第1話 メイド大戦 開幕
召喚の儀式失敗から一晩、聖は途方に暮れていた。精霊大戦の召喚期間はわずか一週間しかない。その間に精霊を召喚できなければ参加資格はなくなり、また上級精霊を使役する資格も一生失ってしまう。
「どうすればいいんだ… 」
彼は精霊使いであると同時に、中高一貫の男子校に通う普通の中学生でもあった。今日は月曜日、どんなに頭の中は昨日の召喚失敗のことでいっぱいであろうと、彼は学校に通わなければいけないのだ。
「おはよう海道! 昨日の大相撲中継見たか! 凄かったよなあ、朝青龍のだめ押し」
この男は遠藤。海道の唯一の友達にして、学業上のライバル。彼の存在があるせいで海道は「万年2番」という凄いのか凄くないのかよく分からないあだ名をつけられてしまっている。最も、彼が小学生時代につけられたあだ名の数々を考えれば可愛いものなのだが。
「ああ、すまない。忙しくてみてないんだ」
ホームルームの前の朝の時間いつもは大相撲について熱く語り合うところなのだが、今の彼にそんなことをしている余裕はなかった。一刻も早く、現状を打破する策を考えねばならなかったからだ。
「はい、波の進む速さを求める式… じゃあ海道くん」
「V=fΛ」
授業時間になっても、彼の心はここにあらずだった。それでも彼は持ち前の頭脳を生かし、無難に授業をこなしていく。
ーーーーーーーーーーーーしかし昼休みに入ると、事件が起きる
「やーいデブ! ブーブー鳴いてみろよ」
「・・・ 」
「一応運動部の癖にお腹が出てるとか、終わってんだろ」
(相撲取りの身体は大半が筋肉なんだがな… )
始まりはいつもの昼休みだった。相撲部の吉村君が、不良生徒達に絡まれていたのだ。海道は巻き込まれたくないので、そそくさと教室を出ようとする。その瞬間だった。
「死ね… 」
「あ!? テメエ今何つった」
「死ね! 」
そう言うと吉村君の太い右腕が光り、手の甲に召喚陣が浮かび上がる。
「あれは!? 」
次の瞬間、巨大な木槌を持ったメイドが現れ、二人の不良を撲殺したのだった。
「なんだ… こいつ!? 」
「どいつもこいつも… 俺を『デブ』だ『豚』だの馬鹿にしやがって。おい『ユイシス』、こいつらを全員殺しちまえ」
「かしこまりました☆ご主人様♪」
「うわああああああああ」
巨大な木槌を振り回すメイドの登場に教室中がパニックを巻き起こした。唯一、精霊大戦の存在を知る海道はかろうじてパニックを起こさなかったものの。いきなり教室に、それもクラスメートが敵になって現れるという展開には動揺が隠せずにいた。
(マズイぞ… こっちは精霊すら召喚できていないんだ。見た所吉村自体の魔力はそう多くはないみたいだが、今の俺に上級精霊に対抗する手段はない)
海道はなんとか教室を脱出し、逃げ出そうとした。不良生徒が何人死のうと彼の知るところではない。しかし事態は、海道にとって最悪の方向に向けて転がっていく。
「遠藤… テメエも俺のことを『子供朝青龍』とか言ってきたよなあ」
「いや、あれは悪意はないんだ! ただ顔が似てるってのと、取り組みの感じが似てて将来が期待できるなあって」
「煩え! 俺は相撲は親父に無理やりやらされてたんだ。俺が傷つくあだ名を考えた時点で、お前も重罪だ! 」
(遠藤!? )
不良生徒を一通り撲殺し終えた吉村とユイシスが、今度は遠藤に襲いかかろうとしていたのだ。遠藤は完全に腰が抜けてしまっている、逃げることはできない。
「クソッ、一か八か、やるしかない」
彼には秘策があった。彼はノートの隅に書いた魔法と、ポケットに仕込んでおいた召喚のための触媒を取り出す。そして昨晩同様文言を唱え、最後に「次元湾曲」と加えた。
「ぐあああああああああああああああ」
海道の体内に眠る膨大な魔力が、ノートの魔法陣に注がれる。それもそのはず、この「次元湾曲」は、召喚条件を無視して上級精霊を特殊召喚する際に使用される魔法だからだ。当然、魔力消費は通常の儀式召喚の比ではない。それでも絶体絶命の友人を助けるには、この特殊召喚の成功という万に一つの可能性に賭けるしかなかったのだ。
「来い! 戦国最強の精霊『ヤナギ』」
海道が体内の魔力を限界まで絞り出す。魔力不足でフラフラになりながらも、彼は何とか召喚の儀式を終えることに成功した。
「召喚に応じ参上しました、ご主人様」
海道が召喚したのは今から400年前の精霊大戦を制した最強の精霊『ヤナギ』だった。その身長は4尺8寸(現在の身長にして約185cm)にも及ぶ最強の荒武者である。その声は荒武者というにはあまりにも耽美的で、その顔は荒武者というにはあまりにも美しかった。
(おい… 嘘だろ)
召喚には成功した。海道の魔力量は、特殊召喚を成功させるぐらい膨大だったのだ。しかし彼が呼び出したはずの稀代の荒武者は、おおよそ荒武者に似つかわしくない格好をしている。
「おい、お前。その服装は… 」
そう。185㎝の荒武者は教室で暴れる可愛らしい美少女と同じ、メイド服を着ていたのだ。顔だけ見ると美少年系なのでかろうじて違和感なく見れなくもないのだが、スカートの下から見えるふくらはぎと腕の筋肉が、完全なる違和感として見るものに襲いかかる。
「召喚された瞬間、この服装に変わっていました。これが現代の衣装… というわけではないのですか? 」
荒武者は自身の着せられている服装に対し、違和感を感じていなかった。400年も経てば人間界の服装も変わるだろうという常識的な考えが、かえって彼の判断力を鈍らせた結果だった。
「と… とにかくあいつを倒せ! 」
「かしこまりました、ご主人様」
(おいおい。服装だけじゃなく、喋り方までメイドになってるぞ)
今まで過去5回行われてきた精霊大戦において、召喚する事のできない精霊を召喚したものはいなかった。本来召喚されるはずのない精霊が無理やり召喚されたことにより、服装と喋り口調、さらには武装にまで影響が及んでしまったのだ。
「お前っ!? 敵だな」
「いかにも。戦国最強の名にかけ、貴様を討つ。来い! 我が愛刀『ムサシ』」
服装のせいでイマイチ締まらないが、彼の名乗りは間違いなく戦国最強の荒武者のものだった。しかしメイド服を着た彼の手に現れたのは刀ではなく、何の変哲も無いただのモップだった。
「モップが愛刀www 笑えるwww」
「馬鹿な… 」
この時、ヤナギも初めて自身が異常な状態で召喚されたことに気がついた。服装、装備がまるまる別のものにかきかえられ、さらに自身の魔力も、自由に扱うことができない状態になっていたからだ。
「くらえ☆『ミョルミルハンマー』」
地面をえぐる木槌での攻撃を、持ち前の反射神経でかわす。しかしヤナギと海道のコンビにとって、依然として危機的状態であることに変わりはなかった。
「ご主人様、ご指示を。申し訳ありませんが、思うように力が出ないようです」
「半分は召喚に魔力を使いすぎたせいだな… もう半分は… 」
無理な召喚のせいで、絶体絶命に追い込まれた二人。それでも海道は、目の前の敵を倒すために必死で策を考えるのであった。