カツサンド-1
予鈴前の騒がしい廊下。もうすぐチャイムが鳴るからと教室へと戻っていく生徒の間を抜け、俺はまっすぐ美術準備室へと向かう。2度ノックをして扉を開くといつも通り物部先生がいて、俺の顔を見るなりまたか、とでも言うように溜め息をこぼした。
「芦原~……お前なぁ」
「5限だけでいいから。次体育だから、その……。先生」
お願いします。軽く頭を下げる俺に、先生はまた溜め息をこぼして「隣で授業してるから。うるさくするなよ」と言って授業の準備物を抱えて隣接する美術室への扉に手をかける。それもいつも言われていることなので俺はおとなしく頷いた。
「バレたら俺が怒られるんだからな~……。ったく、2人も不良生徒がいてたまったもんじゃねぇな~」
「え、」
先生はそう言い残し去っていった。2人。先生は確かにそう言った。もうひとりの存在を探して辺りを見渡す。何てことはない、いつもの美術準備室の風景。本や資料が雑に積まれた机。先生の私物であるマグカップにちいさなオーブントースター。デッサンに使う石膏や、高く積まれた段ボール。その窓際に高く積まれた段ボールの陰に“もうひとり”はいた。
女子生徒だった。気だるそうに窓の外を眺めている。ここから見えるグラウンドでは俺のクラスの男子生徒が授業のために整列していた。女子生徒はその様子をただ、面白くなさそうにぼんやり眺めている。初めて見る顔だ。
彼女はこの時期には少し早い厚手のセーターを身に纏って腕まくりをしている。横顔からでも分かる。顔は整っている。少し伏せられた目に置かれたキラキラと輝くブラウンのラメとはっきり引かれたライン。大人しい生徒が多い我が校には珍しく化粧をしているらしかった。
俺に気付いた彼女はその顔をこちらへと向ける。やっぱり綺麗な顔だった。目と目が合う。瞬間、鋭い眼光で睨みつけられた。
「誰?」
授業開始のチャイムが鳴る。それに掻き消された少し掠れた、ちいさな声。俺はチャイムの音を聞きながら、呆然と目の前の彼女の瞳から目がそらせなかった。