雑な扱い
次の日は撮影所に入った時に知らない人間が数人いた。
なんでも監督の知り合いらしい家族連れが見学に来ているらしい。
そんなことは頭の中を右から左へ流れていきいつものように仕事をするだけだと気を入れ直す。
廊下へ出て楽屋への道で昨日言い合いになった万里とすれ違うが、いつもなら昨日は迷惑かけたとか色々言ってきてまた元通りの関係に戻るのだが、今回は違った。
すれ違う時の万里の目の奥には俺に対する殺意とも敵意とも取れる感情が伺えた。
一体俺の何が悪かったのか聞こうと呼び止めるが、万里はそのまま撮影所に入り他のスタッフとはいつも通りに接していた。
時が経てばまた元通りになるさと少し楽天的に考えながら楽屋で台本の最終チェックをして撮影に臨む。
そしてついに変身シーンの撮影の時が来たが監督からいつも用意してある醤油ラーメンが無くなってたので急遽近所のコンビニで買ってきたけど味噌しか無かったんだけど気にせずいつも通りお願いね!と言われ俺も特に気にする事もなく撮影に臨んだ。
「また怪人か!よし、変身だ!」
ありきたりなセリフを爽やかに吐いてケトルに水を入れお湯が沸くのを正座して待つ。
側から見れば実にシュールな画である。
そして、ケトルから湯気が登りお湯が沸く音がしてカップラーメン(味噌)にお湯を入れる。
そして変身ポーズをとり変身!と叫ぶ。
俺の役はここまでだ。
後はスーツアクターさん達にバトンを渡し戦闘シーンを撮り終わりまたバトンが俺に回ってくる。
そう、実際には冷え切っているラーメンを3分で敵を倒してできたての如く食べるというとても胃腸には優しいシーンの撮影が残っているのである。
冷めきって伸びたラーメンを食べるのは結構キツイものがあるので俺は毎回この撮影がある日は何も食べずに撮影に臨むのである。
空腹は最高のスパイスという言葉を信じて。
そして監督からのアクション!の声とともに冷めきったラーメン(味噌)を啜る。
味噌にしては少し変な味がしたが一気にかき込み手を合わせご馳走さま!と言おうとした瞬間口から血を吐いて倒れている俺を見ている俺がいた。
何だこれ!?
そう叫んだが俺の声は誰にも聞こえている様子はなく、俺の下で血を吐いて倒れている俺に家族連れのメガネの小学生が近づき
「皆、動かないで!これは殺人事件だ!」
と叫んでいる。
そんな光景を見ていると天井の方から何やら光が射してきて讃美歌のような歌が聞こえてくるではないか。
それと一緒に所謂天使であろう物体が数体現れ浮いている俺を掴んで光の射す方へ連れて行こうとする。
あぁ、これあれだわ。昔テレビで見た奴だ。
そんなことを考えながら最後に下の方を見ると万里の狂気に満ちた笑顔が目に入った。
そして俺はそのまま所謂天国と言われる場所へ連れて行かれはせず、まるでゲームセンターにあるUFOキャッチーのように上へ移動した後に今度は横へ移動を始めた。
この時世界の端とでも言えばいいのだろうか、目の前が歪んで次第に暗くなり何も見えなくなったかと思うと、次第に視界が明るくなりさっきと同じ場所、つまり撮影所の上に出てきてそのまま下にゆっくりと降ろされていく。
そして天井をすり抜け下を見るとやっぱり俺が倒れている。
が、少し様子が違う。
血も吐いていないし監督の知り合いも居ない。
そして何より万里も居なかった。
そして俺はそのまま倒れている自分の身体にまるでパンパンになった旅行鞄に更に荷物を詰めるような、満員電車で駅員がドアを閉めるために乗客を押し込むような。そんな雑で力任せな扱いを天使と思われる3体から受ける。
こいつら可愛い顔してやる事がエゲツない。
俺の思考はそこで途切れ次に目が覚めた時には病院のベッドの上にいた。