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第70話 騎兵は誉れ

大陸の命運をかけた決戦。

それはおよそ半月後に起こる。

戦争ってのはとにかく準備期間が長く、こなすべき仕事も多い。

計画した翌日に攻め込むなんて事はなかなか出来る事じゃない。


エレナリオやディスティナとは連絡を密に取り合い、各国で足並みを揃えなくてはならない。

単独行動や抜け駆け、遅参などのトラブルが起きないようにするためだ。

せっかくの同時侵攻戦。

些細なミスで不意にしたくはない。


大戦を前にして、関係各所は忙しそうだ。

オッサンやトガリは部下の訓練に手一杯で、スミヤスやマルガリータたちは物資の予備を増産している。

シンシアたちも保存食の製作に追われていた。


そんな折りに、珍しくミノルさんは暇だった。

仕事はあると言えばあるけども、急ぎのものが全く無い。

なのでここは1つ、かねてより憧れてたスキルの習得に時間を割くことにした。



「ミノルー、がんばってぇー」



付き添いであるレジーヌの声が、村外れの空き地に響く。

アイツも手が空いて暇になったらしい。

できればコッソリ1人で練習したかったんだが、追い払う名目も特になく、こうして同席を許している。



「あんまり恥ずかしい姿を見られたくないんだけどな……うわぁっ!?」


「危ない!」



棹立ちになった馬の背から転げ落ちてしまった。

そうオレは今、乗馬の練習中なのだ。

ここ最近時間を見つけては必死に取り組むのだが、どうにも上達していかない。


正直な話、オレには馬に乗るメリットがない。

なにせ自分の足で走った方が早いからだ。

空を飛んだなら段差や障害物すら物ともしないのだから、移動手段としてはオレ自身の方が段違いに優れていると言える。


じゃあなぜ馬に乗るのか。

それは格好良いからだ。

騎乗の人となって戦場を縦横無尽に駆け抜けて、敵を打ち倒す姿とか最高に憧れる。

そんなオレを見て人々は噂する事だろう。


……人馬一体のミソ将軍と。


ふふ、想像しただけでも照れるぜ。



「だからねお馬ちゃん。いい加減背中に乗せておくれ……」


「ブッヒィイン!」


「おわぁっ!?」



背中を打ってお空が見える。

うん、やっぱり上手く行かない。

アブミ、乗る、ヒヒィン、ドサリ。

アブミ、乗る、ヒヒィン、ドサリ。

何度もトライするが1度だって乗れた試しがなかった。


馬番が言うには大人しい馬らしいが、もしかすると悍馬かんばなんじゃないかと思う。

隠れ肉食男子みたいな、ロールキャベツ男子という言葉が一時期もてはやされたが、そんな感じの。



「見てらんないなぁ。ちょっとそこで見ててよ」



地面に寝そべるオレに鼻息をプレゼントし、レジーヌが獰猛な悍馬のもとへと歩み寄った。

咄嗟に止めようとしたが、その慣れた様子を見せつけられると言葉が出ない。

彼女はまず馬の目を見つめ、少しばかり首筋をなで、小さく語りかけた。



「怖がらないで。ちょっとだけ背中に乗せて欲しいだけなの」


「あれ? なんか良さげな雰囲気だな。さすがは王族ってことか」


ーーミノル様。ここは起き上がらずに、そのままの姿勢で見守りましょう。


「何でだよ。オレに寝てろってのか」


ーーその方が細部まで良く観察できますので。


「ホントかよ……まぁそこまで言うなら」



半信半疑ながらも、諌められた通りに寝転がって成り行きを見守った。

レジーヌは変わらず馬を慈しんでいる。

それから首を軽く2度叩き、アブミに足を乗せると、そのまま軽々と跨がった。

オレはつぶさに見てしまった。

舞い上がるスカートの裾、真っ白な素肌と、その奥の布地を。



「アリアてめぇ。何やらせんだよ」


ーーこういうのがお好きかと思いましたが、お楽しみいただけたなら幸いです。


「ふざけんなよ、人を変質者みてぇに……」


「ねぇミノル。ちゃんと見ててくれた?」


「見てない! 全ッ然見てないぞ!」


「ええ……? 何でよそ見をしてるのよぉ」


「あぁ、いや、それは見たぞ! 見たけど見てないんだ!」


「んんーー? んんん??」



怪訝けげんそうな顔をするレジーヌにはひとまず降りてもらい、オレも早速真似をしてみる。

最初に首を撫でるんだったな。



「そろそろ乗せてくれな。いいだろ?」


「ブルル……」



今度は反応が少しばかり違う風だった。

オレの事をじっと見つめ、その両耳もこちらにシッカリと向けられている。

ここに来てようやく懐いてくれたかな?

そう思えば、ジンワリと愛着がわいてくる気がした。


それから首筋を2回叩き、アブミに足をかける。

そしていざ、騎乗の人へ!



「ブッヒィイン!」


「おわっ!?」



結論、失敗。

背中から地に落ちる。

もういっその事寝そべって余生を過ごしてやろうかな、へへっ。



「うーん。なんかダメね。怯えてるのかしら?」


「ひでぇよな。オレは仲良くなりたくて仕方ないってのに」


「馬は人を見るって言うわ。だから、この子とお友達になっちゃえば簡単だと思うの」


「友達ねぇ。具体的には?」


「そうね……名前で呼んであげるとか」



言われてふと気づくが、コイツにはまだ名前がない。

馬番も『そこの茶色いやつ』とか言ってたっけ。

それはどうにも不便だし、何より可哀想だと思った。



「じゃあさ、オレが名前をつけてやるよ。いいだろ?」


「あら。まだ無かったのね。だったら素敵なのをお願いね」


「ええと、ミソ小町ってのはどうだ? オレの故郷にそれは素晴らしい調味料が……」


「ブッヒィイン!」



馬が棹立ちになって前足を繰り出してきた。

それは見事オレのアゴにクリーンヒットする。

体にダメージは無いが、心がズキンと痛む。



「クソッ。却下かよ!」


「気に入らなかったみたいね。別なのにしたら?」


「うーん。じゃあミソラさんっていうのは……」


「ブッヒィイン!」


「これもダメかよ!」



ここからオレは思い付く限りにミソネームを並べていくが、その結果は惨憺さんたんたるものだった。



「じゃあ、はにかミソ!」


「ブヒィン!」


「切れたカミソリ!」


「ブッヒィン!」


「キャミソール!」

「ミソッカス豚野郎!」

「カスミソウ!」

「あいつバイトを休ミソう!」



ダメだ。

あらゆるミソ引き出しを開け放ったが、その全てが通用しなかった。

汗がアゴから滴り落ちる。

激戦のあまり体力の消耗が激しい。

そして、心が痛すぎる。


そんな長い戦いも、とうとう終わりが見えてきた。

次の一手が最後となるだろう。

こちらはアイディアの枯渇が見えてるし、馬の方は体力限界が間近で、足を生まれたての様に震えさせている。

何か、何か使えるものはないか。

オレは必死に思考を巡らせ続けた。



「うーん、うーん。どうすっかな」


「だいぶ難航してるわね。私が考えようか?」


「うーん。身体的特徴で攻めるか、うーん」



馬の体は茶色をベースとしているが、顔に黒い毛で模様が出来ていた。

額から鼻に向かって一筋の黒い線がある。

それがカブトムシの角のように見えて、とある言葉が頭によぎった。



「へ、ヘラクレス! ヘラクレスはどうだ!?」


「……ブルル」



ようやく合格を貰えたらしく、拒絶反応は見られなかった。

思わず力が抜け、馬の背に寄りかかってしまう。



「はぁーー、疲れた! 時間かけすぎだろ」


「ヘラクレスって聞きなれない言葉だけど、どんな意味があるの?」


「神話に出てくるメチャクチャ強い男だよ。神様の血を引いてるっていう設定のさ」


「男の神様なの? この子は女の子よ?」


「えっ。マジで!?」



改めて馬を見るが、時すでに遅し。

彼女は完全にヘラクレスという呼び名を気に入ってしまったようである。



「レジーヌ。由来はみんなに内緒な? これは何と言うか、花の名前ってことにしよう」


「う、うん。構わないわよ」


「よろしくな、ヘラクレス」


「ヒンッ」



不思議なもんで、それからのオレたちは急接近を果たした。

何度やっても背に乗せて貰えなかったのに、今や当然のように跨がれるのだ。

それからは手綱の使い方もレジーヌから教えてもらう。

すると、夕暮れまでには疾駆させられるまでになった。


今日1日で随分と様になったと思う。

後は数をこなすだけで、馬術は上達することだろう。

オレは気持ち良く駆けるヘラクレス(♀)のたてがみを眺めつつ、人馬一体となる未来を夢想し続けた。


ご愛読ありがとうございます。

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