第1章 エピローグ
「ここは… 」
2日後、海道が目を覚ますと、そこは病院のベッドの上だった。
「やあ、ようやくお目覚めか」
黒衣に身を包んだ40代の男性が、海道に声をかける。
「助けてくれたんですか? 」
「まあね」
「ありがとうございます」
海道は傲慢な面もあるが、最低限の礼節は通す男だ。倒れている自分を病院まで運んでくれた男性に対し、深々とお礼をした。
「遠藤は… 俺と一緒に倒れていたやつはどうなりましたか!? 」
「ああ、彼なら隣の病室だ」
それを聞くや否や、海道は一目散に隣の病室に向かった。あれだけの爆発を受けわずか2日で傷が治るあたり、彼の魔力はやはり凄まじい。
「主君「あーん」だ。ほら、食べないと力が出ないぞ」
「止めてよ! なんか嫌だよ」
「遠藤さんには後で私が食べさせますから、カムイは引っ込んでてください」
隣の病室では両腕を骨折した遠藤の口に無理やりスプーンを運ぼうとするカムイと、それを止めようとするヤナギがいた。
「無事だったか… いや、両腕骨折を無事と言っていいかどうかはわからんが」
「海道も目覚めたんだ。心配したんだよ、ずっと起きないから」
「心配かけてすまないな。そしてカムイ、お前は何でいるんだ? 」
「酷いではないか。私一人置いて帰るなんて」
「いや。あんだけ刺されて爆発も起きて、生き残ってるとは思わんだろ」
「『暗殺者系』最強の精霊だからな」
「ゴキブリ系の間違いじゃないのか」
海道に煽られ、ムッとしたカムイは海道にむかって膝蹴りを放つ。
「テメッ。女の分際で俺を殴るとはいい度胸じゃねえか」
「喧嘩はやめてくれよ」
揉める二人を遠藤が仲裁する。
「とにかくヴィヴィアンを倒せて良かったじゃないか。喧嘩はやめよう」
「そうです。精霊大戦… もといメイド大戦は始まったばかりです。これから先生き残っていくためには、私たち全員の協力が必要です」
ヤナギと黒服の男も仲裁に加わった。
「改めて礼を言いたい。ヴィヴィアンを倒してくれてありがとう。あのままではヴィヴィアンがメイド大戦の優勝者となり、世界中の人類が奴隷にされる最悪のシナリオも考えられた」
「そういえば、あなたは誰なんですか」
遠藤が初めて、男についての疑問を口にする。精霊について知っている時点で、ただ者ではないことは明らかだからだ。
「私は日本政府直属の精霊使い部隊『SB』の代表、蒼井城と申します」
蒼井が二人に名刺を渡す。
「政府の精霊使い? 」
「SB… 実在したのか… 」
『SB』は政府が秘密裏に抱える精霊使いの部隊で、表向きには自衛隊の一部隊にあたる。平時の仕事は他国の精霊使いの監視、情報収集だが、精霊大戦の開催にあたり緊急招集されていた。代々精霊使いの海道すら噂レベルでしか聞いたことのない政府のお抱え精霊使いが動くほど、ヴィヴィアンの存在は脅威だったのだ。
「日本政府を代表して、改めて言います。本当にありがとう」
蒼井は深々と頭を下げた。
「そんな何度も… 大丈夫ですから」
あまりに何度も感謝されるので、遠藤は逆に恐縮してしまった。
「お礼に金一封と感謝状… あとは何が欲しいですか」
「お金は持ってるからいらないです。それより精霊大戦を勝ち抜くために、情報提供でもしてくれた方がよほどありがたいですね」
海道は堂々と宣言した。そしてそれは万一日本政府が精霊大戦に介入する場合、敵対もあり得るという宣言でもあった。
「そう来ましたか」
そういうと少し悩んで、一つの質問をする。
「君が精霊大戦で勝ちたい理由は何かね」
「勝ちたいから。それだけさ」
海道はきっぱりと言い放った。優勝した後にもらえる、精霊王の加護には彼は微塵も興味はなかった。ただ彼は歴代海道家の悲願である、精霊大戦優勝を成し遂げたいだけだったのだ。
「珍しいな。この大戦に参戦する精霊使いは大半が精霊王の加護を求めている。400年前、天下統一を成し遂げた徳川家康公のようにね」
「彼は天下の太平のため、力を欲していました。ですが今度のご主人様には欲がなく、良くも悪くも私と似ているんです。私も強くなるための修行の場として、精霊大戦に参戦しているだけですから」
ヤナギは400年前を思い出ししみじみ語った。
「なるほど。ヤナギほどの高名な精霊がそう言い切るのなら、君のことは信用していいのだろう。前回の優勝時にも戦乱の世が終わり、太平の江戸時代を迎えることができたのだからな」
蒼井はにっこりと笑い、手を差し伸べた。
「流石に政府公認とまではいかないが、私のミッションはすでに達成されている。海道君、これから一人の精霊使いとして、君に同盟を申し込むよ」
「ありがとうございます」
海道はがっちりと蒼井の手を握り返した。
3日後。二人は退院した。
「ただいま」
「おかえり… どうしたのその怪我」
遠藤は実家に帰り、事のあらましを母親に説明した。ヴィヴィアンに命を狙われていたこと、友人である海道に助けてもらったこと、両腕を骨折したものの、無事生き残れたこと。精霊や魔術についてこそ話さなかったが、母親は彼の言葉を信じ、無事だったことに涙を流しながら彼を抱擁した。
「良い母上殿だな」
「えっと。あなたは誰」
「私は遠藤殿に使えるせいれ…」
「あー、この子は海道の友達で、両親が死んで行く場所がなくて困ってるんだってさ。それでついかわいそうになって… 」
カムイの口を塞ぎながら、遠藤はなるべく自然な言い訳を考えていた。
「すまない。これから世話になると思う」
「おい、お前。母さんはまだ良いとは言ってないぞ」
「まあ。かわいそうですし良いわ。しばらくうちにいなさい」
カムイの幼い見た目が幸いし、無事彼女も一緒に暮らせることとなった。最も遠藤にとっては日常の悩みの種が一つ増えたことになるのだが。
一方の海道は、課題に追われていた。休んだ分の補講も含め、しばらくは勉強漬けの毎日を送ることになるだろう。
「ああ、面倒くせえ」
「仕方ありませんよ。良かったじゃないですか、出席日数が足りて」
ヤナギは相変わらずメイドとして、一人暮らしの海道を支えている。今日の夕食は牛フィレ肉のステーキ。勉強を頑張る海道のために、ヤナギが丹精込めて作った自信作だ。
「一旦食事にしましょう。食べれば気持ちも少しは晴れますから」
「そうだな」
イケメンメイドと、女嫌いの精霊使いの奇妙な日常は続く。精霊大戦を制し、天下を統一するその日まで…