第2話 初戦の脱落者
「逃げるぞ」
海道の出した結論は、一時退却だった。しかし単に退却しては、遠藤の命が危ない。
「おい! そこの醜い脂肪の塊」
「死ねええええええええええ」
完全にブチ切れてた吉村は、ユイシスとともに海道に突進してくる。
(よし、こっちに向かってきたな)
海道はヤナギと共に、廊下に飛び出す。精霊、精霊使いともに、戦闘力はあちら側が上回っている。目標地点までに追いつかれたら最後だ。
「ヤナギ。刀さえあれば、あいつを倒せるんだよな」
「はい、恐らく。モップだと私の使える魔術のうち、殆どが使えませんから」
「刀さえあれば」。その発言に若干の不安を覚えつつも、海道は階段を駆け下りる。
「ここだ」
「ここは… 道場ですか」
二人が逃げ込んだ先は剣道場だった。剣道部が使う剣道場には、一本の模擬刀が飾られている。この模擬刀をヤナギに渡し、反撃するというのが海道の出した結論だった。
「これは模擬刀じゃないですか」
「だがこれ以上の武器はこの学校にはない。そもそもお前が戦っていた400年前と違って、刀を持っている人間なんざほとんどいないんだ。それで勝てなきゃ俺は殺され、お前も敗者として精霊界に強制送還。前回優勝者が最初の脱落者とか、笑えないぜ」
「分かりました、やります」
追ってきた吉村らも剣道場に入り、再び両者が対峙する。
「死ね」
「はーい。『ギガトンハンマー』」
ユイシスが魔力を込め、木槌を巨大化させる。巨大な木槌は海道とヤナギを押しつぶそうとしたが、ヤナギは海道を抱え、紙一重でかわした。
「やばっ」
「隙ありだ」
巨大なハンマーを空振りし、動きが止まった一瞬の隙をヤナギは見逃さなかった。刃がなく普通に使えない模擬刀を横に持ち、突きの構えをとる。
「柳流剣術五ノ型『平月』」
魔力を模擬刀の先端に集中させた強烈な突きが、ユイシスの身体を貫いた。致命傷を食らったユイシスの体からは光が漏れ始める。精霊を現世に留める魔力が切れ、消滅するサインだ。
「嘘… だろ。お前と組めばいじめもなくなるし、痩せることもできるって言ってたじゃないか! なんとか言えよ」
「ごめん… 私嘘ついた。本当は私、最強の精霊でもなんでもないの。ただ上級精霊で、人間よりは強いってだけ。本当のことを言ったら、一緒に戦ってくれないと思ったから」
「くそっ… 話がうますぎると思ったんだ」
ユイシスは消滅。召喚期間中の脱落は、恐らく精霊大戦の歴史上前代未聞だろう。
「やりましたよご主人様! これでひとまず、一人撃破です」
「ああ」
敵を倒したにも関わらず、海道の表情は浮かなかった。それもそのはず、今回の一連の騒動で、この学校に精霊使いがいることがバレてしまうからだ。バトルロワイヤル形式である精霊大戦において、所在がバレることはすなわち死を意味する。
「とにかく早く帰ろう。新しい敵が来て、家でも特定されたらそれこそおしまいだ」
中学校は皆勤賞だった海道だが、この日初めて学校を無断で早退した。もっとも生徒たちは突如現れたメイド姿のシリアルキラーに恐れをなし、大半がとっくに逃げ帰っていたのだが。
翌日。朝刊の隅に小さな記事が載った。
「中学校で天井崩落事故、死者9名か… 凄いな、精霊王の認識上書き能力は」
「基本的に精霊大戦で出た被害者は、別の要因で死んだように認識を変えられますからね。もっとも前回はどこもかしこも戦ばかりでしたので「戦死」で済んだのですが」
そう言うとヤナギは朝食の乗ったお盆をだし、机の上に置く。ご飯に味噌汁、目玉焼きにベーコンエッグにサラダ。実に美味しそうで、栄養バランスも良い朝食だ。
「これ、お前が作ったのか」
「はい、私の自信作です。肩書きが「メイド」に書き換えられたことにより、上がった家事スキルをご主人様のために生かそうと思いまして」
「朝は食わないんだがなあ」
「朝食抜きは健康に悪いですよ。ささ、冷めないうちにどうぞ」
(なるほど、戦闘力が下がった代わりにメイドとしてのスキルが上がったのか。無理やり違う役割で精霊を召喚すると能力は大幅にダウンするが、一部上がる能力もある… あまり使う場面はないかもしれんが、一応覚えておくか)
朝食を口に運びながら、海道は次なる一手を考えていた。ちなみに今日は魔力回復を兼ね、学校はお休みである。
「とりあえず現状を整理していこう。お前、とりあえずメイド服辞めろ」
「脱げですって!? ご主人様のハレンチ」
「そうじゃねえよ! 侍としての装備は使えなくとも、普通の服に着替えることは出来るだろ! 寝巻きでもなんでもいいから、まずは普通の服に着替えろ」
しかし一向にヤナギは着替えようとしない、精霊が服を変える場合服を「着る」のではなく魔力で「編む」のだが、今のヤナギにはそれができないようだ。
「すいません。『メイド』という役割と『侍』である私は相当相性が悪いようです。服を変える魔術全般が、今の私には使うことができないのです」
(マジかよ… )
確認のため、精霊のステータスを見る魔法『見通』を発動させる。
「精霊ランクは四つ星精霊・・ 本来の半分だが平均程度ではあるな。使える魔術は… こりゃ酷いな。武器強化系の魔術以外以外何も使えないじゃないか」
つまり今の彼には遠距離を攻撃する手段はなく、そもそも武器がない状態ではまともに戦うことができないのだ。武器を持った状態での近接戦闘に限って言えば中堅程度の力を維持してはいるものの、とても精霊大戦を勝ち抜けるスペックではなかった。
「とりあえず頼みの武器強化魔術も、パクった模擬刀じゃ殆ど使えないな」
「はい。魔刀などと贅沢は言いませんが、せめて真剣がないと戦っていくのは難しいでしょう」
普通の中学生が真剣を手に入れることなどとてもできないが、彼には一つだけ心当たりがあった。それが新たな火種となるとは知らずに・・・
同刻。古ぼけた武家屋敷の中で、魔法陣による召喚儀式が行われていた。召喚されたのは、金髪の女騎士。そしてその瞳の先には、痩せこけた30代の男性が、真剣な眼差しで女騎士を見つめていた。
「僕とともに戦うということは、最終的には精霊王を含む全ての精霊と精霊使いを敵に回すことになる。君にその覚悟はあるか」
「はい。私は覚悟を持って召喚に応じました」
「そうか」
男は不敵に笑うと、女騎士の手を取った。
「この勝負、勝ったも同然だ」