表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/102

第79話 効率を尊ぶ人々

1人で国を出たはずなのに、いつのまにか騎馬の小隊が後ろを付いてきた。

これは援軍じゃなくて監視だ。

ヤツら自身が名言していたので間違いない。

オレが約束通りアルフェリアに攻め入るか、そして事の成り行きを見守る為に来たんだとか。


それは構わないんだが、進みがとにかく遅い。

愛馬のヘラクレスを疾走させると、ヤツらでは追いつけなくなるからだ。

無視して先行しようとしたら、それだけでも謀反を企てたものとし、ミレイア城を焼くとまで言って脅してきた。

そんな事したら貴族連中の方がよほどに困るだろうに、さも敵方の様な口調で言うんだから意味不明だ。


まぁオレに急ぐ理由はない。

ほどほどの速度で街道を駆け抜けていく。

その時のヘラクレスはというと、相当にご機嫌が斜めってる。

頭を揺らしつつも、11時半の短針の方を向いているのだ。


恐らくオレが抱える怒りを代弁し、外に発信してくれてるんだろう。

いい子だわ。

少なくとも尊大な態度で足を引っ張る連中に比べたらな。



「ミノル止まれ! 隘路あいろだ!」


「またかよクソが」



ヤツらは頻繁に下馬し、進行を妨げた。

倒木、土砂崩れ、川の増水などなど。

なにかに阻まれる度に『待てミノル』だった。

しかも主たる理由が『服が汚れる』っつう話だからバカげてる。

いっぺん死ねと、これまでに何回も思った。


そんな罵倒も4度吐き捨てた頃には、いい加減言葉にするのもアホらしくなり、ため息が代役となった。

今みたいにお坊っちゃん騎兵が追い付いた時なんかは、極めて高打率で活躍するのだ。



「はぁーー。遅すぎ。いくさ舐めてんのか? それでも王国軍人かよ」


「ふん、我らは貴様のような下働きとは違う。将来は国の重職に就くことが約束されたエリートなのだ。このような行軍など、得意である必要は全く無い」


「あっそ。この程度なら末端の新兵でも軽々とこなすけどね。お前らに率いられる兵が憐れで仕方ねえわ」


「無礼な! 今の言葉を取り消せ!」


「待て待て。そう声を荒げるな。こやつの命も所詮アルフェリアまで。構う事はない」


「……ふん。それもそうか。せいぜい首を洗って待っていろ」



今のやり取りの通り、オレは敵地で死ぬという想定らしい。

アルフェリア軍と相打ち、それが出来なくても損害を与えて敵国内で返り討ちに遭うこと。

それがミレイア中枢の弾き出した結論であり、狙いでもあった。

これは割と重要情報な気がするが、上機嫌でこれらをペラペラ喋った監視役は、相当に頭が軽いと思う。

本当にエリートなのか疑いたくなるくらいだ。


それにしてもだ。

ここまでしてオレを死なせたいとか、あまりにも殺意が高すぎる。

なぜ味方につけて上手に扱わないのかが不思議でならない。

よほど『転生者』という存在が目障りなのか、単に気にくわないだけなのか……。



「まぁ、それもどうでも良い話だ。行くぞ、ヘラクレス」


「ブッヒヒィン!」


「うわ! 何をするか!」



高ストレス状態の愛馬は、出発の合図とともに後ろ足を蹴り上げて駆けだした。

足元のぬかるみを巻き上げて飛ばすように。

もちろん至近距離に居た連中は汚された事だろう。

情けない悲鳴を背後に残し、しばらく自由に駆けさせた。


国境を越えても遮る敵はない。

どうやら全体でも5人という小勢では、侵略軍と見られる方が珍しいだろう。

せいぜい物見か配達屋だと思われるのが関の山。

今も領内を思いっきり侵犯しているというのに、警戒するような動きは見られない。

目立つような真似さえしなければ、このまま敵本拠地まで駆け抜けられそうである。



「このあたりは生産施設ばかりだな。木材と……石材か」


ーー薄気味悪いくらいに効率的な働きをする労働者ばかりです。この精密さは異常とすら思えます。


「お前に気味悪がられるとは、よっぽどだな」



アリアに言いはしたが、オレも大差無い印象を抱いた。

資材を運ぶ人、加工する人など分業されているが、一切人間味を感じ無いのだ。

誰もが同じ速度で歩き、寸分違わぬ動きで鉈やノコギリを扱っている。

さながらオートメーション化された工場のようだ。

あるいは箱庭ゲームの住民のような、一糸乱れぬというか、無個性な動きだった。

訓練の賜物だろうが、おおよそ異様なトレーニングが課された事は容易に想像ができる。



「何だか気持ち悪いな。ここは一気に駆け抜けようか」



ヘラクレスを責め立てようとしたら、施設の方から怒号が聞こえてきた。



「貴様! よくも下らん失敗で流れを止めたな! 死ぬ覚悟は出来ているだろうな!」


「ヒィ! お、お、お許しを!」



木材の方でトラブルがあったらしい。

年老いた男が兵士に小突かれている。

そこへ駆け寄る少女が一人。

恐らく老人の身内だろうと思った。



「どうか、父を許してください! ここ何日も眠れていないのです!」


「女! 誰が持ち場を離れて良いと言った! 貴様らは親子揃って仕事を妨げようと言うのか!」


「きゃあああッ!」


「アイーシャ! しっかりなさい、アイーシャ!」


「規則にのっとり、貴様らを処断する。首を出せ!」


「そんな、せめて娘だけでも! まだ15を迎えたばかりの子供でして……」


「ならん! 規則は絶対だ!」



オレはでっかい声で叫ばれた『規則』という言葉に反応してしまった。

それが何となく、ミレイアに居座る『ムイムカン』と煩い連中と重なるようで。


ヘラクレスも同じ気持ちなのか、喚く男の方へ顔を向け、そして疾走しはじめた。

こういう時は特に、慣れ親しんだ仲間の良さを痛感する。

言葉や指示すらなく、思う通りに動いてくれるのだから。



「な、何だ? 馬がどうしてこんな所に……」


「クタバレやオラァ!」


「グアアアア!」



ヘラクレスの勢いも借りて兵士を吹っ飛ばしたんだが、少し派手にやりすぎた。

異変を察知した敵兵が散発的に攻め寄せてきたのだ。

それでもまぁ、バラけてかかってくる分には何ら問題ない。



「反乱だ! そこのみすぼらしい作業者が反乱を起こしたぞ!」


「敵は1人だ! 鎮圧しろぉ!」


「……どいつもこいつも、人を見た目だけで判断しやがって」



誰もオレの事をミノルさんだと、世界に名を轟かせた男だと気付いてくれなかった。

それは敵が対処法を誤ったことでもあるので、こちらとしては大助かりだ。

だが、今ひとつ釈然としないのは、この場においても身なりを悪く言われるからだろう。

あちこちで『浮浪者』だの『みすぼらしい』だの暴言を吐かれて、気分が良いはずもない。

拳が大いに硬く、そして熱くなる。



「誰が浮浪者だオラァ!」


「ゴフッ!」


「肩書き無くて何が悪ィんだボケェ!」


「ガハッ!」


「グエェ」


「一般労働者にちったぁ感謝しやがれバカヤローーッ!」


「ギャァァアーー!」



ひとしきり不満をぶつけた頃には、二本足で立っている兵は居なかった。

ヘラクレスも所構わずお小水を垂らし、まぁいいか、という顔になる。

その顔が嬉しくなって首をなでてやる。

ブルルという鼻の鳴らし方が愛らしく思い、しばらくイチャつくことになった。



「あぁそうだ。じいさんとお嬢ちゃんは大丈夫かな?」


「あ、あぁ……」



兵士に絡まれていた2人は、目を見開いて呆然としている。

宙にさまよわせた手が震えだし、やがて大袈裟なものとなった。

そして金切り声が響き渡る。



「キィヤァアーーッ!」


「お、おい。もう大丈夫だから……」


「ギィヤッ! ギャァアアーーッ!」


「なんだ? あちこちから悲鳴が!」



辺りは一気に狂乱の様相となった。

突然走りだして木にぶつかって倒れるヤツ、作業具を投擲とうてきして遠くに飛ばすヤツなど、労働者たちが揃って暴れだしたのだ。

舵取りの居ない暴動のようなもので、収拾をつけないと怪我人もしくは死人が出るだろう。

ともかく安心させてやる必要があった。



「お前ら、落ち着け! 別にオレは一般人を傷つけに来たわけじゃ……」


「はい! わかりましたッ!」


「えっ……?」



さっきまでの喧騒けんそうから一転。

オレが叫ぶなり、誰もが暴れるのを止め、その場に立ち尽くした。

顔は真正面を向いてるが、その目には一体何を映してるんだろう。



「ええとだな。ともかく、ここに、集まって……?」


「はい、わかりましたッ!」



今度の動きも早かった。

彼らは一瞬のうちにオレの前に集合すると、一矢乱れずに整列した。

両目はまばたきを忘れたように、こちらを凝視しつづけている。



「何だよお前ら。ずいぶん気持ち悪い事するなぁ」


「我らは効率的な行動のみ許されております。それにより不快感を与えてしまいましたら謝罪いたします」


「あー、なるほど。ここはそういうお国柄なのね」


「新しき指導者様。我らに何をお命じくださいますか?」


「えっと、急に命令って言われてもな……」


「どうぞご下命を! こうしている間にも呼吸10回分は怠けてしまいました!」


「どうか早急にご命令を!」


「仕事を、仕事をください!」


「ヒエッ……!?」



彼らの目が、声が再び狂気に染まりだした。

とっさに出た命令は『しばし休め』だった。

皆が一斉に片足を前に出す。

違う、そういうんじゃない。


次に出した命令は『地面に座り、胡座あぐらをかいて待て』だった。

それにもキチンと従ってくれたが、余りにも姿勢が良すぎて、座禅か何かに見えてしまう。

上級者に限っては、頭頂だけを支えにして上下ひっくり返り、そして胡座をかいていた。

荒行かよ。


とても休憩には見えないが、ミノルさんはこの場面で多くを諦めた。

それからは、事情に詳しい人を側に引き寄せ、この国の現状について話を聞くことにしたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ