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第80話 目指すは人馬一体

視界一面に、咳払いひとつしない修行僧が並ぶ。

厳密に言えば全てが普通の労働者だけども、この光景を表現しようとしたら他に言葉はない。


オレの立ち位置は全校集会中の校長先生みたいなもんだ。

だが、放つ言葉は教師より責任が重いだろう。

何せ「効率かつ絶対的な規則」の名の下に、あらゆる命令を実行しかねないからだ。

言葉選びには要注意だ。



「さて、お前が事情通のおじさんかい?」


「はい。何なりとお聞きください」



問いかけに応じてくれたのは、先ほど処刑されかけた初老の爺さんだ。

娘ともども軽い怪我で済んだらしい。

どちらも特に手当はいらないようだ。



「そういや、お荷物の4人組はどこいったかな……」



情報共有も必要かと思い、辺りを見回した。

ミレイアからついてきた貴族のお坊ちゃん方を探すためだ。

そいつらはすぐに見つかった……が、オレはその様子に呆れてしまった。


連中は少し離れた場所で酒盛りを始めたからだ。

どこまでも仕事を舐め腐った奴らだろうか。

アレに構う事は止めにする。



「ええとだな、ひとつ質問だ。アルフェリア王都に行きたい。敵兵に見つかりにくいルートを教えてくれ」


「はい。それでしたら製材所の小屋と花壇の間を真南にお進みください。そこは作業者が利用する獣道ですが、そのまま道なりに。するとやがて真横に街道、正面に小径にぶつかります。そこでは正面をお選びください。街道ぞいの左右どちらにも砦がございますので、その進路は避けてください。正面の小径は入り組んでおりますが、非効率な道であるため軍関係者が使うことは決してありません。そちらから攻め登れば王都は目前……」


「待った! あまりにも的確な助言だな! お前本当に一般人かよ!?」


「ええ。紛れもなく唯の労働者です。それで続きですが……小径経由であれば都の裏手より近づくのが最短です。その辺りは高い崖となっていますが、比較的警備も手薄です。軍部は先の敗戦で機工兵を失っておりますので、一般兵も何かしらの製作に駆り出されておりまして、見回りの兵は普段より少なくなっております。夜陰に隠れるようにして侵入すれば容易く目的を達成できる……」


「だから! なんでそこまで詳しいんだよ!」


「非効率は罪です。それは軍民問いません。問われたので的確かつ正確な情報をお伝えしたまでですが、いけませんでしたか?」


「いや、そんな事はない。そんな事はないんだが……何だか釈然としねえぞ」



オレは不審がって見るが、爺さんはそんな視線にうろたえるばかりだ。

嘘を吐いている……という印象とは少し違うが、コイツは今どういう心境なんだろう。



「あの、すみません。何かお気に障りましたか?」


「いやおかしいだろ。どうして一般人が警備や軍の内実やらを知ってるんだよ。でまかせで話してるか、実はお前が軍属で、オレを罠にはめようと……」


「いえいえ、我々が効率的な作業に従事できるように、国内の情報は全国民に共有されているのですが。他国では違うのですか?」


「ええ……、何だそれ?」



想定外の言葉に二の句が継げなかった。

そういう事情ならば詳しくても不自然じゃない。

だが、その国の在り方は不自然でしかない。

誰か1人でも問い詰められれば、それが即情報漏洩の危機になるだろうに。

まさに今なんか典型的な状況だ。

効率化も突き詰めるとこんな事態になるのか。

知らんけど。



「まぁ、ガセネタでもいっか。最悪敵を全滅させれば良いし」


「私めの話はお役に立ちましたでしょうか」


「たぶんな。ありがとう、オレは先を急ぐ事にするよ」


「あの、指導者様。どうか我らに為すべき事を、仕事を与えいただけませぬか?」


「ええ……? それもオレがやんの?」


「恐れながら申し上げます。もし何もご指示が無ければ、我らは衰弱死するまでこのままでしょう」


「その融通の利かなさは病気か何か?」



仕方ないので、オレはその場にいた全員に命じた。

具体的には『事態が変わるまで自宅にて待機しろ。その間ノドが渇けば水を飲み、腹が減れば飯を食い、読書やらトイレやら風呂やらでコンディションを整えつつ眠気を感じたら眠るように』……と。

早い話が家で休んでろって事だが、ここまで名言しなきゃいけないとはバカバカしすぎる。

それでも彼らは従順だ。

誰1人反発する事なく家路についてくれた。



「さてヘラクレス。オレたちも行くか」


「ヒンッ ブルル!」


「あぁ……出立前にあのバカ4人に伝えとかなきゃな」



ヘラクレスがウンザリしたような声でいなないたので、同行者の存在を思い出した。

ヤツらはいい気なもんで、顔を真っ赤にしながら高笑いを繰り返している。

酒もだいぶ進んでいるようだ。

サボリーマンでももう少し真面目に働くだろうにな。



「なんだミノル。物欲しそうな顔しおって。貴様にやる酒なんぞあるものか」


「そこにウッカリ溢した分なら飲んで良いぞ。手を使わず、口だけですすれ。さながら犬のようにな」



1人が水溜まりを指差すと、連中が腹を抱えて笑いだした。

何が面白いんだかサッパリわからん。

コイツらは宇宙人みたいなものとして向き合った方が、こちらも気が楽になると思う。



「オレはこれからアルフェリア城に攻め込む。テメェらは酒盛りでも監視でも好きなようにしろ」


「何ぃ、城攻めだぁ? 勝手な事を申すな! 我々は酒宴を楽しんでいるのだぞ!」


「気の利かねぇヤツだなぁ。明日にしろ明日に。城に足が生えて逃げる訳でもなしに」


「これだから無位無冠の男は使えん」


「全くだ」



自称『未来の重鎮』が好き勝手に暴言を撒き散らした。

予想以上の反発というか、ダメ人間っぷりには頭痛がする。

もちろんだが予定は変更しない。

このまま城攻めは決行する。

明日にでもなれば、流石に敵方も迎撃態勢を整えるはずだからだ。

というか、こんなクソ意見を取り入れる気は毛頭無い。



「あっそ。好きにしな。オレは王城を落としてくる」


「待て、勝手に動くな」


「お前らこそちゃんと監視しろ。オレがおりをする義理なんか無いんだぞ」


「責務を放棄するつもりか! 戻れ!」



頭痛がピークに達したので、馬首を巡らせてその場を後にした。

背後からは慌てたような物音が聞こえてくる。

やがて罵詈雑言の嵐となるが、ヘラクレスは気にも留めない。

弾かれたように駆け出しただけだ。

だが、彼女はすぐに止まった。



「どうした立ち止まって。行かないのか?」


「ブッヒヒィン!」


「うわっ!」



ヘラクレスがその場で棹立ちになったかと思えば、即座に両足を地面に叩きつけた。

その勢いを乗せて後ろ足を蹴りあげた。

そうやって蹴り飛ばされたのは丸太だ。


何本も積み上げられている丸太が、強烈なキックにより一斉に転がっていった。

制御不能となった木材は不運な事に、真に遺憾ながら、監視の連中を飲み込んでしまった。



「ギャァァアアーー!」



丸太の襲来は勢い凄まじく、断末魔すら下敷きにする程だった。

これは流石に死んだか?

あ、今ちょっと動いた。

じゃあ大丈夫か。



「ヘラクレス! お前はほんといい子だ、よくやった!」


「ブルルル」


「すまんな。お前も嫌な気持ちになったんだな。今度はオレが始末つけるからさ、許してくれよ」


「ブヒィン」



ヘラクレスがオレの方を向き、軽く鳴いた。

まるで『もう少ししっかりなさい』と叱られたような気分だ。

その叱責さえも嬉しくて、それからはつい全力疾走させてしまった。


苦あれば楽あり。

クソうざい連中に粘着されはしたが、おかげで愛馬との絆が深まっていった。

その事実が、異世界にさまよう心を明るく染めてくれた。


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