第5話 復讐の炎
翌日の4時限目、物理の時間。この日も山本は意気揚々と教室に入っていった。その時、事件は起こった。
「ドカッ」
「痛ったあい」
山本の最近の態度をよく思わなかった一部の生徒が、金属製のタライの罠を仕掛けたのだ。古典的なトラップであるが、黒板消しなどではなくここまで重いタライを空中から落とすのはあまりにも悪質だ。
「誰がやった!? 」
流石の山本も怒りのあまり声を荒らげる。しかし悲しいことに、いかにも弱々しい40代のおじさんが吠えたところで、怯むどころか教室は嘲笑に包まれてしまうのであった。
「くっ」
犯人を探そうにも、名乗り出るものなどいるはずもない。仕方がないので山本は授業を始めるのであった。
「この式の意味は… 痛っ。誰だ」
どこからともなく、消しゴムが飛んできた。当然、周りは知らん顔。
「くそっ」
しかし彼らの嫌がらせはこれだけには止まらなかった。黒板の方を向くたびに投げられるものは消しゴムからチョーク、小石とだんだんと凶悪化していき、喋り声もどんどん大きくなる。極め付けはカラーボールが投げられ、山本の背中に命中した。
「お前らなああああああああああああああああああああ」
ついに我慢の限界を超えた山本は理性を失い、教室を飛び出してしまった。
(チッ、面倒くせえことしやがって)
こういうことに全く興味のない海道は一人、教科書を読み先の授業の予習をしているのだった。
しかし、悲劇はまだ終わらなかった。授業が終了した後、先生が勝手に授業を放り出して逃げ出したということを学年主任に告げ口した者がいたのだ。
「すいません。生徒にカラーボールを投げられまして、それで居てもたっても居られずに」
「しかしだねえ山本君。普通その場で注意して、指導をするのが教師の役目だろう。学級崩壊のような状況にしておきながら逃げ出すなど言語道断。君の責任も大きいと思うがね」
生徒たちは狡猾だった。誰が物を投げたかが分からないよう事前に先生の死角から物を投げる練習を綿密に行った上、実行部隊は投げることが得意なハンドボール部の生徒を中心に行った。更に飛び出しを学年主任にチクる要因としてクラスで3番目に頭の良い竹馬をチームに引き入れ、学年主任を味方側に引き入れる点も抜かりはなかった。
「もう駄目だ… 」
結局、山本は生徒からのいじめに加えて学年主任からの信用も失った。学年主任の受け持つ世界史も含め、他の授業は皆真面目に受けているというのも山本自身にも問題があるという風潮を後押しした。
「ご主人様どうしたの? 元気ないよ」
「はは、ただいま… 」
ダリアにもらった勇気が、完全に裏目に出てしまった。彼女の顔を見た途端、泣き崩れそうになったのをぐっと堪える。ダリアは心配そうに山本を見つめている。
「もう駄目かもな… 」
寝る直前。ダリアに聞こえないようにボソッと言った山本の一言を、彼女は聞き逃さなかった。
翌日。海道らのクラスの物理の授業こそなかったものの、他のクラスの授業のために山本は学校に来ていた。
「ふう… 」
休み時間。トイレに入り、一息つく山本。そんな山本の頭上に、泥水が降ってきた。
「バッシャー」
「ハハハハ、大成功」
「誰だー! 」
山本が飛び出た時には、そこにはすでに誰もいなかった。
「くそっ、ちくしょう」
山本が嘆いた次の瞬間だった。
「ぎゃああああああああ」
生徒の悲鳴が聞こえた。咄嗟に山本はトイレから飛び出る。次の瞬間だった。
「ドカッ」
メイド服を着た30代後半の女性が、山本を手刀で気絶させた。
「メイド服を着た女性が暴れている」
その話を聞いた瞬間、海道はすぐに敵の精霊だとピンときた。海道は魔術でヤナギを転送すると、すぐさま敵メイドの討伐に向かう。
「やっぱり海道が関係していたんだね」
「遠藤!? 危ないから逃げとけ。またこの前みたいに危険な目にあうぞ」
「先週といい今回といい、やっぱりおかしいよ。僕も今回の事件の真相を知りたい」
(こうなったら素直に話すか… )
後で絶対に真実を話す。そういう条件の元、遠藤を避難させようとする、しかし…
「あんたたちもあいつらの仲間ね」
なんと敵の方から、海道たちに近づいてきたのだ。仕方無く海道とヤナギは臨戦態勢をとる。
「こいつ知ってるか? 老化の概念がない精霊にしては、随分と見た目年齢が高いが」
「いえ、私も知りませんね。ただかなりの魔力量です」
メイドのランクは五つ星、格上の相手だ。最大限に警戒しながら、ヤナギは先日パクった日本刀を構える。
「死になさい」
メイドが指先から火球を放つ。遠距離攻撃は、今のヤナギにとっては天敵と言っても良い。ヤナギはなんとかかわしたものの、メイド服のスカートに火がついてしまった。
「アツゥイ」
「すぐに修復魔法をかけろ! 火が燃え移ったら俺たちまで火だるまだ」
なんとか修復魔法をかけ、メイド服を元の状態に戻す。魔力さえ残っていれば何度でも服を修復できるのは精霊の特権の一つだ。
「死ね、死ね、死んでしまえ」
なおも敵メイドは火球を連打してくる。ヤナギはなんとか躱していくものの、刀の間合に入ることができない。
「くそっ。遠距離タイプがここまで厄介だとは」
「ヤナギ、遠距離戦でのお前の攻撃手段は一つしかない。絶対に決めろよ」
攻撃のチャンスは一度のみ、ヤナギもそれは分かっている。ヤナギは攻撃を躱しながらも、反撃の瞬間を逃さぬよう全身を集中させた。
「喰らえ『ブレイズ・バーン・アタック』」
ついに痺れを切らした敵メイドが、渾身の大技を放つ。あたり一帯を焼付くせるほどの、巨大な火球を放ったのだ。
「まずいですご主人様、あれでは避けても周りに被害が」
「仕方ない、精霊奥義で相殺するぞ」
基本的に魔力による攻撃は形状に関係なく、より強い魔力による攻撃で相殺することができる。刀の攻撃で火を消すことは本来は不可能だが、最大魔力を込めた精霊奥義ならば、火球を相殺することも可能になるのだ。
「「精霊奥義『覇王一文字斬』」」
二人同時に技名を叫び、火球を切り裂いた。ただの大技相手に精霊奥義というのはできれば撃ちたくなかったが、背に腹は変えられない。
「ちくしょう… なんて強いんだ」
「当然よ。私はご主人様の恨みを吸収して強くなるの… ご主人様をいじめればいじめるほど、その報いが私の魔力となって貴方達に帰ってくるのよ」
(駄目だ… 全く思い当たりがない)
海道は困惑していた。誰かに恨まれるようなことを特にした覚えはない。
「さあ、トドメを刺してあげるわ」
(マズイッ、精霊奥義を二連発すれば、さすがにこっちの魔力が厳しい… かといって他に防御手段は無い)
再びメイドは巨大な火球を放とうとする。その瞬間だった。
「止めろ! ダリア」
「ご主人様… どうして… 」
山本がメイドの女を、恨みによって変身したダリアを制止した。