第66話 無謀なる闘い
オッサンたちがエレナリオから帰還した。
ひとまず安全の確保が完了したようだ。
それは西部戦線にしても、夫婦間の仲違いについてもだ。
メイファンは仕事以外はオッサンから離れようとせず、延々べったりと寄り添ってる。
今から新婚暮らしを取り返す気なんだろうか。
「すげぇ絵面だな。見てて落ち着かないんだが」
「まぁ……賑やかになって良かったじゃない」
「でもよぉ。こんな光景見せつけられると食事が捗らねえよ」
「そうね。ついつい見ちゃって、手元が疎かになるもんね」
今はお昼時であり、食堂には多くの人が顔を揃えている。
ここのテーブル向かいにはオッサンが座り、その両隣をメイファン、そして子猫のメイシンが陣取っている。
どちらも意中の男の気を引くのに、必死にミャンミャンと鳴き喚くのだ。
「ほらグランド。ちゃんとフゥーフゥーしてやったぞ。さぁ飲め、やれ飲め、正妻の吐息とともにググッとな!」
メイファンはスプーンで掬ったスープを差し出している。
一口ごとにその流れをやるつもりか。
やかましい介護だな。
「ミャンミャン! ミィヤン!」
メイシンは机の上にトカゲを乗せた。
それは半死半生のようで、たまにビチビチと机に尾を叩きつけている。
狩りのトレーニングをさせるのかな?
「クソ猫あっちにいけ! 夫婦の時間を邪魔すんじゃないよ!」
「フシャーー! シャァァア!」
もしかしなくても両者の間柄は険悪だ。
どちらも己が正室であることを譲る気はないらしい。
まぁ普通に考えて、人間のメイファンが妻になのが当然だが、そんな理屈は猫に通じるハズもなく。
ーーパシンッ!
先手を仕掛けたのは……メイシンだ。
鋭い猫パンチがスプーンの胴を薙ぎ、スープが辺りに飛び散った。
それでオッサンの頬がしっとり濡れる。
妻の吐息入りだからか、顔を汚されても怒らなかったが。
「テンメェ! ブッ殺してやるぁ!」
「フミャァア!」
一方、こっちはヒートアップしてしまう。
拳が鋭く繰り出される。
相手は子猫にも関わらず、メイファンはお構いなしに攻撃した。
だがメイシン、見事な跳躍で難なくかわす。
そして繰り出された拳に見事着地。
そのまま腕伝いに登り、顔に強烈な爪打を浴びせた。
新婚奥さんの鼻先が朱に染まる。
これには本当の大激怒。
握り直された拳は鋼よりも固そうに見えた。
「もう許さねぇ! ミンチ肉にして晩飯に食ってやるぁ!」
「おいシンシア。あんな事言い出したぞ?」
「ヒェッ! そんなもん持って来られても困りますよぉ……」
メイファンが鶴のような構えで跳ぶ。
迎えるメイシンも鳳凰のように空を舞う。
一進一退。
両者一歩も譲らぬ激しい攻防戦が繰り広げられる。
周囲の団らんを破壊しながら。
「オッサン、あれ止めてこい」
「難しくある。介入するのなら、手荒な対処となろう」
「ねぇグランド。こんな関係を続けていくのは厳しいわ。あなたはどうしたいの?」
三角関係、現地妻と正妻。
そんな不埒な言葉がふと浮かぶ。
果たして猫が浮気相手として成立するかは知らんが、争い方は痴情のもつれそのものだ。
ここは大黒柱っぽくビシッと決めて欲しいが。
「ワシとしては、ともかく仲良くやってもらいたい」
「その為の手段というか方法は?」
「別段無い」
「これはダメね」
「ダメみたいですね」
荒くれ者すら怯える武人がまさかのヘタレだった。
複数の女性を抱える身なら、時には非情さも示さなくてはならない。
順位付けしたり役割決めといった決断が必要だ。
だがオッサンは無策に放置し、成り行きに委ねようと責務をブン投げている。
異名轟き、面倒見もよく清廉な男だが、女の扱いは恐ろしく下手だ。
まぁそれくらいの弱点があった方が人間味はあるけども。
「良いから止めてこいよ。みんなが迷惑してるだろ」
「致し方なし」
オッサンはフラりと立ち上がり、ゆっくりとメイファンたちの元へと近づいた。
殴りあいが白熱している2人はそれに気づかない。
流れるような仕草で手刀が飛び、メイファンが気絶、首根っこをつままれてメイシンが行動不能。
こうして死地を瞬く間に制圧してしまったのだ。
『臭いものにフタ』理論によって。
「まったく……ところでトガリはどうした? 姿が見えねぇが」
「うーん。やる事があるから、食事は後でって言ってたわよ」
「何だそれ。飯も食わねぇでどうしたんだよ」
「教えてくれなかったわ……。なにか思いつめたような顔をしていたわね」
「うーん。気になるな、ちょっと様子見てくるよ」
「ありがとう、お願いね」
レジーヌも連れていこうかと思ったが、それはやめておいた。
男同士の方が話をしやすいかもしれないからだ。
食堂を後にしてトガリを探す。
と言ってもあちこち駆けずり回る必要はない。
アリアによって、練兵場に居ることが分かったからだ。
「飯食わねぇで何やってんだろうな、アイツ」
ーー男が独りきりで隠るのは、己の槍の扱いを学ぶ為です。
「何か特訓でもしてんのかな。その辺も詳しく聞けりゃいいが」
ーーですから、『己の槍』の扱いを……。
「つっこまねぇからな色情魔」
練兵場までやってくると、トガリはそこにいた。
蚊の鳴くような声、尻を叩いたような打撃音。
こう表現すると卑猥な響きになるが、彼は真面目に訓練をしている最中だ。
よほど根を詰めて臨んでいたらしい。
体の軸がぶれ、手足がまともに上がっていない。
だがそんなコンディションになっても、彼は的を叩くことを止めようとはしなかった。
「おーい、トガリ」
「は、はぃぃ。何か、ご用で?」
「頑張ってるようだが、もう昼だ。ちゃんと食わないと強くはなれないぞ?」
「で、ですがぁ……」
「良いから良いから。あんまり遅れると食うもん無くなるって」
「は、はいぃ。わかりましたぁ」
渋々だが納得してくれた。
トガリは訓練用の的を名残惜しそうに眺めたあと、怪しげな足取りで去っていった。
ここまで無茶をしてしまうのは、彼の若さ故か。
それでふと思い出す。
オレも高校生の時、一睡もしないでゲームの特訓をしたことがあったっけ。
ひたすら画面内に転がるボールを追い続けたさ。
あれは不思議なもんで、体力限界までプレイすると、目を瞑ってても画面が浮かんでくるのな。
そんで脳内でトレーニング出来ちゃったりすんの。
まるで網膜に入れ墨でも入れたかのような気分になったもんだ。
懐かしや我が青春。
「……なんて浸ってる場合じゃないな。どうにかして止めさせないと。体壊してから悔やんでも遅いしな」
ーーあの男には強烈な願望がありました。容易く妥協するとは思えません。
「何か理由があるんだろうな。そこを紐解くのが先決か」
どうにかトガリと話をしたかったが、運悪く彼と行き合えないままに終わる。
最近は訓練がてらディスティナ方面まで出向く事もあるらしく、この日の翌日は既に村を発っていたからだ。
派遣中も無茶してなきゃ良いが、そこはオッサンの裁量に委ねるしかなく、オレに出来ることは何もない。
そんな日々を過ごしていると、とうとう問題が起きた。
とある深夜。
秋の虫たちの合唱に耳を楽しませながら、オレは救難石の改良版を製作していた。
意外にてこずったが、やっとのことで『オン・オフ機能』の搭載に成功し、それを人数分だけ量産していた時の事。
手頃な石を全て使い果たしてしまい、それを調達してくる必要が出たのだ。
「石コロちゃんが無きゃあね、何もやれんよってくらぁ……」
家の周りの手頃な石は全て回収済みだ。
だから割と遠くまで足を伸ばすことになる。
深夜の村は不気味だ。
灯りもほとんど無く、重たい静寂があり、虫たちが懸命に鳴いて対抗しようとしている。
その健気さには感謝せざるを得ない。
「ここいらにも無いか。崖の方まで行かなきゃダメかねぇ」
シトシトとした雨が降り続けているので、とっとと石を集めて戻りたかった。
冬手前とはいえ夜は冷える。
体を濡らせば風邪を引きかねないだろう。
そう思って坂を駆け足で登っていったのだが。
「うん? 誰かいるのか?」
練兵場から微かに音が聞こえてきた。
パシリ、パシリと断続的に何かを叩く音。
それを聞いた瞬間、血の気が引いた。
思い返せば、今日の夜に部隊が戻ってきたばかりだ。
そこまで思い至るなり体が動く。
飛ぶようにして練兵場に向かうと、そこにはやはり彼が居た。
「トガリ! お前何やってんだよ!」
「うぅ……あぅぅ……」
トガリは前と同じように的と向かい合っていた。
拳を打ち付けているが、もはや精魂尽き果てたという有り様で、全く訓練の体を成していない。
そして消耗ぶりが尋常じゃない。
このまま放っておいたら、死ぬまで動き続けてしまいそうだ。
オレは見かねてトガリを羽交い締めにした。
その全身は雨で酷く濡れている。
そのクセに異常なほどに熱かった。
「お前、酷い熱じゃねぇか! いい加減休めよ!」
「ダメだ……僕は強く。強くならなくちゃあ……」
「お、おいトガリ! しっかりしろ!」
そこで彼は気を失い、体をオレに預けた。
あまりにも衰弱が激しい。
これは早急に手を打たないとマズイかもしれない。
「誰か! 誰かいないか! 病人だ!」
深夜の村を駆け回る。
依然として辺りは寝静まったままだ。
誰かの助けが現れるまで、オレは声が枯れる程に叫び続けた。
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