第86話 開拓村に白刃舞う
防壁から見える敵軍は、中々の大軍だった。
500や1千でない所からして、ミレイアの本気ぶりが窺えるようだ。
率いているのはオッサンだろう。
その姿はまだ確認出来ていないが、乱れのない行軍から何となく予想がついた。
「ミノル。配置が終わったぞ。避難も完了した」
「助かったよ。お前がいなかったら、最悪村を放棄してたぞ」
ミゲルは不思議なことに、いち早くオレの味方をしてくれた。
てっきり王国側について、村を挟撃すると危惧したが、そうはならなかった。
むしろ村民を彼の隠れ家に誘導し、さらにはウサギ兵まで貸してくれたのだ。
そこまでする理由については『かつての主よりも、開拓村の方に大きく迷惑をかけた』かららしい。
オレにはその説明が理解しきれていない。
それでも今はただ助力に感謝するばかりだ。
「まもなく来るぞ、気持ちを引き締めよ」
前回のミレイア攻めの際に引き連れていた開拓村の兵だが、城を落とすなり全員が即日に帰還していた。
なのでこちらの兵力は、あれから変わらず100余名。
10倍の敵という最高に不利な状況だが、相手に同胞が居ないというのは助かる。
フルパワーで戦っても知った顔が犠牲にならないからだ。
指揮官以外は……だけども。
「やはり団長……いや、グランド様が来られたか。奥方様やトガリさんの姿もある」
「まぁそうだろうよ。敵さんは総力戦のつもりのようだからな」
「どうする? 私としては和睦など、穏便に済ませて貰いたいが」
「それも相手の出方次第だ」
オレは空に向けて炎龍を放った。
赤く燃える飛龍が天に向かって昇り、そして弾けた。
地表には強烈な熱風と、太陽が爆発したかのような閃光が降り注ぐ。
それだけで敵兵は怯え、馬も一斉に混乱し始めた。
オッサンとメイファンが、軍の収拾しようと馬上で懸命に指揮をとっている。
その姿を確認してから、敵に向かって強く威圧した。
「今のは警告だ! 死にたいヤツはそのまま攻めかかってこい! 骨すら残さずに焼き尽くしてやる!」
思ったより恫喝が効いた。
騎兵の混乱が収まるなり、戦場は静寂に包まれた。
敵の大半が恐怖にかられて身がすくんでいるようだ。
もう一発脅せば、戦いもせず敗走しかねない程に。
しばらく睨み合うと、敵に動きが見られた。
オッサンは愛馬と猫をメイファンに託し、独りだけでこちらに向かって歩き始めたのだ。
こちらの攻撃を警戒していないのだろうか。
まるで知り合いの家に顔を出すかのように見える。
だが、その手にはしっかりと立派な槍が握られていた。
両軍が見守る中、オッサンは途中で足を止めた。
そしてそこで槍を大きく旋回させ、オレに劣らないほどの強い声で叫んだ。
「我こそはミレイアが将、千本槍のグランドだ! 敵将ミノル、臆したのでなければ、ワシとの一騎討ちに応じよ!」
どこか悲壮感の漂う響きだ。
これまでの交遊など忘れたかのような敵意も向けられている。
この時、オレにはオッサンの真意が読みきれなかった。
「ミゲル、どう思う?」
「……グランド様は死なれるおつもりだ。貴様に事情を説明するどころか、退く事も許されていない、死に行く兵なのだ」
「死に行くって……。オッサンはなぜ従う? それ程までに王都の連中は偉いのか?」
「何か理由がある。命を捨ててまで為そうとする理由が」
「そうか……まぁ、動機は限られてるがな」
「私に頼めた義理では無いかもしれんが、どうか応じてはくれぬか? あれ程のお方を魔法で焼き尽くすなど、憐れで耐えられぬ」
「わかってる。オレが居ない間、村のみんなを任せたぞ」
「了解した」
防壁から飛び降り、オッサンの元へ歩み寄った。
背後からは味方の『ああっ!』という、歓声と悲鳴の中間のような声が聞こえる。
静寂が壊されたのも一瞬だけ。
再び無音となった戦場で、二人向き合った。
オッサンは真剣そのもので、表情変えない。
ただ僅かに会釈をしただけだ。
「応じていただき、感謝する。お主にはその義理も無かろうに」
「一回やってみたかったんだよ。アンタとの真剣勝負をさ。訓練では何度も捻られたが、今回ばかりは勝たせてもらう」
「丸腰なのか。支給品でよければ武器を用意させるが?」
「要らねぇ。安物じゃすぐ折れる」
オレは右手に炎龍を宿らせた。
たちまち真っ赤に燃える大剣が生成された。
「これは驚いた……魔法による武器か」
「他にも氷に雷とある。どれも高性能だが、文句は無いよな?」
「無論だ。それぐらいのハンデはくれてやる」
「意外と減らず口だな!」
「者共、決して手出しするなよ!」
剣と槍がぶつかり、つばぜり合いの形になる。
腕力はほぼ互角。
体格差がありすぎるとはいえ、オレとタメを張れるとは、相変わらずの化け物っぷりだ。
「安心した。手加減は無いようだな」
「当たり前だろ。オッサン相手に気なんか抜けるかよ」
「フフ。敵味方に別れた今であっても、そのように呼んでくれるか」
「ところで忠告だ。この剣にはあまり近づかん方がいいぞ」
「……ムッ!?」
剣に宿った炎が槍を伝い、相手の体を焦がし始めた。
オッサンは飛びすさって火を払った。
この武器は見たまんまだが、攻撃対象を燃やす事が出来る代物だ。
斬る刺す叩くはもちろん、今のように衝突しているだけでも効果を現す。
「なるほど。これは厄介だ。だが、当たらなければ問題ないのだろう?」
「そうだな。空振りしたら普通の剣だ。敵を燃やすには何らかの衝撃が必要でな」
「……手の内を簡単に明かすのだな」
「ハンデだのゴチャゴチャ言うからだろ。オッサンが負けた時の言い訳を封じる為さ」
「減らず口はどっちだ!」
「うるせぇヒゲ熊!」
その時だ。
ミレイア軍に号令が鳴り響き、騎兵が一斉に駆け出した。
戦場を大回りするようにして、防壁すら避け、村の側にある草原地帯を駆け抜けた。
そのまま村に直接攻撃をかけようとしているようだ。
この動きはオッサンにとっても想定外だったようで、慌てて声をあげ始める。
「馬鹿者! 勝手に動くな! 神聖なる一騎討ちの最中に水を差すとは……」
「まぁまぁ、いいじゃないの。こっちは別に問題ないぞ?」
「正気か? あれは村人を殺すための攻撃だぞ?」
「まぁ気になるってんなら良いよ。一時休戦にして、成り行きを見守ろうか」
その場で村の方に目をやった。
騎兵たちは急斜面を騎乗のまま乗り越え、柵を飛び越した。
そうやって村に侵入すると、あちこちに散っていく。
防壁から大きく離れているので、そちらを守る兵は1人もない。
村には今もローブ姿の男女が居座っており、敵の凶刃に切り刻まれることは、避けられないと思われた。
少なくともオッサンや敵兵はそう思ったろう。
それを証左するように、奇声にも似た笑い声が聞こえてきた。
「ハーッハッハ! まずは1人め……」
「キュィイイッ!」
村人が一斉に精神魔法によって反撃を始めた。
ローブを着た村人というのは偽物で、ローブを使ってウサギ兵を擬態させていたのだ。
人間サイズと揃えるために、彼らはローブの中で5段のピラミッドを作るという、アクロバットな変装によって。
そんな事とは露知らず、大勢の騎兵が無防備に精神魔法を受けてしまう。
相手の理性を奪い、思考を見出し、やがて同士討ちにまで発展した。
それは人だけでなく馬同様に影響を受けた。
人馬入り乱れた大乱闘が始まり、もはや戦いどころでは無い。
味方同士での凄惨な殺し合いは収拾がつかず、瞬く間に多くの兵が死んでいった。
「どうよ。中々の罠だったろ?」
「道理で慌てないハズだ。ここまで強固な守りを築いていたとはな」
「じゃあ安心したところで、こっちも再開しようぜ」
「よかろう。存分にな!」
オレたちの戦いが再開された。
剣を上段に構え、一気に振り下ろした。
だが、剣は空を斬る。
オッサンはまともにぶつかり合うのを止めたらしい。
相変わらず芸術レベルの体捌きだ。
まるで心を読まれたように、剣撃はかわされていく。
鎧の端すら掠る事は無かった。
「クソッ! ちょこまかと逃げやがって」
「殺気が丸出しだ。それでは行動を読むのも容易い」
「講釈たれんなボケ!」
渾身の力を込めて横に薙いだが、今度は避けられなかった。
剣の切っ先は槍の柄で僅かに軌道を逸らされ、体はそのまま流れ、大きな隙を作ってしまった。
その瞬間に刺突が飛んできた。
避ける動作は間に合わない。
完璧なタイミングで飛び出したカウンター攻撃だった。
「グッ……いてぇ!」
「ふむ。今の攻撃が通るか」
「アリア、なぜだ! 魔力での防御が効いてないのか!?」
ーーお答えします。瞬間的にではありますが、ヒゲの攻撃力がミノル様の防御力を上回っています。その差分だけダメージを受けております。
「クソッ。大砲並みの攻撃かよ……ほんと人間やめてんな」
「これでワシの勝ちは揺らぎない。大人しく首を寄越すのだ」
「うっせぇ、簡単にやられっかよ!」
オレは諦めずに何度も打ち込むが、結果は同じだった。
攻撃は一切が掠りもしない。
そして数度に一回はカウンターが飛んでくる。
それを打ち込まれても致命傷にはならないが、着実にダメージが蓄積されていく。
戦闘時間が経過するほどに、こちらの形勢が不利に傾いていった。
「チクショウ。肩痛ぇし腕痛ぇな! 遠慮なしにポカスカ打ちやがって!」
「腕を上げたように見えたが、どうやら買い被りだったな。所詮は姫を見捨てて逃げる程度の男よ」
「何だと!? オレを遠ざけて締め出したのは向こうだろ! 逃げたんじゃなくて追い出されたんだ!」
「姫は戦っている。隔離された中で独りきりで。見捨てて無いと言うのなら、なぜ領地に籠っている! 声なき嘆きの聞こえぬ愚か者が!」
「うるっせぇえ! 優遇されてるテメェにオレの惨めさが分かるかボケェーーッ!」
血が頭に上る。
思考を完全に手放し、怒りに任せて身を躍らせる。
……振りをした。
そんな安い挑発に乗る訳がない。
そもそもレジーヌが心変わりしたんじゃなくて、何者かに幽閉されてんのは明らかだろ。
想定済みです、特別驚きも怒りもありませんってば。
だが今は駆け引きの最中。
殺意を両手にしっかり込め、オッサンの首元だけを睨みながら突進した。
大きく振りかぶって首を狙う。
槍の先が静かに呼応する。
今の挑発は冷静さを奪い、単調な攻撃を引き出す為だろう。
オッサンはオレを上手く引っ掛けたつもりのようだが、逆だ。
今度という今度は決めさせてもらう。
「終わりだ。さらば、もう1人の我が友よ!」
槍が剣に触れかけた。
これまでのように軌道を逸らし、カウンターを食らわせる気だろう。
だが、今度は違う結果となった。
「戻れ、炎龍!」
「な、何だと!?」
首目掛けて走っていた大剣が即座に姿を消した。
見込んでいた衝撃が発生しなかった事で、オッサンの態勢がわずかに崩れる。
オレは横に振り切った腕の反動で腰をひねり、両足で強く踏ん張り、体を切り返した。
それに連動して拳を突き出す。
ガラ空きの脇腹に渾身の一撃が突き刺さる。
鎧の半身が粉々に弾けて、細かい破片が飛び散った。
左手に伝わったのは肋骨が粉砕される感覚と、肉の引きちぎれるような感触だった。
「……ガハッ」
「勝負あったな。これでオレの勝ちだ」
「み、見事だ……」
オッサンがその場に倒れこんで気絶した。
普通の男なら内臓ごと吹き飛ぶ威力のはずなのに、相変わらず頑丈だと思った。
すると背後から歓声が、そして正面からは絶叫が響いてきた。
事の顛末は両軍からハッキリと見えたようだ。
「おお、勝ったぞ! ミノル様の勝利だーー!」
「団長がやられた!」
「逃げろぉーー、焼き殺されるぞぉぉーーッ!」
残された槍兵は矛を交える事なく逃げ出していった。
見栄や隊列の無い敗走だ。
そして、その場にポツンと残されたのはメイファンとトガリだ。
2人は騎乗のまま、こちらに向けて近寄ってきた。
「ミノル。アタシらは投降するよ」
「わ、私も投降いたしますぅ! その代わり……にもなりませんが、どうか団長をぉぉ」
「分かってるって。ちゃんと治療させるよ」
「ありがとうよ。でもアタシら3人が降ったと国に知られたら、もしかしたら嬢ちゃんは……」
「レジーヌの事だろ。それも分かってる。すぐに救出へ向かうから、オレの質問に答えてもらうぞ」
「お安い御用さ」
オッサンの治療は配下の兵に任せ、2人から事情聴取をする事にした。
幽閉されていそうな場所。
限定はできないので、可能性として有り得る数カ所をピックアップする。
いずれも中枢に位置する部屋だが、今となってはどうでも良い。
多少血なまぐさい事をしてでも、救い出してやろうと心に誓うのだった。




