第7話 引きこもりの友人
中学からバスで30分。山に囲まれた場所に、海道家は建てられていた。古いもののかなり広い洋館で、おまけに海道自身の魔力結界により敵精霊の侵入を許さない。まさに精霊大戦で勝ち上がるために用意されたと言ってもいい要塞である。
「それで、そのヴィヴィアンっていうのはどんな精霊なんだ」
「前回の精霊大戦の最後の戦いで、戦った精霊です。精霊にも関わらず主人に仕えるという概念が無く、むしろ己の野望のために戦う。そんな女です」
「ほう、それは珍しいな」
上級精霊は普通の精霊とは違い自我があるものの人間に仕えるという文化があるため、大なり小なり主人への忠誠心というものがある。人間に全く隷属しない精霊というのは彼女の他には精霊王ぐらいなものであろう。
「前回の戦い、奴は小早川秀秋という男に使えていました」
「小早川って、関ヶ原の戦いで西軍を裏切ったあの!? 」
「いえ、彼自身は元々東軍に着く予定でした。しかし小早川軍は実質彼女に支配されていたので、最初は西軍として関ヶ原の戦いに参加せざるを得なかったのです」
歴史上の人物を知り合いのように話すヤナギの話を聞き、遠藤は改めて自分が巻き込まれている事態が現実離れしていることを実感する。一方の海道は文献で得た知識から新しい情報が出てこないので、若干じれったさを感じていた。
「そんな過去のことはどうでもいい、問題はヴィヴィアンという精霊がどんな能力を持っているかだ」
「奴の星は当時で9。星10が精霊王相当なので、実質最高の能力と言えるでしょうね。奴の能力は、基本はナイフを飛ばして攻撃してきます。近距離になると直接ナイフを持って戦いますね」
「成る程」
「さらに恐ろしいのが、奴は相手の技をそのままコピーできるという点です。相手が炎なら炎の魔術が、氷ならば氷の魔術が威力そのままに使えるのです」
「ちょっと待て、そんなやつにどうやって勝ったんだ」
ヤナギの元々の星は8。メイド化して弱体化した今の倍ではあるものの、それでも星9のヴィヴィアンより格下だ。単純なスペックで上回られている上、技までコピーされるのならば勝ち目はない。考えられる可能性としては小早川秀秋がよほど魔力がなく、かつヤナギの主人が強靭な魔力を持っている場合ぐらいだ。
「恥ずかしながら、技量面では完全に上回られていました。ただ私の愛刀『ムサシ』は、精霊界一の名刀です。彼女もいい刀を使ってはいましたが、ツバ競り合いの際に奴の刀が折れ」
「成る程。つまり『ムサシ』を呼び出せない今のお前に勝ち目はないというわけか」
「残念ながら」
武器強化系の魔術は使用魔力のコストパフォーマンスに優れる反面、効果は使う武器に依存するという弱点がある。その使用する武装の性能の差が、戦力の決定的差になるというわけだ。
「なら、本体の精霊使いを殺るしかないな」
「それは無理です」
きっぱりとした顔で、ヤナギは言った。
「あいつは現界するとすぐに、美少年かつわずかでも精霊使いの素養があるものをさらい奴隷化します。大量の奴隷から魔力を吸い続けるので、精霊使いが死んでもあいつは死なない。奴隷を複数箇所に数十人単位で配備することで、あいつは実質無限の魔力を持っているのです」
ヤナギが遠藤を連れてきたのは、ヴィヴィアンにさらわれて奴隷化するものを一人でも減らしたかったからだ。しかし美少年はともかく「わずかでも」精霊使いの才能を持つものは腐るほど存在するので、すでに奴隷の配備は済んでしまっているだろう。
「複数人から魔力を吸えば一人当たりの魔力量は少なくていいのか、考えたな」
「まあ人間に仕える存在である精霊が人間を奴隷化するなんて発想、奴ぐらいしかしないでしょうが」
本体狙いも無理な上に魔力も無尽蔵。普通に戦ったのならお手上げと言ってもいい状況だ。
「仕方ない… 他の精霊使いと同盟を組んで、複数で当たるしかないな」
「同盟ですか、心当たりがあるのですね」
「ああ。あまり気乗りしないがな」
海道としてはあまり気乗りしないが、背に腹は変えられない。海道は遠藤を自宅に待機させ、ヤナギとともに「心当たり」のある場所に向かった。
海道家からバス、電車を乗り継ぎ1時間半。家賃3万9千円のボロアパート「ムロミ荘」が同盟者の住処だ。もっとも移動手段はヤナギに抱えられての高速移動なので、30分足らずで着いてしまったのだが。
「ここだ」
「はえー。すっごいボロい」
「だが俺の家ほどではないとはいえ、それなりに強い魔術結界がかかっている。俺がいれば入ること自体は可能だと思うが、ヤナギにはかなり負担だと思うから覚悟してくれ」
魔術結界は自身の許した者以外を通さない海道家タイプの他に、索敵のみから逃れるタイプ。「精霊」「精霊使い」を判断し自動でシャットアウトするタイプなど様々なタイプがある。この家の場合「侵入自体はできるが侵入した者の魔力量が多い場合その魔力を使いにくくする」という、集合住宅らしい他の住民の迷惑にならない結界だ。
「ピンポーン」
「はい」
やや低めの声の女性が応答する。
「海道聖だ、入れてくれ」
「海道… どなたですが」
「入れてやれ、俺の友人なんだ」
やや高い男の声が聞こえると、アパートの扉が開かれる。そこにはマスクをした細身の少年が立っていた。
「久しぶりだね海道君、そのメイドがお前の精霊か… ってそいつ男かよ」
「ああ、俺は女は嫌いだからな」
「にしても女装って、その発想はなかったなあ」
男はいかにも引きこもり、という身なりとは裏腹に親しげに海道と話す。
「紹介するよ、うちの精霊のアークだ」
「アークです… よろしくお願いいたします」
「デカイな」
(私より背が大きいとは… )
紹介されたメイドの身長は、ゆうに190cmを超えていた。立って挨拶しようにも、ボロアパートではかがまなければ立てないほどである。おまけに腕、脚ともにかなりの量の筋肉が付いており。胸が無いのも相まって顔立ちと声を除くとむしろ、ヤナギ以上に男性的と言っても過言ではなかった。
「あの、私は引っ込んでていいですか」
「まあいいけど。こいつなら攻撃してくる心配は無いし」
直球で「でかい」と言われ、アークはすっかりしょげてしまっていた。最もアークを召喚した男は「でかい=腕っ節が強そう」という理由で召喚したので、大きいことを指摘されて凹む彼女の気持ちなど知る由も無いのだが。
「浜崎。単刀直入に言おう。ヴィヴィアンというとんでもない強さの精霊が、この近くに潜んでいる。そいつを倒すために、同盟を組んでほしい」
「同盟はYes、倒すための協力はNOだ」
浜崎と呼ばれた男の回答に、海道は「やっぱりな」とため息をついた。
「僕が外に出ることが嫌いなのは知っているだろう」
「そうだな… お前に頼んだのが馬鹿だった」
「他に知り合いの精霊つかいはいないのかい」
「つい最近精霊使いだと発覚したものならいるが、そいつは上級精霊を召喚できていない」
「なるほど。ならはぐれ精霊を捕まえて、そいつと組ませるのはどうだ」
「はぐれ精霊」という耳慣れない言葉を聞いて、海道は一瞬訝しげな顔をする。
「なんだ、それ」
「召喚期間中に召喚したはいいが、召喚した精霊が思ったより弱いとかいうことを聞かないとかそういうことがあるだろ。そういう時に普通は新しい精霊を召喚した上でその場で古い精霊を殺して精霊界に送り返すんだが、たまに返り討ちにしたり、逃げたりする精霊がいるんだよ。そういう主人のいない精霊は契約者を欲しがっているはずだから、組むといえばホイホイ仲間になるぞ」
精霊の複数体召喚。海道は考えたこともなかったが確かに理論上は可能だとも思った。最も同時契約した場合一体ずつの戦力がそのまま半減するので、同時召喚を行うメリット自体はあまりないのだが。
「アドバイスありがとう、それじゃあ」
「何だ、もう帰るのか。お茶ぐらい飲んでけよ」
「悪いな、急いでるんだ」
組んでくれる相手がいない今の海道にとって、遠藤はもはや貴重な戦力だ。最悪海道家に女性を上げる羽目になるが、今の海道に他の戦力増強手段はない。何とか遠藤と組ませるための精霊を探さなければと、急いで海道家に戻るのであった。