第21話 大賢者ヘラ
「この辺りか」
ホテルからバスを乗り継ぎ2時間半、海道一行は探索用精霊の反応が途切れた地点に来ていた。山自体はそこそこの高さだが、あまり道が整備されている感じはしない。普通の登山者が登ろうとすれば遭難するだろう。
「おい。気休めかもしれないが『身体強化』をかけておけ。素の身体能力でこの山を登るのは辛いぞ」
魔力を纏えば感知されやすくなるのだが、あいにく海道と遠藤に魔術の強化抜きで整備されていない山を登りきる体力はなかった。
「すごいな。裏山もそうだけど、なんで精霊使いはこんなところをアジトにしてるんだろう」
「見つかりにくい上に、こういう自然豊かな場所は大気中の魔力濃度も高いからな。ここなら地上よりも少ない魔力で結界を張ることができるし、土地の空気に慣れておけば地の利を生かしてパワーアップもできる」
一般的に魔術の効力、使用可能回数は精霊使い本人の持つ魔力に依存するのだが、大気中の魔力濃度が高い場所だとそれを上乗せすることができる。特にその土地に慣れ親しんだものの場合、通常では考えられないほどの力を発揮することも考えられるのだ。
「バチッ」
登山をしていると、海道は見えない壁に当たった。
「魔術結界だ! 」
感知へのシャットダウンのみならず物理的な侵入を阻害し、さらに逆に感知されることは一切ない。ここまで高性能な魔術結界を見たのは、海道にとって初めての経験だった。
「今の接触で敵に位置がばれた。来るぞ! 」
ヤナギとカムイが武器を構える。敵はいつ襲いかかってくるかはわからない。
「あんたたちだったの? 昨日の探知精霊は」
海道と遠藤の間に、妙齢の女性が姿を現した。何もないところから急に人が現れ、驚きつつもとっさにヤナギとカムイは戦闘態勢に入った。
「精霊…!? 」
海道が疑問に思うのも、無理はなかった。今回召喚された精霊は全員がメイド服に武装コンバートされるはずなのだが、女性は黒いローブを身につけていたからだ。しかしその肉体から感じる人間の域を超えた魔力量は、完全に上級精霊のそれである。
「レベル8… 確かに精霊だが、コンバートされていない。強いな」
「この前の手紙の主って、貴方? よくここが分かったわね。これでも完璧にステルスしてるつもりだったんだけど」
「手紙? 何のことだ。俺は別にしらみ潰しでギリシャ全土を探索してたら、たまたまこの山で探知用精霊が殺されたんで見に来ただけなんだが」
「ええ!? 何のために」
妙齢の女性は驚いた顔で海道を見つめた。探知用精霊にそれだけの広範囲をローラー作戦させるなど、聞いたことがない。
「別に、何でもいいだろう。それより本体はどこだ? 俺はそいつと話がしたい」
「いないわよ」
「は? 」
海道は首を傾げた。
「私、別に精霊大戦の参加精霊じゃないもの。まあ強いて言うならはぐれ精霊? もう5000年以上前に、私を召喚した精霊使いは死んだけど」
「5000… 」
途方もない数値に海道は絶句する。
「たぶん人類最古の精霊。『ヘラ』とは私のことよ」
一同はどう反応していいかわからず、その場で黙り込んでしまった。
一方その頃、「世界精霊同盟」の首領、「ニコス・マクラス」に命令され、アンドレイは山に踏みいろうとしていた。横には彼のパートナー精霊であり、パワ−9の一角であるリーフが控えている。
「面倒くせえ、なんで俺が地上げ屋みたいなことをやらなくちゃならないんだ」
「仕方ないだろう。大賢者ヘラを手中に収めれば大幅な戦力増強になるんだ。俺も今のままの状態でキリコとやりあいたくはない」
「お前は魔術師系だから、前線では戦わんでいいだろうに」
「いや、そんなことを言ったらキリコだって魔術師系みたいなもんだ。俺たちパワー9に系統は関係ない」
本来魔術師系は侍系や騎士系、格闘系とは異なり魔術を得意とする精霊たちだ。しかし魔術の内容は攻撃、防御、回復、補助など多岐にわたり、最も個人差が激しい系統だと言える。「リーフ」は自身を強化して殴ることも、水系魔術で遠距離攻撃もできるアタッカーよりの万能型で、補助も豊富。回復魔法もそれなりと、パワー9でもトップクラスに扱いやすい精霊だった。
「そもそも俺はキリコが「王」を名乗るのが納得いかんからお前たちの召喚に応じたんだ。精霊大戦を勝ち抜けば精霊王の加護で究極のパワーを得ることができるが、それでは奴を超えたことにはならない。奴を完膚なきまでに叩きのめし、力の差を示した上で究極のパワーを得る必要があるのだ」
やる気満々のリーフと、やる気なしのアンドレイ。しかしヒエラルキーは当然リーフの方が上だった。
「結界か… まあそりゃ張ってるよな」
アンドレイは結界解除を試みるが、解除することはできない。しかしそれは想定内だった。
「リーフ、お前の魔力なら解けるんだろ」
リーフはまるで子供が障子を破るかのように指を突き立てると、結界はパリパリと音を立てて崩れ去った。
「行くぞ」
二人はヘラを手中に収めるべく、歩みを進めた。
「結界が!? 」
ヘラの自己紹介に困惑する中、いきなり目の前の結界が破られヘラと海道らは驚愕した。
「とんでもなく強い魔力反応… まさか」
「おい、何だこれは? 知っているのか」
「知らないわ。ただ最近ギリシャ政府を名乗る男から土地を立ち退くよう手紙が届いたの」
「手紙!? 魔術結界が張ってあるのに、手紙が届いたのか」
「だからおかしいと思ってたの。紙ぺら一枚とはいえ、結界を破って中に入れるには相当な魔力が必要だから」
「ギリシャ政府にも精霊使いがいたのか… んで、どうするんだ」
「もちろん迎え撃つわ」
そういうと彼女はその場からふっと消えた。
「消えた… 」
「おそらく本拠地までワープしたんだ。俺たちも追うぞ」
「追う!? 逃げたほうがいいんじゃないかい」
遠藤は至極まっとうな案を出すが、海道の考えは違った。
「俺たちは日本政府と組んで精霊大戦優勝を狙っている、どうせいつかギリシャ政府とは敵対するだろう。だったらここであいつに加勢して、恩を売って味方になってもらったほうがいい」
無論リスクはあった。あれだけ強力な魔術結界を破れる精霊使いは、相当な手練である可能性は高い。しかし海道は同時にヘラの強力さと本体抜きで行動できる点に着目していた。彼女を引き入れれば、パワー9にも対抗できるだろう。それが海道の考えだった。
「急ぐぞ。ギリシャ政府がパワー9の召喚に成功していた場合、ヘラ一人じゃ勝てない。それでも俺たちも含め3対がかりならば必ず勝てるんだ。勝ち戦を逃す軍師はいない」
ボルバの実力から逆算して、3体がかりならパワ−9相手でも勝てる。しかしその考えが甘かったということを、海道はすぐに思い知らされることになるのである。




