第14話 新たなる敵
「終わった… 」
7月中旬、ついに海道らの期末試験が終了した。精霊大戦の兼ね合いで授業を休むことの多かった海道にとって、今回の試験は鬼門と言っても過言ではない。
「お帰りなさいませ、ご主人様。期末テストの方はいかがでしたか」
「悪くはなかった… はずだ」
内心は不安だったが、それをヤナギに悟られまいとした海道は自室に引きこもった。自室でゲームをしていると、電話の音がなる。
「もしもし、海道です」
「やあ、海道君」
電話の主は政府直属の精霊使い、蒼井だった。
「もし時間があれば、メールで送る住所まで来てほしい。ちょっと厄介なことになりそうなんだ」
そう一方的に言い残すと、すぐに電話を切った。
「何かあったのでしょうか… どうしますか」
「行こう。丁度試験も終わったところだしな」
指定された住所、そこは六本木にある高層ビルの一角だった。中に入っているのは精霊に関係ない、普通の企業ばかりである。
「えーと。MRCコーポレーションさんに会いに来たんですけど」
「海道さまとヤナギさまですね。アポイントメントが取れていますので、こちらにどうぞ」
そういうと受付嬢は、二人を「関係者以外立ち入り禁止」の看板のある通路の前に連れた。
「ここから先は私には入ることはできませんので、お二人でお進みになってください」
廊下を歩くと、目の前には扉があった。扉には海道家すら上回る、強力な魔術結界が張り巡らされている。
「すいません」
「入って、どうぞ」
蒼井の渋い声が響き、ロックが解除される。
「あ、海道」
「遠藤!? 」
中には蒼井の他に、遠藤とカムイもいた。
「なんで遠藤が」
「彼にも協力を要請したんだ。何せこれから戦う敵は、ある意味ヴィヴィアン以上に驚異的な存在だからね」
「ヴィヴィアン以上」と言う言葉を聞き、海道とヤナギは一瞬固まる。
「君たちは『パワー9』と呼ばれる精霊たちの事は、知っているかね? 」
「いや… 聞いたことはないな」
「現世に召喚されたことがないから、無理もないな。パワー9とは普通には召喚できない、9人の精霊のことを表している。全員レベルは9。ちなみにヴィヴィアンは召喚された実績はあるものの、『普通に扱うこと』ができないことから広義の意味ではパワー9に分類される」
「レベル9」という単語を聞き、二人の緊張がさらに増す。
「そのパワー9のうち何体かの召喚が確認された。数はわからないが召喚が確認されただけでも3人、いずれも海外で召喚されている」
「海外ですか」
「そしてなぜ3体の召喚が確認されたかが問題だ。それはその3体とそれを操る精霊使いが、日本に上陸したからだ」
蒼井は深刻な表情で二人を見る。
「パワー9はいずれも本来は人間の召喚に応じようとしない精霊だ、ヴィヴィアンを除いてね。しかしそれが召喚されたということは、今回の精霊大戦において何が起きてもおかしくないということになる。ヴィヴィアン程の残虐さを持つわけではないが、彼らは本当に何を考えているのかわからない精霊だからね」
「ちょっと待ってください。召喚されたのが今回が初めてにも関わらず、随分と詳しくないですか? 」
そう言われると蒼井は、背後の扉に近づき、ドアノブに手をかける。
「それはこの奥にいる男に聞いたからだ。パワー9の一体にして日本政府が用意した対ヴィヴィアン決戦兵器『キング・キリコ』の口からね」
そういうと扉を開く。扉の向こうでは金髪の美少年が、全裸でソファに寝そべり眠りこけていた。
「こいつ… なぜ全裸なんだ? 」
裸を見た遠藤とヤナギは思わず目を覆う。一方、さっきまで茶菓子に夢中だったカムイはイケメンの全裸を見るや否や、目を血走らせてガン見していた。
「彼は本来、ヴィヴィアン討伐のために呼び出された。しかし彼は男性型精霊、ヤナギ君同様召喚された時にメイド服の武装に強制コンバートされていてね。「女装して戦うぐらいなら、何もせずに敗退した方がマシだ」と言って、召喚されて以来ずっとあそこで眠りこけている」
蒼井はため息をつきながら答えた。
「そんなに嫌なものですかね? 確かに動きにくいし武装も制限されますが、これはこれで乙なものだと思いますよ」
「彼の考え方にヤナギ君の10分の1の柔軟さがあれば、どんなに良かったか。いくらメイド服が嫌だからって常に全裸でいることはないだろうに」
蒼井の悪態が聞こえたからだろうか。眠りこけている「キリコ」が寝ぼけ眼をこすりながら目を覚ました。
「何だ… 煩いぞ」
「申し訳ございません王様。ただいま客人が来ておりまして」
起き上がったキリコに、蒼井は媚びへつらうような態度で接する。自ら召喚した精霊相手にあそこまで気を使わねばならないことが、キリコの性格的扱いにくさを表していた。
「それで、何でわざわざ俺様の部屋で話をしている」
「パワ−9の説明を彼らにする際、誰に聞いたのかと言われまして」
「それで俺の部屋に来たと… フン、そんな話はあっちでしてこい」
キング・キリコに睨まれてしまい、一同はそそくさと元の部屋に戻った。
「とにかく。あの王様が動いてくれなかったせいで、日本政府はヴィヴィアンに対処できなかった。それでもパワー9の召喚と日本上陸については彼の感知能力があっての発見なので、召喚した成果がなかったわけではないが… 」
「大変そうですね」
「上司たちには責められるしパワ−9の対策を押し付けられるし… 毎日が地獄だ」
蒼井は今までにないほど大きなため息をついた。
「んで、俺たちにパワー9と戦って欲しいんだろう? 勝算はどれくらいだ? 」
「うーむ。厳しいかもしれない。病院であった時は気づかなかったが、コンバートの影響で星4相当まで落ちているとは… 精霊ランク=強さではないとはいえ、これはさすがに… 」
「ならこれでどうですか」
そういうと海道は『精霊解放』をした。試験勉強の合間を縫って、確実に使えるよう練習していたのだ。
「一時的ではありますが、元の状態に戻ることが出来ます」
「なるほど。どうりでヴィヴィアンを倒せた訳だ」
自身ですら身につけられなかった『精霊解放』を、海道が身につけていることに感心する。最も海道も松本とセイクリッドが使っているところを見たからこその習得なので、本当にすごいのはこれを独学で習得した松本なのだが。
「何分ぐらい、その状態で居られる」
「今は1日1分ぐらいですかね」
そう言いながら、海道はヤナギをメイドモードに戻す。
「君ほどの魔術師で1分か… 厳しいな」
「この技は精霊との絆や相性、そして精神状態も大きく関わってきます。敵のいない平常時にこれだけ持たせることができるのは、やはりご主人様の圧倒的力量あればこそです」
「厳しい」と言われ不満げな顔をする海道に、ヤナギは慌ててフォローを入れる。すでに共に過ごした期間は一ヶ月を超えるゆえ、こう言ったフォローはお手の物だ。
「単刀直入に言うと、つい先日観測用の下級精霊が『パワー9』の一体が戦闘するところを目撃した。そいつもまた君と同じ『精霊解放』が使えるのだ」
『精霊解放』同士で戦った場合、元のレベルと持続時間が勝敗を決する大きな要因となる。元のレベルが低く、1分しか本来の姿に戻れない今のヤナギと海道は、パワー9相手には勝ち目がないと言っても過言ではなかった。