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第89話 ちっぽけなこの世界

眼下にはミレイア城がある。

城下町も人混みで溢れ返っていて、何とも狭苦しそうだ。

今はヘラクレスの背に乗り、偵察がてらに空中散歩を楽しんでいる最中だ。

空から眺める大陸というのは新鮮味を帯びており、見ていて飽きないもんだ。


地上の大半は森か平地なのだ。

人間の手が入っているエリアは、思いの外狭い。

城も街も村も、農地でさえも、地表のうちのほんの一部分でしかなかった。

そんな僅かなテリトリーの中で、誰が王だ貴族だ賎民だと決めている。

その様はどうにも滑稽だと思えた。



「うーん。やっぱり上空から眺めても、レジーヌの居場所なんか分からねぇな」



かなりの高度だ。

詳細な調査なんか出来ていない。

もう少し地上に近づけば知れる情報もあるだろうが、偵察がバレた時点で騒がれてしまうだろう。

正直、今は戦なんかウンザリだ。

気晴らし要素を多めにして偵察を続行した。



「アシュレイルはようやく本腰入れたのか。ずいぶんと動きが遅いなぁ」



ミレイアの北西砦に補給が成されていて、荷車による長蛇の列が出来ている。

なぜ今ごろになってと、疑問に思わなくもない。

攻めるタイミングとしては、開拓村防衛戦の時の方がよほど利に叶っているだろうに。

それを外して、今さら攻撃体制に入るというのは何故だろう。

秘策でもあるんだろうか。



「ヘラクレス。もう十分だ。そろそろ帰ろう」


「ブヒィン」



馬首を巡らせ、戻ろうとしたその時。

視界が突然赤い光に包まれた。



「なんだ! 敵か!?」


「ブヒィン! ブヒィイン!」


「落ち着け、とりあえずは距離を取れッ!」



強烈な眩しさのなか、手探りするようにして駆け抜けた。

やがて、視界がいつもの景色へと戻る。

どうやら突破できたらしい。

振り替えると、赤い光線が空へと延びていた。

それは見覚えのあるものだった。



「これは……もしかして救難石か!?」



誰が、なぜこんな所で。

浮かんでくる疑問は差し置いて、急ぎ高度を落としていった。

すると、山の方に逃げる2人。

それを追う騎兵隊の姿が見えた。



「あれは、シンシアだ! 助けに行くぞ」



連れ合いは肩に矢を受けている。

事は一刻を争うようだ。

瞬時にそう判断し、追っ手に向かって魔法を唱えた。



「止めろ、凍蛇!」



すると、無数の青い蛇が騎兵隊に絡み付き、人数分の氷柱ができた。

雪解けの季節になるまで、そこで大人しくしていてもらおう。



「シンシア、それと……レジーヌだよな? 無事か!?」


「良かった……来てくれたのね」


「ミノルさまぁ! 姫さまが、姫さまがぁーー!」



男連れだと思っていたが、それはレジーヌの変装だった。

そして右肩に矢を受けている。

今は早く治療するべきだ。



「魔法で回復……は出来ないんだったな。急いで村に帰ろう!」


ーーフッフッフ。お困りのようですね。


「空を行く。シンシア、レジーヌが振り落とされないように頼むぞ」


「わっかりましたぁ!」


ーーちょいちょいちょい! 人の話はちゃんと聞くものですよ。


「うっせぇアリア。今は冗談に付き合う暇は無えんだよ」


ーー魔法で治せます。補助アイテムを要しますが。


「おい本当か!?」


ーーアルフェリア宝物庫にて拝借した『転生玉』の出番となります。ご用意ください。


「それって、あの赤い石の事か?」


ーーまさしく。ようやくの活躍となります。



言われるがママに荷物から転生玉を取り出した。

燃えているかのような色味が、陽の光の元でキラリと輝く。



「よし、準備オッケーだ」


ーー玉を傷口に近づけ、求められる分だけ魔力を注入してください。


「おっと、その前に矢を抜かないとな」


「私に任せてください……よいしょっ!」



シンシアが慎重に矢を引き抜いてくれた。

矢じりの作りがシンプルだったのも幸いしている。

レジーヌの肩がさらに血で染まり始めた。

すかさず玉を近づけ、魔力を送り込む。

すると、腕を体ごと押し返すような、強烈な圧力に襲われた。



「うおっ!? 負荷がやべぇ……」


ーー傷が塞がるイメージを強めてください。想像力が大きな助けとなるでしょう。


「そうだった。イメージしなきゃ……!」


ーーうなじ、肩回り、胸元に乳首と裸を想像すれば容易い……。


「うっせぇアリア! 助けたいのか邪魔したいのかハッキリしろよボケェ!」



悪戦苦闘が続く中で事態は徐々に好転していった。

出血が治まり、痛みに喘ぐ声が止んだ。

腕を押し返すような力も弱まっていく。

それから負荷が感じられなくなると、レジーヌは自ら立ち上がった。

初めての回復魔法は、たどたどしいながらも成功したのだ。



「ミノル!」


「レジーヌ!」



その場でオレたちは抱き合った。

首に心地よい力が、頬に暖かい息がかかる。

まるでお互いの体温を確かめ合うように、しばらく離れることはなかった。



「辛い想いをさせたよね……怒ってる?」


「最初はちょっとだけ。国が戻れば、オレなんてどうでもいいんだ、とか思ってた」


「そんな事無いわ! 一度だって考えたこと無いもの!」


「そうですよぉ! 姫さまだって、暗ーい狭ーいところに閉じ込められて、ほんと大変だったんですよ!?」


「わかるよ。さっきの様子を見たらさ。レジーヌも苦労してたんだなって思うよ」


「誤解だけは勘弁してくださいね? 姫さまはミノルさまに会いたい一心で『夜の棒大好きッ子』なんて名乗って門を突破したんですから!」


「ちょっ! それはお蔵入りさせたでしょ!?」


「うん? なんか良く分からねぇが、ともかく帰ろう。みんな凄く喜ぶぞ」


「……本当に? 忘れられたり、嫌われたりしてない?」


「そんな事あるかよ。さぁ乗った乗った!」



今の言葉に偽りは無い。

開拓村はレジーヌたちが居ないと、妙に静まり返ってしまう。

特に子供たちの変化が大きかった。

「レジーヌさまは?」だの「シンシアちゃんは?」だのと、自分の家族を探しでもするように、あちこちを探し回るのだ。


2人を連れ帰ったなら、子供たちはきっと大はしゃぎするだろう。

そんな事を考えながら空高く舞った。

だが、すぐには帰らない。

上空を大回りするルートをわざわざ選んだ。


足元に見える大地はちっぽけだった。

海や空の方が遥かに広いもんだと思う。

レジーヌたちも、オレと大差ない事を感じたらしい。



「凄い……。空から見ると、私たちの世界はこんなにも小さいのね」


「空も海も山もこんなに広いのに、私らは何をせせこましく争ってんでしょう?」


「行き詰まった時は、こうして視点を変えるのもいいだろうな。思わぬ発見があるかもよ?」



そうやって、しばらく風を感じながら遊覧した。

レジーヌたちがどれだけ傷つけられたかは聞いていないが、少しでも心が軽くなって欲しいと思ったからだ。


2人の口数は少ない。

それでも後ろに並ぶ安らかな横顔から、楽しんで貰えてると解釈した。


風が時おり強く吹く。

ヘラクレスがたまに体を揺らす。

すると、真後ろのレジーヌが、強くしがみつく。

背中には柔らかい感触。

しかも2つ。


それが目当てじゃない。

この遊覧は慰安旅行みたいなもんだ。

PSTDを和らげるという粋な計らいなのだ。

だからよこしまな考えではない。

決しておっぱいの為ではないのだ。


また、背中に2つ。

確かな重量感。

無粋な事は言わない。

その感触は不可抗力の産物として、静かに心の奥へと刻み込むことにした。

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