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一話完結小説シリーズ  作者: レッサーパンダ
1/2

あの夏の日

「行ってきまーす」

「いってらっしゃい」

「パパ、いってらっしゃい!」

妻と娘、妻に抱かれたまだ幼い息子に見送られながら、最近息子と娘がめちゃくちゃ可愛い……、と、そんなやや親バカ気味な事を考えつつ、私は家を出た。

私の名前は島田(しまた) (たかし)。28歳の広告会社に勤めているサラリーマンだ。時刻は7時ちょっと過ぎ。会社に8時半には着ける。まあ毎度のごとく私の乗る電車内は相当混んでいるが……、10年も通勤していたらもう馴れたものである。私は車の鍵を開け、乗り込んだ。

にしても、今日は朝から暑い。車の中がまだ朝にも関わらず蒸し蒸しする。8月上旬はこんなものかもしれないが、今日は一段と暑い気がする。

そういえば小学二年生の時のあの日の朝も、こんな暑さだった。



「おーい孝!行くぞー!」

「あぁ、待ってよ翼!」

孝は慌てて虫採りアミとカゴを持ち、たった今、孝と呼んだ人物を追いかけた。

彼の名前は小倉(こくら) (つばさ)。孝の幼なじみで親友である。やや内気で、人見知りな孝と対照的に、活発で誰にでも話しかけられる明るい人物だ。孝も暗い訳では無いが。

今日二人は虫採りに行く約束をしていた。朝からかなり暑かったが、二人には……特に翼にとってはそんな事関係無いようだった。

孝は今年いっぱいで引っ越ししてしまう。まだ8月なので4ヶ月ほどはあるのだが、虫採りを翼と孝と、一緒にできる夏の日はもう少ない。だからこそお互い楽しみだった。



私は車を駐車場へと置き、駅の改札を通った。私の乗る和郷(わごう)駅は小さいので、駅員もおらず、ホームは2つしかない。そのうちの上りホームへと入った。電車が来るまであと5分程はある。その間、私はまたその思い出を思い返した。何故だか、鮮明に思い出が蘇ってくる。



「なあなあ孝、どこのポイントから行く?」

「……。」

「おーい?」

「……ああ、ごめんごめん、考え事をね」

「もう~しっかりしろよ~。」

ポイント、というのは前日に孝と翼が仕掛けた罠の事だ。カブトムシやクワガタが好むであろう蜜を前日に木にたっぷり塗っておき、次の日に見に来るのだ。大半はカナブンやチョウばかりだが、カブトムシやクワガタがいたときの喜びは高い。

だが、孝がボーっとしていたのはカブトムシがいなかったらどうしようとか、そういう事を考えていた訳ではない。今一瞬、孝には翼の顔がきれいに透けて、奥の森が見えた気がした。いや、気のせいだとは孝は思いたいのだが。

「ハハハ……悪かったよ。」

孝は少し笑ってみせ、返事をした。



「間もなく、二番乗り場に、列車が参ります。ご注意下さい。」

駅の自動放送の音声で、私はふと思い出から現実に戻ってきた。そろそろ列車が来るはずだ。朝の通勤ラッシュであるにも関わらず4両でやって来る。そして既にかなり人が多く、この駅からではまず座れない。そういえば同僚の鉄道好きが、この日比本線は列車の数があまり足りてない、とか言っていた気がする。私は電車には興味無いが、そこはなんとかならないものか……。そう思いつつ、電車に乗り込んだ。やはり椅子など空いていない。まあスマホを触れるくらいの余裕はある。そう思ったが、今日はそんな気分ではなくなった。また一つ、思い出が蘇ってくる。



「う~ん……。いないなぁ……。」

「まあ仕方ないよ、次いこう、次」

10個仕掛けたポイントのうち、半分である5個目を調べたが、いるのはいつもの通りカナブンやチョウばかりだった。翼はいつも明るいが、こういう時だけ妙に落ち込む。それだけクワガタとカブトムシが好きなのだ。だが孝の意識はそれどころではなかった。

孝は、翼が、正確には翼の体の一部が透けて見えたのは今回が初めてではない。一番最初は夏休みに入ってすぐ、一緒に遊んだ後の帰りだった。たまたま帰りにクワガタを見つけ、翼が手にした瞬間、手が透けて見えたのだ。あっと孝が思った時にはもう普通に見えていたので、この時は本当に自分の気のせいなのだと、孝は思っていた。

それ以降一緒に遊ぶ度に、そう見える事は増えていった。だが、孝は自分の気のせいだと思っていた。いや、自分に思い聞かせていたに違いない。だが今日は決定的に違うことがあった。今までは翼の体が半透明のように透けて見え、まだ翼自身の色はあったのだが、今日は完全に、一瞬ではあるものの顔が見えなくなったのだ。

(もしかしたら……翼は何かの病気なのかもしれない……)

孝がそう考えていた時、不意に翼が叫んだ。

「あー!居たー!」

「……おおぉ!」

6個目のポイントに、ついに探し求めていたクワガタがいたのだ。しかも立派なハサミを構えた大きなオスだ。やや興奮気味に翼が話し出す。

「これはヒラタクワガタだね~」

「へぇ……そうなんだ……」

「ん?どうした?」

「……いいや、何でもないよ」

孝は虫採りは好きだが、虫自体にはあまり詳しくない。ただカブトムシやクワガタがいればそれだけで良いのだ。だが、虫に詳しくないから返事がおかしくなったのではない。

今も楽しそうに話す翼とは違い、孝にはまた翼の一部が透けて見えた。



「間もなく~新陽南、新陽南です。お乗り換えのご案内致します。東部高速鉄道線……」

私は車掌のアナウンスでまた現実に引き戻された。途中駅ではそんな事は無かったが……。

あの頃は夏休みの勉強なんてすっぽかして、よく虫採りをしていたものだ。カブトムシやクワガタはもちろん、セミやカナブンも採ったりしていた。だが私の家ではカゴの大きさの関係で3、4匹しか飼えなかったので、魚でもないのにキャッチ&リリース……と言うのが合っているかどうかは別として、捕まえてもすぐ逃がしていた。そういえば翼はどれだけのカゴを持っていたのだろうか……。今となっては分からないが、かなりあったに違いない。そう思いつつ、私は窓の外に目をやった。

この新陽南(しんようみなみ)駅は大きいので人もかなり降りるし乗る。まだ乗る私としては、座れる大チャンスなのだ。チャンスというか、降りる人が優先なのでまず座れるのだが。そういえば同じく鉄道好きがここはなんとか列車の撮影が上手く出来るとかなんとか言っていた気がするが……。まあそんな事は関係ないか。

私はたまたま目の前のロングシート席に座っていた人が立ち上がり、席が空いたのでそこに座った。私が座るのとほぼ同時に列車は駅へと入線し、停車した。ドアが開き、元から立っていた人も座っていた人も立ち上がり、どんどん降りていく。さすがこの県で一番手の大きい駅だ。私の住んでいるようなスーパーマーケットすら近くにない田舎とは違い、ここで住めばトイレットペーパーがないとか、キッチンラップが切れたとかでいちいち車を出さなくても済みそうだ。



「翼ってさ」

「ん?」

「……どこか体調悪い?」

「えぇ?どうしたの急に」

「い、いや、ちょっとね」

孝は翼に思いきって聞いてみた。体が透けてる、なんて言うのはとんでもないと感じたので、体調が悪いかどうか聞くことにした。だが翼はピンピンしている。孝には、体が透けるところ以外、翼の体調が悪そうには見えなかった。

「あー!また居た!」

7個目のポイントにはカブトムシがいた。また翼のテンションが上がり、孝に見せてきた。が、孝はカブトムシが採れた喜びよりも、今カブトムシを持っている筈の翼の手が透けている方が気になってしまう。

「……どうしたの?」

「いや、何でもないよ……。」

「孝、今日おかしいよ?どうしたの?」

孝はおかしいのは翼だよ、とも思ったが、口にするわけにはいかない。かといって、翼透けてるよ、なんて言えばどう思われるか分からない。

「う~ん……疲れてるのかな?」

孝は少し考えて、自分が疲れている事にした。まあこちらの方が透けてるとか、おかしいとか言うよりよっぽど自然だろう。

「どうする?帰る?」

そう翼に言われた孝は、今日別れたら永遠に会えないのではないか、と思ってしまった。何故かは孝自身も分からない。

「いや、全部回ろうよ」

「分かった~。ムリすんなよー」

それから残りのポイントも回ったが、カブトムシとクワガタはいなかった。だが回っている間も、孝には翼が消えたりするのが見えた。

「……ふう、今日はあんまりいなかったね」

「まあ仕方ないよ、次がある!」

孝の呟きに翼が答えた。二人は今日の成果を話しつつ、孝の家へと向かっていた。孝の家の方が山に近いので、先に孝が別れる形となる。また、孝の家のある通りから翼の家まで帰れるので、二人は普段からこうして帰っていた。

「……次、か」

「どうした?」

「ううん、何でもないよ」

「ふ~ん……。」

孝には今の返事で翼が不思議がっているのが分かったが、特に何も言わなかった。

お互いが雑談をしているうちに、孝の家の前へと帰って来た。

「じゃあな孝!元気でな!」

「え?う、うん!またね!」

翼は孝の返事を聞くと、まだ明るい日の中に消えていくように走り去っていった。だが孝は一つ気になった事がある。普段の別れる時の挨拶はまたな、とかなのに今日は元気でな、だった。全く同じ挨拶はしないかもしれないが、これでは永遠に会わないみたいじゃないか、と思い、孝にはそれが寂しく感じた。それに、翼も寂しそうだった。

「ただいまー」

「孝!どこ行ってたの!?」

孝の母の千代(ちよ)が出てきた。何か焦っているようだが、出掛ける前に孝は翼と遊んでくる、と言って出掛けたし、別に夕方の6時を過ぎている訳でもない。なぜ焦っているのか、孝には分からなかった。

「どこって……翼と虫採りに……」

「何言ってるの!?翼君……亡くなってたんだってよ」

「え……」

それから千代は、まずは落ち着きましょう、と孝にも自分にも言い聞かせ、孝を中に入れて机で話はじめた。

「孝、落ち着いて聞くのよ。翼君は7月の最初の日、孝と遊ぶ約束をしていた日に、ここに来るまでの大通りあるでしょ?そこで信号無視のトラックに跳ねられたらしいの。その時は意識があったようなんだけど、段々悪くなって、夕方に、亡くなってしまったそうよ。」

その日の夕方と言えば、初めて孝が翼が透けて見えた時だ。だが孝にはその様な事を思い出す余裕は無かった。

「そして亡くなるちょっと前に、孝が寂しがるから孝には言わないで、とも言っていたそうよ。それで今まで私も知らなかったんだけど、その翼君が亡くなったという話を、ママの知り合いから……(とおる)君のお母さん、分かるでしょ?その徹君のお母さんから聞いたのよ。翼君のお母さんにも確認したわ。で、孝、あなたこの前から何回も翼君と遊ぶって出掛けて行ってたでしょ?だからママ心配になったのと同時に不思議になってたのよ。なぜ孝が翼君と遊びに行っているのか、行けるはずないのにって。」

孝は泣きそうになるのを必死にこらえて、今までの事を話した。

実際に翼と遊んだ事、しかし翼が透けて見えるようになっていった事、今日の別れ際は翼が今までになく寂しそうだった事、信じてもらえる気はしなかったが、全て話した。だが千代は孝の言うことは信じるよ、と言ってくれた。

その日から、孝の元に翼が来ることは無くなった。その時は知らなかった為、葬式には出られなかったが、お墓参りにはそれから引っ越しするまで何度か行った。この話は孝の父にも翼の両親にも伝えた。最初は信じがたい、という様だったが、あまりにも孝が鮮明に話すので、皆最終的には程度の差はあるとはいえ大抵信じていた。



「間もなく~新名倉、新名倉です。お乗り換えのご案内致します……」

私は、車掌のアナウンスで目が覚めた。どうやら寝ていて、あの日の続きを夢で見ていたようだ。

ここ、新名倉(しんなぐら)駅が私の働いている広告会社の最寄り駅だ。徒歩5分ほどで着く。

私は電車を降り、改札を抜けて通路へ出た。今日は何とも言えない通勤だった。なぜ急に翼の事を……。

「島田先輩!ちーっす!」

私が考えていると、後輩の網干(あぼし)(かおる)がやって来た。普段から私にだけこんな口調の男だ。嫌いという訳ではないが……、会社ではしっかり敬語でもあるし。

「ああ、網干か。今日は同じ電車だったんだな」

「ええ、早く起きれたんっすよ!まあいつも通り一本遅くしても良かったんすけどね~」

「なあ、突然だが」

「ん?なんっすか?」

「地縛霊って、居ると思うか?」

私の突然の問いに、薫は少し驚いたようだ。自分でも一般人から見れば変な質問をしている自覚はある。

「え?どうしたんっすか急に?」

「何でもない」

「……俺は居ると思いますよ、だって……経験ありますから」

「え……?」

私は網干の方を見た。彼はいつも通り笑みを浮かべていた。

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