第81話 空を駆けるヘラクレス
事前情報は驚くくらい正確だった。
獣道を抜け、大通りを横切って間道に入り、曲がりくねった森の小路を行くと、本当にアルフェリア城に着いてしまった。
ここまで小競り合いすらナシ。
まさかその日のうちに王手をかけられるとは想定外だ。
「さて、これから大がかりな戦闘になるな。ヘラクレスは森の中で待ってて……」
「ブッヒィン! ブッヒィン!」
「おい、静かにしてくれ。気づかれるだろ」
ヘラクレスが全身を使って抗議した。
まるで『私を置いていくだなんて、とんでもない!』などと言っているかのようだ。
森の中から見るアルフェリア城に大きな動きはない。
下手に騒いでしまえば、不意打ちからの占拠という、速攻戦が不可能となってしまうだろう。
「わかった、連れていくから。頼むから大人しくしてくれよ、な?」
「ブルルル……」
「どうすっかなぁ。お前まで魔力で強化すると、消耗が激しくなるな。きっと長時間は戦えない……」
「ブッヒヒィンーーッ!」
「ああっ! すまん、足手まといなんて思ってない! 頼りにしてるから!」
「ブルルル……」
「やれやれ。気丈な娘さんだよ、お前は」
長い首に手を触れ、そして軽くポンと叩いてやった。
すると何を勘違いしたのか、全力疾走を始めてしまった。
慌てて背に跨がって制止しようと試みたが、何かに取り憑かれたように走るのをやめてはくれなかった。
「ええ!? ちょっとヘラクレス! 止まれ!」
「ブッヒィン!」
「いやマジで1回落ち着こうよ、ヘラクレス姐さんってば! ニンジンいっぱい買ってあげるからぁーーッ!」
オレの声など聞こえないかのように、彼女はひたすらに駆けた。
右手は切り立った崖。
その上には高くそびえる城壁がある。
今は上手く死角を進めてはいるが、こんだけ蹄の音をたててしまえばバカでも気づく。
「なんだ、あの騎馬は!」
「不審者がいるぞ! 総員警戒しろ!」
衛兵の声、そして警戒を知らせる鐘が鳴る。
こうなると不意打ちは出来ない。
以降は総力戦となりそうだ。
「どーすんだよヘラクレスぅ。もう力押しするしか攻め方が無くなったぞ」
「ブヒィン! ブッヒィイン!」
「うーん。コソコソしたくないのか?」
「ヒィン」
「まぁ……そうか。これまで散々ストレス溜めてきたもんな。ここは大暴れさせてもらいますか!」
オレは右手を天に向かって掲げ、存分に魔力を込めた。
「宿れ、雷虎ッ!」
すると暗くなりだした空より、一筋の稲光がオレの手を目掛けて落ちてきた。
その膨大なエネルギーを片手で受け止め、力の流れを整えて、とある武器を生み出した。
白く輝く長柄の大斧だ。
西洋風に言えばクレセント・アックスになるだろうか。
こんな芸当が出来るようになったのも、前に散々苦いものを喰らい、魔法防御力を大きく向上させたからだ。
おかげで自身の体に魔法を浴びても、大した付加も無く『魔法武器』を生み出せるようになっている。
努力が報われた瞬間だった。
「ヘラクレス! 城門まで全力で行けぇ!」
「ブッヒヒィン!」
ヘラクレスも魔力の恩恵を受けている。
およそ馬とは思えぬ速度で駆け抜け、城から放たれる矢など置き去りにしていった。
遠くに感じられた門。
それは既に目前へと迫っている。
目測でタイミングを合わせ、そして斧を強く叩きつけた。
「ワッショオイ!」
「ブヒィン!」
一太刀で閂ごと鉄扉を切り裂いた。
それをヘラクレスが前足で蹴りつけ、門がひしゃげながら開いた。
第一の守りの突破だ。
「門が破られたぞ! 守りを急げ!」
「機工兵は城だ! 城を守れぇ!」
慌ただしくも悲痛な声が辺りに響く。
左手には王宮とそれを囲む壁がもう一段あり、正面の方には城下町が広がる。
遠くの空には炊飯の煙がいくつも上がり、夜空をわずかに白く染めている。
ここの騒ぎはまだ伝播してないらしい。
街と城の様子がチグハグで、それが少しばかり面白いと思った。
「さて、本城の方は守りが固そうだな。当たり前か」
第二段の壁も、外壁と劣らない高さがあり、さらには大勢の兵が守りについていた。
少なく見積もっても500は居るだろう。
さっきと同じように門を蹴破れば楽々と侵入できるが、今度はその門前を機工兵が固めている。
攻め方を誤れば機工兵によって蜂の巣にされるか、弓兵によって針ネズミにされてしまうだろう。
オレたちは魔力が有る限り怪我のひとつも負わないが、逆に言えばそれが尽きればゲームオーバー。
そうなれば、敵中に取り残された唯の騎兵でしかなくなる。
消耗を抑える為にも無駄な被弾は避けなくてはならない。
「ヘラクレス、一度敵から距離を取るぞ!」
駆けさせた瞬間、その場には巨大な矢が降り注いだ。
人間が放ったものではなく、アルフェリア軍が持つ防衛兵器のによる射撃だった。
中世兵器のバリスタに似た形状のものが、城壁の上で均等に並べられている。
この兵器は言うなれば、メチャクチャでかく重たいクロスボウだ。
もちろんその破壊力は強烈。
いくらオレでも被弾すれば消耗し、やがては命取りになるだろう。
「ヘラクレス、機工兵の向こう側が手薄だ。ひとまずそこまで突破するぞ!」
「ヒィイン!」
敵の弓兵が、第1段第2段の双方に集結している。
だが配置は均等ではなく、オレらが居る東側に偏っている。
守備兵の少ない西側エリアに移動し、じっくりと相手の隙を窺うのが良いだろう。
ヘラクレスもオレの意図をしっかり把握してくれた。
迷う事なく斧で指し示した方に駆けてくれたのだが……。
しばらくして、ふと気づく。
普段と比べて様子が明らかにおかしい。
騎乗とは思えない不思議な感覚、浮遊感が徐々にやってきたからだ。
内臓がフッと軽くなっていくようだ。
「え、嘘だろお前!」
「ヒヒィンッ!」
「と、飛んでるーーッ!?」
早合点や見間違いじゃない。
地面がグングン遠ざかっていく。
跳躍とかそんなレベルではなく、自由自在に空を駆けているのだ。
その高度は城壁すらも飛び越えて、王宮の屋根の上すら越してしまうほどだった。
敵兵もこれには度肝を抜かされたらしい。
空に顔を見上げるばかりで、こちらに一矢すら放ちはしなかった。
「ヘラクレス、お前……翼が!」
「ヒィン!」
「魔力さえあれば、後はイメージ次第とか聞いてるが……。そっか、お前は天馬になりたかったんだな」
「ヒィイン!」
「よし! じゃあ早速腕試しに行くぞ!」
オレから魔力を借りる形で、ヘラクレスは翼を生やし、そして自在に空を駆けた。
しかも元から飛べていたかのように、その一連の動きに淀みはない。
人智を超えた生物兵器だ。
それが遥か上空からアルフェリア軍に襲い掛かかる。
天馬の足は想像以上に速い。
特に今のように地上に向かって突撃する際は重力を味方に出来る分、驚異的なスピードを誇る。
敵の弓兵、バリスタ、機工兵の誰一人としてオレたちの動きに反応出来ない。
そんな絶対的なアドバンテージを持ちながらも……。
「うわ、うわわわ! 落ちる、落ちちゃうーーッ!」
全く活かせなかった。
その一方でヘラクレスは良い仕事をしてくれた。
城壁に街路樹、巨大な機工兵やらの狭い隙間を、我が物顔でスイスイと駆け抜けたのだから。
ヘリコプターも真っ青になる程の機動性能だ。
だが、そんな乗り物の制御は恐ろしく難しい。
何せ重心が左右だけじゃく、上下にも大きく、そして目まぐるしく変わるのだから。
更には風が体にふきつけるので、バランスを取るのが恐ろしく難しい。
大斧を振り回すなんて以ての外。
振り落とされないでいるだけが精一杯だった。
ほうほうの体で再び空へ戻ってきた。
すると、ヘラクレスがまとわり付く様な視線を送ってくる。
それは『だらしないわね、しっかりなさい』という気持ちが込められている事は確実だ。
マジすんません。
それから少し間を置いて、ヘラクレスは上空にて旋回を始めた。
時折動きを鋭くさせながら、同じ範囲内をグルグルと。
これはきっと……チュートリアルだ。
今のうちに動きに慣れておけという粋な計らいなのだ。
この子優しい。
人間だったら惚れているところだ。
「おし、だいぶ掴んだ。次はいける!」
「ブルルル……」
「大丈夫だって、安心しろ。オレを信じろよ!」
「……ヒィイン!」
多少の迷いが見られたものの、ヘラクレスは再び地上に向かって飛び込んだ。
みるみる迫る地面。
風が頬を打つ。
オレは前のめりになりつつ、態勢を低くして空気抵抗を軽くさせた。
標的は一番厄介な機工兵だ。
オレはすかさず斧を横に構え、狙いを定める。
そしてその巨体とすれ違った時には、見事両断することが出来た。
オレらが駆け抜けた後に爆煙があがる。
それは疾走による砂塵と混ざり、辺りは視界不良に陥った。
「いいぞ、この調子だ!」
それからは一方的な戦いとなった。
ワンパターンな戦法だったが、アルフェリア軍にはそれに対抗する術がない。
矢は上空まで届かないし、機工兵の砲も完全に射角外だ。
地上に降りれば超高速、かつ予測不能な動きをしたので、敵の攻撃は掠りもしなかった。
何往復も繰り返すと、着実に守備兵の数を減らすことができた。
「よしよし。機工兵も片付いたし、残るは弓兵くらいだな……」
空に滞空して敵陣を眺めていると、突然何かがキラリと光った。
王宮門の近くからだ。
ヘラクレスはすぐに翼をはためかせ、急加速してその場を離れた。
次の瞬間、強烈な熱量を持ったレーザーのような光が通り過ぎていった。
それを見るなり、かなりの威力を秘めていると直感する。
実際、第二段の壁が巻き添いを食ったようだが、一部分がポッカリと穴をあけている。
おそらく今ので蒸発してしまったんだろう。
再び上空を旋回しつつ様子を眺めていると、王宮の方から大きな声が聞こえてきた。
そこそこ年老いた男の声だった。
「よく来たな小僧! これまで向かう所敵無しだったようだが、その快進撃もこれまで! 技術大国アルフェリアが誇る最新兵器『砲機兵』の力を以ってして、跡形もなく消し去ってやろう!」
その声とともに巨大な人型の機械が姿を現した。
全長は目算で6メートルくらいか。
あのデカブツの両肩には長い砲身が備え付けられている。
今の攻撃はあそこから発射されたと見て間違いないハズだ。
「手強そうなヤツが出てきたな。このまま勝とうだなんて、流石に見通しが甘すぎたか」
「ブルルル……」
「大丈夫。オレたちなら必ず勝てる。行くぞ!」
「ヒヒィイン!」
ヘラクレスと呼吸を合わせて一直線に突撃していった。
アルフェリオ軍最強にして、最後のボスを葬るために。




