第74話 非道なる策
人の鎖というのは、大きなデモ活動なんかで使われる手段らしい。
固い結束や意思を示す為だろう。
そんなものを、こうして戦場で見ることになるとは思わなかった。
城の外、そして城壁の上を老若男女が埋め尽くしている。
全員が平服で武装をしていない。
戦うつもりが無いことは明らかだった。
「クソッ。これじゃ弓も大砲も魔法攻撃だってダメだ。大勢を巻き込んじまう……」
「おのれ、おのれぇ! 無辜なる民を戦の道具にするとは、恥を知れーーッ!」
「待てオッサン、戻れ!」
頭に血が昇ってしまったのか、単騎で駆けていった。
慌ててオレとメイファンも後を追いかける。
後続の騎兵も遅れて続いた。
ヘラクレスを必死に急き立てるが、中々追い付けない。
それでもどうにかオッサンの横につけ、手綱を奪い、愛馬の自由を奪った。
棹立ちになりながらも止まる。
「ミノル殿、何をする! 放してくれ!」
「ダメだオッサン! 無闇に戦えば大勢が死んじまう!」
「落ち着きなよアンタ! 目の前のヤツらはみんな人質なんだよ?」
「ぬぅぅ……ッ!」
民間人の鎖は2段。
それぞれの後ろには何百人ものアルフェリア兵が控えている。
連中はその気になれば、目の前の無防備な人たちを殺すことだって出来てしまう。
最低の発想の戦略だと言えた。
「ハーッハッハ! ようこそミレイア敗残兵の諸君。懐かしき民との再会はいかがかな?」
「誰だお前は!?」
「私はこの王都を任されている、アルフェリア軍の総司令官だ。名乗るのは……やめておこう。どうせお前たちは間も無く死ぬのだからな」
「なんだとッ!」
「大人しく投降せよ! さもなくば、この者たちの命はないぞ!」
その言葉を合図に、アルフェリア軍が一斉に剣を抜いた。
そして切っ先が目の前の人々に向けられた。
子供も女性も関係ない。
外道そのものの戦法だが、その効果は十分過ぎるほどだった。
「……分かった、投降しよう。だから誰にも手を出すな!」
「ミノル殿!? 何を言うのだ!」
「オッサン、オレに考えがある。どうにか堪えてくれ」
「ちょいと大将! 戦いもしないで降れって言うのかい!? アタシは認めないよ!」
「メイファンも頼む! それとも大勢の人を死なせながら戦いたいのか?」
「それは……チクショウ!」
「アルフェリア軍、よく聞け! オレたちは降伏する!」
「フフフ、物分かりが良くて手間が省けるよ。縄を打てい!」
城から現れた敵によりオレたちは縛り上げられた。
その縄からは、かなり強い魔力が感じられる。
きっと用心したからだろう。
オレはもちろん、オッサンとメイファンも同じ扱いのはずだ。
トガリや手下の騎兵も囚われの身となり、不名誉な姿で王都の門を潜るハメになった。
「クフフフ。まさか労せず大戦果を挙げられようとは……我が知略には恐ろしさすら感じるなぁ」
出迎えた指揮官は、初老の小男だった。
ピンと伸びた口ひげが、ふんぞり返った姿勢のせいで不快さに拍車をかける。
「猛将グランドよ。こうなってはその武力も形無しだなぁ? いかに強かろうとも、智恵を前にしては無力であるな」
「……ヌゥ」
「それから気味の悪い小僧よ。貴様には散々煮え湯を飲まされたなぁ。たとえ死体になったとしても、墓石すら与えられぬだろう。永劫に魂をさまよわせ、限りの無い苦痛に悶え苦しめ」
「へぇ、おっかないね」
「そして小娘。そなたはアシュレイルのレアル王の許へ送る。どこが良いのか理解に苦しむが、あの方はそなたに執心のご様子。存分に可愛がってもらえ」
「ハン! やれるもんならやってみな。玉ごと食い千切ってやるよ」
「ハッハッハ。その気丈さもいつまで保つか見ものだなぁ」
上機嫌の指揮官だが、少し遠くから見下ろしている。
まだ警戒を解いていないのかもしれない。
「さて、男共は残念ながら死ぬこととなる。ここでまとめて死ぬも良し、アルフェリアにて公開処刑されるのも一興。好きな方を選びたまえ」
「……か」
「うん? 何と申した、聞こえぬぞ?」
撒いたエサに食いついた。
嗜虐心が警戒心を上回りかけているようだ。
事実、指揮官は単身でオレの方に近づいてきている。
その距離5歩。
あともう少し近寄って欲しい。
「……ぁか」
「んんー? どうした、悔しさの余り言葉もないか? どうなのだ?」
3歩半。
もう十分だ。
オレは苦もなく縛めを引きちぎり、指揮官に飛びかかった。
相手はマヌケ面を晒すばかりで、抵抗らしい動きは何もない。
腕を捻りあげ、その場に引き倒して自由を奪った。
「はい。形勢逆転だな」
「き、貴様ァ! なぜ動ける! その縄は大魔獣すら虜に出来る代物だぞ!」
「あっそ。だったらオレは大魔獣よりも強い。それだけの事だ」
「バカな! こんなデタラメな話があってたまるか!」
「悔しがるのは後にしろ。それよりも部下に命じろよ、街の人たちを解放しろってな」
「誰がそんな命令を! 人質が手元にある以上、私の優位は変わらない……ィイイッ!?」
断られるのも想定済み。
だからミノルさんはお手軽に拷問を始めるのだった。
今試したのは『十指の悶』という、思い付きの技だ。
その激痛から、10発も受けるとショック死してしまう。
即死じゃないところが優しくもあり、嫌らしくもある。
ちなみにどれほどの痛みかと言うと、親知らずを抜いた後、経過が悪くてドライソケット化したときのものと同等だ。
オレが身をもって体験した時は、転がる程の痛みだったと鮮明に記憶している。
正直なところ、一撃でも気が狂わん程のものだろう。
「今……何をした! 私に何をしたぁぁあ!」
「うーん。お願い、かな? ちなみに今のをあと9発やったら確実に死ぬからな」
「な、何だと!?」
「じゃあ続きいきまーす。ふたーつ、みーっつ、よぉーっつ」
「アギャア! アギィ! ヒギィイ!」
だいぶ痛いんだろうなぁ。
声の裏返り方がヤバい。
もちろんいきなり殺す気はないので、8発目くらいで一旦は止めようと思ってる。
もし10発前に死んじゃったら……まぁ、その時はその時だ。
「いつーつ、むーっつ、なな……ヘップショイ!」
「おやミノル殿。風邪か?」
「そうなんだよ。ここ2・3日鼻の調子が悪くって」
「そうか。強壮剤を5つ持っている。1つ分けようか?」
「いや良いよ。結構高いじゃんそれ。賎貨8枚だったよな?」
「いや、安く手に入ってな。6枚だ」
「うーん。辛くなったら貰うかも。その時は友達価格ってことで5枚で売ってくれ」
「金など要らぬよ」
それはともかく『お願い』の再開だ。
……あれ、何回刺したっけ?
5個だの6枚だの言ってたら分からなくなった。
まぁ、適当でいいか。
「えーっと、いつーつ……」
「アギャア! もっもももう、止めてくれぇッ!」
「止めてくれって何だよ。ミノルさんはもっと嬉しい言葉が聞きたいなぁ」
「降る! 降参だ! 人質も解放する! だから殺さないでくれぇぇ!」
上官から下士官へと『降伏だ』という言葉が伝わっていった。
彼らからしたら驚きの連続だった事だろう。
何せオレらを無傷で捕らえたかと思えば急転直下。
自分達の総大将を奪われ、逆に捕虜になるというのだから。
近くの敵から武器を捨て始めると、壁上のヤツらもそれに倣う。
そして城外も同じ様になった。
これで制圧完了。
王都ミレイアを、とうとうこちらの手に取り戻す事が出来たのだ。
アツい城攻めとか無い。
チェックメイトと応酬だけで終わるという、大陸史に記したくなる程の大味な戦だと思った。
「者共ォ、我らの勝利だーーッ!」
「おおーーッ!」
「ミレイアを、故郷を取り戻したぞーーッ!」
「おおーーッ!」
みんなが勝ちどきを上げた。
いつの間にか自力で自由を得たオッサンとメイファンの拳が、高々と掲げられる。
他の騎兵も自由になった者が縛めを解いて回り、すぐに全員が立ち上がった。
そして張り裂けんばかりに叫んだ。
歓喜の声。
それは喜んでいるようであり、泣いてるようにも聞こえる。
実際に兵の中には、涙を流してうつむく者さえ居た。
やっぱりここは彼らにとって特別な城なんだ。
戦が肩透かしだったことも、その姿を見てどうでも良くなった。
むしろ被害を出すことなく落とせたことを、喜ぶべきだと思う事にした。




