第79話 効率を尊ぶ人々
1人で国を出たはずなのに、いつのまにか騎馬の小隊が後ろを付いてきた。
これは援軍じゃなくて監視だ。
ヤツら自身が名言していたので間違いない。
オレが約束通りアルフェリアに攻め入るか、そして事の成り行きを見守る為に来たんだとか。
それは構わないんだが、進みがとにかく遅い。
愛馬のヘラクレスを疾走させると、ヤツらでは追いつけなくなるからだ。
無視して先行しようとしたら、それだけでも謀反を企てたものとし、ミレイア城を焼くとまで言って脅してきた。
そんな事したら貴族連中の方がよほどに困るだろうに、さも敵方の様な口調で言うんだから意味不明だ。
まぁオレに急ぐ理由はない。
ほどほどの速度で街道を駆け抜けていく。
その時のヘラクレスはというと、相当にご機嫌が斜めってる。
頭を揺らしつつも、11時半の短針の方を向いているのだ。
恐らくオレが抱える怒りを代弁し、外に発信してくれてるんだろう。
いい子だわ。
少なくとも尊大な態度で足を引っ張る連中に比べたらな。
「ミノル止まれ! 隘路だ!」
「またかよクソが」
ヤツらは頻繁に下馬し、進行を妨げた。
倒木、土砂崩れ、川の増水などなど。
なにかに阻まれる度に『待てミノル』だった。
しかも主たる理由が『服が汚れる』っつう話だからバカげてる。
いっぺん死ねと、これまでに何回も思った。
そんな罵倒も4度吐き捨てた頃には、いい加減言葉にするのもアホらしくなり、ため息が代役となった。
今みたいにお坊っちゃん騎兵が追い付いた時なんかは、極めて高打率で活躍するのだ。
「はぁーー。遅すぎ。戦舐めてんのか? それでも王国軍人かよ」
「ふん、我らは貴様のような下働きとは違う。将来は国の重職に就くことが約束されたエリートなのだ。このような行軍など、得意である必要は全く無い」
「あっそ。この程度なら末端の新兵でも軽々とこなすけどね。お前らに率いられる兵が憐れで仕方ねえわ」
「無礼な! 今の言葉を取り消せ!」
「待て待て。そう声を荒げるな。こやつの命も所詮アルフェリアまで。構う事はない」
「……ふん。それもそうか。せいぜい首を洗って待っていろ」
今のやり取りの通り、オレは敵地で死ぬという想定らしい。
アルフェリア軍と相打ち、それが出来なくても損害を与えて敵国内で返り討ちに遭うこと。
それがミレイア中枢の弾き出した結論であり、狙いでもあった。
これは割と重要情報な気がするが、上機嫌でこれらをペラペラ喋った監視役は、相当に頭が軽いと思う。
本当にエリートなのか疑いたくなるくらいだ。
それにしてもだ。
ここまでしてオレを死なせたいとか、あまりにも殺意が高すぎる。
なぜ味方につけて上手に扱わないのかが不思議でならない。
よほど『転生者』という存在が目障りなのか、単に気にくわないだけなのか……。
「まぁ、それもどうでも良い話だ。行くぞ、ヘラクレス」
「ブッヒヒィン!」
「うわ! 何をするか!」
高ストレス状態の愛馬は、出発の合図とともに後ろ足を蹴り上げて駆けだした。
足元のぬかるみを巻き上げて飛ばすように。
もちろん至近距離に居た連中は汚された事だろう。
情けない悲鳴を背後に残し、しばらく自由に駆けさせた。
国境を越えても遮る敵はない。
どうやら全体でも5人という小勢では、侵略軍と見られる方が珍しいだろう。
せいぜい物見か配達屋だと思われるのが関の山。
今も領内を思いっきり侵犯しているというのに、警戒するような動きは見られない。
目立つような真似さえしなければ、このまま敵本拠地まで駆け抜けられそうである。
「このあたりは生産施設ばかりだな。木材と……石材か」
ーー薄気味悪いくらいに効率的な働きをする労働者ばかりです。この精密さは異常とすら思えます。
「お前に気味悪がられるとは、よっぽどだな」
アリアに言いはしたが、オレも大差無い印象を抱いた。
資材を運ぶ人、加工する人など分業されているが、一切人間味を感じ無いのだ。
誰もが同じ速度で歩き、寸分違わぬ動きで鉈やノコギリを扱っている。
さながらオートメーション化された工場のようだ。
あるいは箱庭ゲームの住民のような、一糸乱れぬというか、無個性な動きだった。
訓練の賜物だろうが、おおよそ異様なトレーニングが課された事は容易に想像ができる。
「何だか気持ち悪いな。ここは一気に駆け抜けようか」
ヘラクレスを責め立てようとしたら、施設の方から怒号が聞こえてきた。
「貴様! よくも下らん失敗で流れを止めたな! 死ぬ覚悟は出来ているだろうな!」
「ヒィ! お、お、お許しを!」
木材の方でトラブルがあったらしい。
年老いた男が兵士に小突かれている。
そこへ駆け寄る少女が一人。
恐らく老人の身内だろうと思った。
「どうか、父を許してください! ここ何日も眠れていないのです!」
「女! 誰が持ち場を離れて良いと言った! 貴様らは親子揃って仕事を妨げようと言うのか!」
「きゃあああッ!」
「アイーシャ! しっかりなさい、アイーシャ!」
「規則に則り、貴様らを処断する。首を出せ!」
「そんな、せめて娘だけでも! まだ15を迎えたばかりの子供でして……」
「ならん! 規則は絶対だ!」
オレはでっかい声で叫ばれた『規則』という言葉に反応してしまった。
それが何となく、ミレイアに居座る『ムイムカン』と煩い連中と重なるようで。
ヘラクレスも同じ気持ちなのか、喚く男の方へ顔を向け、そして疾走しはじめた。
こういう時は特に、慣れ親しんだ仲間の良さを痛感する。
言葉や指示すらなく、思う通りに動いてくれるのだから。
「な、何だ? 馬がどうしてこんな所に……」
「クタバレやオラァ!」
「グアアアア!」
ヘラクレスの勢いも借りて兵士を吹っ飛ばしたんだが、少し派手にやりすぎた。
異変を察知した敵兵が散発的に攻め寄せてきたのだ。
それでもまぁ、バラけてかかってくる分には何ら問題ない。
「反乱だ! そこのみすぼらしい作業者が反乱を起こしたぞ!」
「敵は1人だ! 鎮圧しろぉ!」
「……どいつもこいつも、人を見た目だけで判断しやがって」
誰もオレの事をミノルさんだと、世界に名を轟かせた男だと気付いてくれなかった。
それは敵が対処法を誤ったことでもあるので、こちらとしては大助かりだ。
だが、今ひとつ釈然としないのは、この場においても身なりを悪く言われるからだろう。
あちこちで『浮浪者』だの『みすぼらしい』だの暴言を吐かれて、気分が良いはずもない。
拳が大いに硬く、そして熱くなる。
「誰が浮浪者だオラァ!」
「ゴフッ!」
「肩書き無くて何が悪ィんだボケェ!」
「ガハッ!」
「グエェ」
「一般労働者にちったぁ感謝しやがれバカヤローーッ!」
「ギャァァアーー!」
ひとしきり不満をぶつけた頃には、二本足で立っている兵は居なかった。
ヘラクレスも所構わずお小水を垂らし、まぁいいか、という顔になる。
その顔が嬉しくなって首をなでてやる。
ブルルという鼻の鳴らし方が愛らしく思い、しばらくイチャつくことになった。
「あぁそうだ。じいさんとお嬢ちゃんは大丈夫かな?」
「あ、あぁ……」
兵士に絡まれていた2人は、目を見開いて呆然としている。
宙にさまよわせた手が震えだし、やがて大袈裟なものとなった。
そして金切り声が響き渡る。
「キィヤァアーーッ!」
「お、おい。もう大丈夫だから……」
「ギィヤッ! ギャァアアーーッ!」
「なんだ? あちこちから悲鳴が!」
辺りは一気に狂乱の様相となった。
突然走りだして木にぶつかって倒れるヤツ、作業具を投擲して遠くに飛ばすヤツなど、労働者たちが揃って暴れだしたのだ。
舵取りの居ない暴動のようなもので、収拾をつけないと怪我人もしくは死人が出るだろう。
ともかく安心させてやる必要があった。
「お前ら、落ち着け! 別にオレは一般人を傷つけに来たわけじゃ……」
「はい! わかりましたッ!」
「えっ……?」
さっきまでの喧騒から一転。
オレが叫ぶなり、誰もが暴れるのを止め、その場に立ち尽くした。
顔は真正面を向いてるが、その目には一体何を映してるんだろう。
「ええとだな。ともかく、ここに、集まって……?」
「はい、わかりましたッ!」
今度の動きも早かった。
彼らは一瞬のうちにオレの前に集合すると、一矢乱れずに整列した。
両目はまばたきを忘れたように、こちらを凝視しつづけている。
「何だよお前ら。ずいぶん気持ち悪い事するなぁ」
「我らは効率的な行動のみ許されております。それにより不快感を与えてしまいましたら謝罪いたします」
「あー、なるほど。ここはそういうお国柄なのね」
「新しき指導者様。我らに何をお命じくださいますか?」
「えっと、急に命令って言われてもな……」
「どうぞご下命を! こうしている間にも呼吸10回分は怠けてしまいました!」
「どうか早急にご命令を!」
「仕事を、仕事をください!」
「ヒエッ……!?」
彼らの目が、声が再び狂気に染まりだした。
とっさに出た命令は『しばし休め』だった。
皆が一斉に片足を前に出す。
違う、そういうんじゃない。
次に出した命令は『地面に座り、胡座をかいて待て』だった。
それにもキチンと従ってくれたが、余りにも姿勢が良すぎて、座禅か何かに見えてしまう。
上級者に限っては、頭頂だけを支えにして上下ひっくり返り、そして胡座をかいていた。
荒行かよ。
とても休憩には見えないが、ミノルさんはこの場面で多くを諦めた。
それからは、事情に詳しい人を側に引き寄せ、この国の現状について話を聞くことにしたのだった。




