第12話 精霊解放
「『精霊解放』」
魔法陣の書かれたノートを開き、松本は叫んだ。残りわずかな魔力が魔本に吸い取られ、苦しみのあまり雄叫びをあげる。
「ぐうううううううう」
「ご主人様… 」
「終わりだ」
無数のナイフがセイクリッドに突き刺さる直前、彼女の体が銀色に輝く。さっきまで可愛らしいメイド服だった彼女の全身は銀色に輝く甲冑に包まれ、刺さるはずだったナイフをはじき返した。
「何… だと… 」
「成功だ… 」
『精霊解放』。それは一部の能力のみを元に戻す『限定解除』とは異なり、全ての状態を精霊本来の姿に戻す魔術だ。消費魔力も高いが、それ以上に精霊との信頼関係を必要とする大技だった。
「行くぞセイクリッド! あの悪魔のような精霊に天誅を下してやれ」
(ご主人様の魔力はもう長くは持たない… 速攻で決める!!! )
セイクリッドを心配させまいと勇ましく叫んだが、松本の肉体は魔術疲労により限界を迎えていた。
「ハッ」
「クソッ、メイド化してさえいなければこんな奴」
セイクリッドの本来の星は7、さらに甲冑の効果で顔面以外への攻撃はほぼ無効化することができる。さらに元々最高レベルの9レベルだったということもあり、同格以上の相手への戦闘経験が皆無である点も彼女の焦りを誘発させた。
「決めます『聖剣魔法射撃』」
一方のセイクリッド側も、残存魔力的に全く余裕はない。『聖剣魔法射撃』は本来連発してこその魔術だが、今の松本にそこまでの魔力はなかった。
「ぐっ… 」
直撃するものの、ヴィヴィアンは持ち前の耐久力で耐え抜く。しかし彼女の口元からは、鮮血が滲み出していた。
「調子に乗ってんじゃねえ」
追い詰められたヴィヴィアンはついに自身の『精霊奥義』を発動させる。巨大な暗雲が頭上に現れると、虹色に輝く刀、剣、棍棒といった無数の武器たちが滝のように降り注いだ。
「『雨刃物の群衆』」
この奥義は攻撃範囲は広いものの魔力消費は膨大で、本来は効率が悪い。しかしヴィヴィアン以上のスピードを持つ上に顔以外への攻撃を無効化できる今のセイクリッドへの効果は絶大だった。
「オラオラオラオラオラオラオラ」
「くっ、何て量だ」
天空から降りしきる無数の武具を、セイクリッドは松本に当たらないように必死ではじき返す。しかし松本の魔力、セイクリッドの体力ともに、限界を迎えようとしていた。
「オラァ!!! 」
最後の一発とばかりに、特大のナイフが雲から顔を出した。その時だった。
「精霊奥義『覇王一文字斬』」
メイド服を着た長身のイケメンが、ヴィヴィアンに斬りかかる。ヴィヴィアンは奥義を中断してかろうじて反応するものの、かわしきることができず腹部から大量の血が溢れ出した。
「ぐあああああああああ」
「ヤナギ!? 」
突如現れた助っ人に、驚くセイクリッドと松本。しかし海道は待っていたのだ。ヴィヴィアンがセイクリッドにとどめを刺そうとし、隙を見せるその一瞬を。
「作戦成功だ。ヤナギ」
「やや卑劣な作戦ではありましたが… ヴィヴィアンを倒せたのです。ここは素直に喜びましょう」
「むう… 私たちの出番は無しか」
「いや、一発で決まってよかったよ。正直戦いになってたら、僕じゃあどうなっていたか」
元々セイクリッドとの戦闘で弱っていたところに、ヤナギの精霊奥義が不意打ちで決まったのだ。彼らが勝利を確信するのも無理はない。だがしかし
「やっと来たか… 不意打ちとはオメエらしくねえなあ、ヤナギ」
4人が視線を移すと、そこには血まみれになりながらも怒りに燃えるヴィヴィアンの姿があった。その表情は阿修羅のようで、とても元は美少女だとは思えないほどである。
「ヴィヴィアン!? くそっ、やはりこの姿では力不足だったか」
「安心しろ。そいつに関しても、おあつらえ向きのアイテムがある」
そういうと海道は疲れて動けない松本の手からノートを掠め取った。先ほどまでの戦いは全て監視していたので、『精霊解放』の出し方も把握済みだったのである。
「行くぞヤナギ『精霊解放』だ」
しかし何度ノートをかざしても、ヤナギの姿が変化することはなかった。
「おい、どういうことだ! 話が違うじゃないか」
「『精霊解放』はずっと練習してきた僕ですら今日初めて成功したんだ。発動するところを見ていたからって、一朝一夕で発動できるものではない」
「そんなはずがあるものか」と、海道は何度も発動を試みる。しかし何度やってもヤナギ服はメイド服のままだ。
「おいおい、お前の新しい精霊使い。マジで使えねえな。同情するぜ」
「ご主人様は悪くありません。おそらく私が… 私が悪いんです」
何度も試しては失敗する海道のマヌケっぷりに呆れ逆に冷静になったのか、ヴィヴィアンは煽る程度の余裕は取り戻していた。
「まあいいか。とっとと殺そう」
冷静になったヴィヴィアンは、ナイフを構えて海道らに襲いかかろうとする。
「おいカムイ。発動までの時間を稼げ」
「何故貴様が命令する? 私の主君は遠藤殿だ」
「そうだよ。カムイ一人じゃ簡単に殺されちゃうよ」
(それで十分なんだがな)
カムイを肉壁にして時間を稼ぎ、『精霊解放』を完成させる。それが海道のプランだった。しかしカムイ本人はおろか遠藤にまで反対されてしまう。
「やるしかないか」
カムイはクナイを、ヤナギは真剣を構える。
「死ね死ね死ね死ね」
「クソッ速い」
二人がかりとはいえ、星4と星7の実力差は大きかった。二人は満身創痍なはずのヴィヴィアンに簡単にあしらわれる。
「邪眼発動! 『赤の流法』」
このままでは二人ともやられる。そう感じたカムイが眼帯を取り、真紅の右眼をあらわにする。それを見たヴィヴィアンは腹を抱えて笑いだした。
「ギャハハハハハハ。何その技? 厨二病? 今時邪気眼系とかダッサい」
「舐めるな」
格下だと余裕をかましていたヴィヴィアンの隙をつき、カムイが背後に回り込む。
「そこか! 」
「ハッ」
ヴィヴィアンは咄嗟にナイフを投げるが、それをさらにカムイはスピードでかわす。今の弱りきったヴィヴィアンにとって、『赤の流法』のスピードは地味にうっとおしかった。
「おいおい。雑魚の癖に黒くて速いとか、ゴキブリのフレンズかよ」
「誰がゴキブリだッ」
スピードに若干イラ立ちつつも、ヴィヴィアンはカムイに煽りを入れていく。冷静沈着なヤナギならまだしも、沸点の低いカムイに対しては効果は抜群だった。
「ちょっとあっためたら突っ込んでくるとか、やっぱりてめえは虫けらだったな」
突っ込んでくるカムイに、ヴィヴィアンが大量のナイフを放つ。カムイはナイフを全身に受けると、血を流してその場に崩れ落ちた。
「カムイ」
「次はお前だ」
カムイを倒したヴィヴィアンが、今度はヤナギに向かって突進する。今のメイド化したヤナギなら接近戦で十分だという、ヴィヴィアンの慢心が見られた行動だった。
「『精霊解放』」
それは23回目の発動宣言だった。ヤナギとカムイが二人がかりであしらわれている間も、カムイが邪眼を開放し、ナイフで貫かれている間も、海道は冷静に、淡々と、唯一の勝ち筋である『精霊解放』の発動を試みていたのだ。
「力が… みなぎる! 来い!!! 我が愛刀『ムサシ』」
接近してきたヴィヴィアンを、ヤナギは400年ぶりに復活した愛刀で切り裂いた。
「嘘だろ… 」
松本が驚嘆の声を上げるが、無理もない。魔術の発動は失敗してもある程度の魔力を消費するのだ。22回も魔術を空撃ちし、なお魔力が残っていること自体が信じられなかった。
「前言撤回だ… マジで優秀だな。今回の精霊使い」
土壇場で『精霊解放』を発動され、さすがのヴィヴィアンも絶望した。今の自分では本来の力を取り戻したヤナギには勝てない。それを悟ってしまったからだ。