきた。


 テキパキした機敏な動作で次々に卓上に料理が並べられていく。


 肉料理や魚料理、パンが置かれていく。


「どこに食材があったんだ?」


 かなりの量に不思議に思う。


 するとフィルが隣で言う。


「あらかじめ置かれていた。メモもあって『好きに使ってください』だとさ。念のために検査もしたが問題なかったぞ」


「へぇ」


 そして最後にスープも置かれた。


 ……気のせいか。なんだか変なデジャヴを覚える。


「くんくん。すー……あれ」


 隣にいるフィルの顔が曇る。


 なにやら覚えのある匂いだったようだ。


 フィルが、ぎぎぎ……と首を信じられない物を見るように回す。


「ユイ。気のせいじゃなければ、これは睡眠薬か似たようなものが入っていないか……?」


「うん」


「「うん!?」」


 悪びれずに頷くユイ。


 思わず俺も驚く。


「そ、そんなものキッチンにはなかったはずだぞ!」


「自前」


 やべえ、こいつ。


 なんのデジャヴかと思ったらシーラかよ!


 もう安心して食べられるの露店のおっちゃんの串肉だけじゃねえか! 毒、効かないけどさ!


「い、一応聞くが何のために入れたんだ……!」


 もはや冤罪はない。


 フィルが立ち上がりながら尋ねた。


「寝かせて、ジードを襲う」


「えぇぇい! 私がいる限りはそんなことさせないと言っているだろう!」


 ユイに襲い掛かる。


 その際に卓上の皿が揺れる。


「おっととっ」


 両手でなんとか皿を上手いこと重ねながら持つ。


 味見と毒見も兼ねて、まずスープを啜る。


(おお、これは美味いな。それに毒も問題なさそうだ)


 ユイが用意したとあってフィル以上の怖さも感じたが、俺の身体には対応しているようだ。


 勿体ないから食べておこう。




 ちなみに後々、毒なしをユイが作って改めてみんなで食べた。


 そっちも美味しかった。









 神樹の開花は未だにしていない。


 だが、その日は近いだろう。


 神樹の実が次第に大きくなっていき、先端の部分が割れ始めているからだ。


 幹から出る樹液も増している。さらに初見よりも魔力が多くなっている。


 そんな中でフィルはエルフ支部にいた。三角座りをしながら部屋の隅っこで転移のマジックアイテムをまじまじと見つめている。ちょっと怖かった。


「なにやってんだ?」


 たまたま出くわした俺はフィルに声をかけた。するとフィルは死んだ目つきで俺の方を見る。


「……ソリア様が来ないのだ」


「ああ、そういえば二週間くらい経ってるからな。だからって今にも死にそうな顔になるなって」


「うぅ……心配だ……それに会えないだけで辛い……」


 こいつ、やはりシーラに似たものを感じる。


 俺にしばらく会えないだけで「ジード成分補充」とか言っていたし。こいつにも類似する何かをソリアから得ているのかもしれない。


「まぁそのうち来るだろ。もしもソリアの身に何かあれば連絡が伝わるはずだし」


「む。おまえは気楽だなっ。第一、なんだその両手にある串肉は! めちゃくちゃエンジョイしているではないか!」


 フィルが俺の両手――指先に挟めている八本の串肉を見た。そのせいで両手は埋まっている。


「ははは、露店のおっちゃんも美味かったが、エルフの店も美味いぞ。食べるか?」


「いらんわ!」


 かれこれエルフの里を回っていたが、みんなフレンドリーに受け入れてくれた。


 昔は特産物もあってお土産になっていたそうだが、それらの店は撤退して一般の店しかなくなっているのが悲しい点か。


「タダで食えるから良いじゃないか。おまえも貰ったらいいと思うぞ」


 ラナを取り返した翌日からエルフは祭り状態になった。


 どこにいたのか? 何をしていたのか?


 それらは奪還した俺にも問われた。だが結局、賢老会の確たる情報はない。「わからない」とだけ返していた。


 それでも矢継ぎ早に「店に来てくれ!」だとか「恩返しを!」なんて言われる。


 今でも道を歩いているだけで串肉をくれる程だ。


「……いらん」


 プイっとフィルがそっぽを向いた。


 が。


 きゅるるー、と音が響く。


 音の主はフィルの腹辺りだ。赤くなっている横顔が見える。


 どうやら串肉の匂いに釣られたようだ。


「ほれ」


 フィルの顔の近くまで串肉を持っていく。


 すると涎を口元に垂らしながら、目を輝かせる。


「………………いらん。ソリア様が満足に食べていないのかもしれないのに、私だけが食べては申し訳ない」


「つってもユイの飯を食べてるじゃないか」


「必要な分だからだっ」


 フィルは待てをされた犬よろしく首を左右に振って、なんとか意識を逸らしていた。忠犬と言うべきかバカ真面目と言うべきか……。


 こんなに我慢されてはこっちのメンタルにまで来る。


「そうは言ってもな、ソリアが来たときに守るだけのエネルギーはいるだろ? 腹いっぱい食べとけって」


「む……それは……たしかに」


「うん。だから食べてみろ。美味いぞ」


 言うと、フィルが持つ暇もなく串肉を頬張った。


 よし、を受けた犬のようだ。


「じ、自分で持てって」


「ふ、ふあん(すまん)……にほぃあよふて(匂いが良く)……」


 辛うじて聞き取れるが一杯に頬張っている姿は必死に食らいつく小動物のようで。


 普段のこいつは剣聖と呼ばれて厳格なイメージを持たれているそうだが、俺にはまったく湧かなかった。


 串肉を半分の四本渡して、俺も余った串肉を口に運ぶ。


「うむっ。これは美味いな」


「だろ。すげー美味いんだよ。口に入れるとさっぱり残らない薄口のタレが素材の肉をしっかり引き立ててるんだ」


 うんうんと頷きながらフィルが食べている。


 稀にチラチラとマジックアイテムを見ながら、だが。


「ソリアが気になるのなら神樹は俺らが見ているから、行ってくると良いんじゃないか」


「それはダメだ。職を放棄することは……許されん」


 フィルが騎士らしい真面目な顔つきを見せる。


 だが、そこには迷いもあるようだった。ソリアの忠節もないまぜになっているのだろう。


 不器用な勤勉さだ。


「しかし、勘は信じたほうが良いぞ。もしもソリアの身に何かあると感じたのなら行くべきだ」


「そんな勘はない。実際のところを言うなら私が寂しいだけだからな」


「おまえ面倒くさいな……いや、知ってたけど」


「反論できないから過去の私を殴りたい」


 フィルがどんよりとした雰囲気を出す。


「リフもおまえらが忙しいことは重々承知している。無理してるならソリアと一緒に居たら良い」


 それはフィルの言う職を放棄することに当たるのかもしれない。


 それでも、知名度を獲得してギルドの印象を良くして影響を増して行こうってのがこのパーティーの役割のはずだ。


 無理をして欲しくはない。


「優しいな。だが、そのソリア様からの願いなのだ」


「ソリアからの?」


「……おまえの力になって欲しいと仰っていたんだよ」


「力に?」


 そういえば思い当たる節はある。


 ユイに襲われそうだった俺を守っていたな。


「私達はパーティーだ。しかし、一回目の依頼ではおまえが一人で終わらせた」


「そんな時もある。気にすることじゃない」


「それだけならな。だが、私が最も目に焼き付いたのはユセフを倒した時だな。下っ端の魔族共しか相手にできなかったのは……本当に悔しかった」


 フィルの串肉を握る手がギュッと握りしめられていた。


 強い感情の現れだ。


「気にしすぎだと思うがな」


「そうか? 私やソリア様はそう思っていない。いや、ユイ……ひいてはウェイラ帝国だってそうだろう」


「ウェイラ帝国?」


「ああ。あの国はおまえを狙っているのだろ」


「……らしいな。それが?」


「ユイが送り込まれたのだって名前を売るためだけじゃない。ギルドから抜擢されるような優秀な人材を引き抜くためのはずだ。おまえにもウェイラ帝国最強の一角としてのユイの力を見せておきたいはずだ」


 ……ふむ。そう考えることもできるのか。


 実際にカリスマパーティーは俺という新参や、すでに一国一教に所属しているソリア、そして外部から突然Aランクにまで昇格して成り上がったフィルで構成されている。


 仮に全員が引き抜かれてもおかしくないの……か?


 いや、知名度が上がった時に総取りされれば痛いことにはなるか。


 腹の探り合いは慣れないから、まだ上手い考え方はできないな。


「俺は当面はギルドにいるつもりだがな」


「今はそうだろうが、ギルドを離れるとしても拡大を続ける選民主義のような帝国には行ってほしくない」


「その言い方だと神聖共和国に勧誘されているみたいだな」


 はは、と冗談交じりに言う。


 しかし、フィルは至って真剣な表情で俺を見た。


「だからソリア様は私だけでも先に行くよう言ったのだ」


「……え?」


「いや、ソリア様は意図してはおられなかったかもしれない。素直な気持ちからの指示だったのかも。しかし、スフィや周囲はウェイラ帝国をあまりよろしく思っていない」


 なんていうか。


 水面下で色々と起こっているんだな。


 俺には一切そんな情報はない。さらに言えば混ざれない。


 んでも。


「スフィは帝国を良く思ってないのか?」


 話が脱線するが気になった。


「まぁな。魔族とは停戦をしているが和平に向かっているわけではない。あくまでも前魔王が結んだものだからな」


「ああ、今は魔王を決めてる最中だったな」


「ユセフもそのために魔力を盗んだりとしていたが……。実際にあいつみたいに人族に関しては虫けら同然に思っている七大魔貴族――つまりは魔王候補だっている」


「へぇ。だから人族領内を荒らしてる帝国が目障りだと」


「もうちょっと言い方どうにかならないのか……。だが、その通りだ。不穏な様子を見せて内紛を起こして隙を見せてもしょうがないだろう。

 そういう意味では帝国はスフィ以外にもかなり嫌われているがな」


 そういう意見もあるのか。


 俺としては統一した方が動きやすい、とウェイラ帝国の肩を持たんでもないが。


 実際にはそんな容易なことではないのだろう。


 今、食べている串肉の味が国や種族ごとで違うように、文化の違いもある。万人が万人を受け入れることなど難しいのかもしれない。


 面倒だな。俺は眉間に皺を寄せながら串肉を食べた。美味い。


 隣でフィルも串肉を食べた。


「いや、やっぱりソリア様は単純にジードに好意を抱いているから私を向かわせたのかもしれない。自分よりもジードを支えろと……うーん」


 なんて独り言を口にしながら。


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書籍版、漫画版も是非よろしくお願いします
― 新着の感想 ―
[一言] 文脈綺麗で読みやすいスカっとするくらいジードのぶっ飛び性能が好きです
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