第91話 倒すべき男
「私ね、父様の幻を追うのは止めたわ。ミレイアの民も、領地も、あの玉座や王冠でさえもね」
そう語るレジーヌの顔に、迷いや曇りは見られない。
西の空に向けられた視線は清々しい程に真っ直ぐだった。
「そうか。心の整理がついたのか」
「うん。これまではお父様を裏切ってしまったような気にさせられたけど、それは誤りね。私はただ、自分を認めてくれる人たちのために働きたいわ」
「それで良いと思うぞ。祖先が残したものに縛られなくてもさ」
「それもこれも、お父様が完璧じゃないって事が知れたお陰ね。初めはショックだったけど、同時に気持ちが楽になったの」
「お前の親父さんって、結構な名君だったらしいじゃん。一体どんな事をやらかしたんだ?」
「ナイショ! 気が向いたら話すわね」
彼女が屈託無く笑う。
どうやら心の底から吹っ切れたようだ。
実は先日の使者を追い返した直後に、ミレイア王都で大規模なデモが起きたのだ。
人々は一斉に武器を取り、『売国奴レジーヌを吊るせ! 殺せ!』と口々に叫んでいるらしい。
詳細は伏せつつ騒ぎについて本人に報告したんだが、このリアクションだ。
どうやら彼女は、自分の生きるべき道を見つけたようであり、芯の強さの様なものまでを感じさせた。
……だが、逆さ吊りだ。
ここは農園。
レジーヌは新たに入手した豆に祝福を与え、おおいに育てようとしている最中だった。
そしてこれまでの例に漏れず、急成長した枝やツタと戯れる事となったのだ。
こういう所だけは未だ成長しないようである。
それから数日後。
エレナリオとディスティナから使者が来たので、三カ国会談が開拓村の会議室にて開かれた。
オレ、オッサン、アンノンにエグゼの4人にて執り行う。
「まずは私めより。ミノル様を魔人王陛下として承認することを、エレナリオを代表して申し上げます」
「ディスティナも魔人王様を認めるッス。もちろんノーマッドも同意見ッス」
「あぁ……これはもう引っ込みがつかねぇよなぁ」
「どうしたのだ、ミノル殿? 顔色が優れんが」
「うん、まぁ、いいや。今日からオレは魔人王だ。よろしくな」
初めての肩書きなのに中二病丸出しとか……これは何かの罰か。
たびたび言われた『天空の騎士』も割と恥ずかしかったが、魔人王に比べたら遥かにマシだと思う。
これも酒の席の失態が原因だ。
下戸が大酒を飲むもんじゃないと、心に固く誓うのだった。
「んで、お前らがやって来たのは、それだけが理由か? 他にもあるんだろ?」
「ええ。ミレイアより出兵要請がありました。急ぎこの開拓村を攻め滅ぼせ、と」
「ウチにも来たッス。すんげぇ偉そうなヤツだったッスよ」
「それは断ったんだよな?」
「もちろんです。目の前で書状を破り捨てました」
「オレは書状で鼻をかんだッス。ヤツらは目を白黒させて驚いてたッスよ」
先日のミレイアからの使者は『4ヵ国が相手になる』と鼻息荒げて熱弁していたが、それは認識違いだった。
そうすると、当面の敵はミレイアとアルフェリアだけとなるが、警戒の必要すら無いかもしれない。
ヤツラのすぐ後ろで、アシュレイルが虎視眈々と攻め込む機会を窺っているのだから。
「それにしても、ミノル様にグランド様。この度は災難でしたな」
「本当だよ。まさかこうもアッサリと国を奪われるとは思いもしなかったぞ」
「重鎮連中も隙が見えたからこそ、賭けに出たのでしょう。大陸の状況に、国内の情勢などを踏まえた上での、ほんの僅な隙を」
「アンノンは予想してたのか?」
「未来のひとつとして予測はしていましたが、現実的でないと判断しまして、申しあげずに留めておりました。思慮が足らずに申し訳ございません」
「いや、責めているんじゃない。お前自身も確信がなかったんだろ? 妄想の一種だと判断した訳だ」
「はい。余程の愚か者でなければ、そして時勢の読めぬ者で無ければ取らぬ手段ですので。まさか、かつての首脳陣の一部が、ここまで不出来だとは想定外にございました」
「アンノン殿。差し支えなければ、貴殿の考えをお聞かせ願いたい」
「グランド様。私はあくまでも外の人間です。憶測の域を出ない話となりますが?」
「構わない。我らがどういった奸計に屈してしまったのか。それを究明したい」
オッサンの語気は鋭い。
よっぽど腹に据えかねる物があるんだろう。
彼は彼で苦渋を嘗めさせられたのかもしれない。
「では愚考を申し上げます。レジーヌ様を人質にとり、魔人王陛下とグランド様を共倒れにし、大陸の頂点に立つという策であったと思われます」
「それも負に落ちねぇんだよ。まだアシュレイルが残ってるだろ。どうして大陸を制覇した段階で、オレらを排除しなかったんだろうな?」
「アシュレイルは武力を尊ぶ国です。討伐戦で陛下のお力を目の当たりにした敗残兵は、レアル王に代わり陛下に忠誠を誓うことでしょう。陛下に代わりグランド様が為されても結果は同じです。そうなればミレイアは安泰とはなりません。更なる脅威を生み出すだけだと判断したようです」
「アシュレイル戦役の前に、開拓村が攻撃されたのは?」
「アシュレイルと陛下による挟撃を恐れたがゆえに、先に陛下を亡き者にしようと企んだのでしょう」
「その方針ってさ、オッサンが破れたら大損害になるだろ。実際、今のミレイアの戦力はガタ落ちしてるぞ」
「グランド様が破れるとは考えていなかったのでは? そして万一将軍を喪っても、エレナリオやディスティナの援兵があれば、アシュレイルに勝てると踏んでいたのでしょう」
「酷い策だな。全部外してるぞ」
「内部での権力争いには長けていても、外を見る眼がない。そういう方たちなのでしょう」
まとめるとこうか。
オレが一番邪魔だから、アルフェリアに単身突撃させて死なせようとした。
それが外れたから、オッサンをけしかけて始末させようとしたが失敗。
アシュレイル側の圧力が強くなり、急遽『子爵』というエサと『断れば四カ国で攻め入る』という恫喝で、オレを動かそうとした。
それも失敗。
正当な跡継ぎのレジーヌにまで逃げられ、更には敵対までされてしまった。
ヤツらに残されたのは2国分の領地。
それと、意のままに操れる領民だけ。
軍も司令官を囚われてしまい、率いる者が居ない有り様だ。
これは早晩に滅びる国の典型的なパターンに思えた。
「ヤバイな。あれはもう1回滅ぶぞ」
「まさしく。それから、レアル王は苛烈な男です。彼の性格を利用して、統治しやすい土台を整えさせては?」
「もっと具体的に言ってくれ」
「時代に取り残されたあまねく貴族方を、すべて粛清してもらうのです。それからかの地を取り返したならば、陛下によるご親政も容易くなりましょう」
「積み上げられた死体の上で政治をしろと?」
「本来、権力者とはそういう人物を指します」
過激な発言だったが、利にかなってはいた。
正直なところ、あの頑迷な連中と仲良く生きていける気がしない。
皆殺しにしないまでも、追放してくれるだけで大分やり易くなるハズだ。
……まぁ、オレは別に君臨する気はないがな。
オレは大豆が、もとい味噌が手に入ったなら、すべてを捨てて隠居するつもりだ。
だからこれは全て、レジーヌの為の作業となる。
彼女がすんなり世界女王となれるよう、出来る限り整えてやりたいと思うばかりだ。
「まぁいいや。アンノンの策に乗ろう。ミレイアに何を言われようとも、決して軍を動かすなよ」
「ハハッ!」
「了解ッス」
これにて会談は終わり、各国と方針のすり合わせが完了した。
それから10日も待たずして、アシュレイル軍はミレイア領に侵攻した。
それは戦にすらならないワンサイドゲームで、ミレイア軍は早くも王都に籠るという有り様だった。
連日、ミレイアからは矢のような催促が届けられた。
全てが援軍要請だ。
それはエレナリオにディスティナはもちろん、開拓村にもやってきた。
使者の口上も時には固く、時には柔くと、一度として安定はせず、あれこれと無い知恵を絞っている様が透けて見えるようだ。
そして、呆気なくミレイア城は陥落。
籠城後わずか半月での陥落だ。
やはり途中で、アルフェリアがアシュレイル側に寝返ったのが大きかったようだ。
総司令官の不在が響いたのか、そもそも最初から裏切るつもりだったかは知りようもないし、詮索にも意味は無いだろう。
レアル王は王都を支配するなり、手早く貴族たちを処刑した。
爵位のあるもの全てが対象というものであり、かなりの血が流れた。
オレはその報せを聞くと、周りに戦備えを命じた。
アシュレイルとの決戦を睨んでの事だし、もはや説明すら不要だった。
『ここでアシュレイルを討ち果たせば、大陸全土に平和が戻る』
誰もがそう考えたろう。
少なくともオレ、オッサンやレジーヌも同意見だった。
だが違う。
それは見当違いも甚だしいというヤツだ。
実は、ミレイア貴族を処刑した折りに、数名だけ取り逃がしたようなのだ。
その報告を聞いたときは、特別気にはしなかった。
アシュレイルも同感だったようで、大した捜索をしていなかった。
後にこの事を後悔する事になる。
敵はアルフェリアでもアシュレイルでも無かった。
僅な供だけを連れて逃げたイーズク公爵。
コイツこそ、何よりも優先して殺すべき男だったのだ。




