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第56話 ある男の末路

騎士団より追放。

それが国の決定だ。

こちらの正論など一切聞く耳をもたず、ただ「あらゆる騎士権限を剥奪する」と、団長は繰り返すばかりであった。

目は酷く濁り、声は重苦しい程に低かったと鮮明に覚えている。

そして、何を言っても「議論の余地は無い」との一点張りだった事も。


これは間違いない。

団長をはじめ、全ての人間は洗脳されているのだ。

あのミノルという忌々しき男によって。

怪しげな魔法に長けているというから、意識を操り、支配することも容易いはずだ。


もちろんレジーヌも。

何度も彼女のもとを訪った。

やはり1度として会うことは叶わなかった。


だが窓からほんのひと時だけ、横顔が見えたことがあった。

憂いを秘めた、とても寂しげな眼差し。

それを思い出す度に胸が張り裂けそうになる。

彼女の心はまだ生きている。

卑劣な魔術によって思考を支配されつつも、魂がそれを拒んでいるのだ。


ーー私との真実の愛を貫くために!


なんといじらしい女だろうか。

今すぐにでも抱き締めたい、口づけを交わし、丸裸にしてしまいたい。

朝も夜もなく求め合い、延々と交合していたい。


だが、それも当分は叶わないだろう。

私は今や囚われの身と何ら変わらない。

鉱山開発という名目のもと、人里離れた洞窟へと連れられ、強制労働をさせられているからだ。



「おぉい『元』騎士様よぉ。ボサッとしてないで、後ろの石を運んでいってくれよ」


「何言ってんだよ。『元見習い』騎士の間違いだろ?」


「ワッハッハ! こいつぁウッカリだ!」



下々の賎しき者ごときがやかましい。

気でも狂ったのか、私に土砂を運べと言う。

全身を泥だらけにし、ツルハシを振るうしか脳の無い男の分際でだ。

騎士たる者、ましてや国王に至るであろう私に対して無礼だと思わないのだろうか。



「そもそも下層民に、道理や礼儀を期待する方が間違っているか……」



連中の世迷い言はさておき、私は計画を練ることとしよう。

もちろん国に巣食う悪漢ミノルを討ち果たす為にだ。

手元に紙など無い。

ひとまず地面に村の概形を描く。


やはり攻めるとしたら夜陰、寝静まった頃だろう。

油断しきっている所に忍び寄り、首を切るのが良い。

陽の高いうちは警備が厳しい。

もし団長にでも見つかれば、私と言えど無傷では済まないだろう。

そもそもミノルと相対する前に消耗するのは得策では……。



「おいアンタ! いい加減働けよ! こんだけ石が溜まったら、次が掘れないじゃねぇか!」


「黙れ! 私は国家100年の計を思案しているのだ! そのような些末な仕事は女子供にでもやらせておけ!」



私の正論は相手を屈服させるどころか、意図せぬ結果を招いた。

片方の男がツルハシを地面に置き、こちらに体を向けて睨みだした。


ーーなんたる不敬、斬り捨ててやろうか。


腰をまさぐるが、手応えはない。

武器の携帯は禁止されているのだった。

ミノルはどこまで陰湿で、そして狡猾なのか。

目の届かぬ場所にいて尚も私を追い詰めるのだから。



「あのなぁ。働かなきゃ飯食わせねぇぞ? 怠け者にやるほど食い物は余ってねぇんだ」


「なんだと? 貴様……この私を飢えさせようというのか」


「だから、そうなりたくなきゃ働けって言ってんだろうが!」


「むむむ……。やれば良いのであろう! 退けぃ!」


「うわっ! なにすんだよ!」



目の前の男を押し退け、ツルハシを手に取る。

こんな穴堀りごときに何を手間取っているのか。

私の手にかかれば遥かに早く終わると言うことを、この場で教えてやる。



「どうだ私の力は! 貴様の数倍は早いだろう!」


「バカ止めろ! 下手に掘ると崩れるだろ!」


「フン、訳の分からん事をぬかすな。一人前に負け惜しみを言ったつもりか?」



口だけは回るクセに仕事は遅いとは、どうしようもない男だ。

そもそも無能なヤツは作業場作りも下手なものだ。

ここの穴は不自然に狭く、ツルハシを扱うのに不向きであった。


だから上下に広げる事にした。

上は固い岩盤なのか、弾かれるばかりだ。

その一方で下は脆い。

面白いくらいに良く掘れた。


ビシッ、ビシビシッ!


辺りに大きな音が響き渡る。

これは恐らく洞窟そのものが喜んでいるのだろう。

全能な私の手によって坑道が掘られているのだから、何らかの歓迎があって当然というもの。

歓声に求められるがままにツルハシを叩き込んでいく。



「お、おい……これヤバくないか?」


「ほ、崩落するッ! みんな逃げろォーー!」



後ろが騒がしい。

何やら持ち場を離れて、仕事を放棄しようと企んでいるようだ。

私の働きに感じ入るどころか、任せっきりにしようなど不届きにもほどがある。

私が叱りつけなくてはなるまい。


掘削の手を休めようとしたその時、足元が崩れた。

大きい。

そして深い。

身体は闇の中へ飲み込まれていく。



「うわぁぁーーッ!」



取っ掛かりも無く、奈落の底へ向かって落ちていく。

そして、いつの間にか意識は途絶えた。




ーーーーーーーー

ーーーー



鉄鉱山の開発を頼んでいたのだが、そこで大きな事故が起きたらしい。

新規事業にトラブルは付き物だが、よりによって崩落とは想定外だ。

こんな事が起きないように慣れた人を送りだしたハズなんだが。



「大臣様、申し訳ねぇです! せっかく任せていただいたヤマだってぇのに」


「後悔と反省は後だ。状況は?」


「掘ってた穴のひとつが崩れちまいました。中は完全に埋まっちまってて、もう一度掘り返さねぇと中の様子はわかりやせん」


「人的被害は?」


「だいたいが無事です。かすり傷でさぁ。……1人を除いて、ですがね」



話を聞くと、どうやらミゲルがやらかしたらしい。

ケンカやイザコザくらいは想定してたが、まさか大事故を引き起こすとはな。

しかも配属してわずか数日でだ。

いくら問題児だと言っても、この結果は酷すぎると思った。



「アリア、ミゲルは生きてるか?」


ーーお答えします。該当エリアに生命反応はありません。恐らく即死であったと推察します。


「そうだよな。これで命がある方がおかしいか」



問題の坑道へと足を踏み入れると、穴とおぼしき場所は完全に岩石で埋まっていた。

ここから中の様子は確認はできない。

救出作業をするにしても、何から手をつければ良いかわからない程だ。

そしてアリアや現場作業者たちも、やるだけ無駄だという。

アイツ自身が撒いた種のせいか、同情論のひとつも出てこなかった。



「じゃあさ、もし遺体や遺品が見つかったら、その時は丁重に……」


「うおっ。ツチウサギが出やがった!」


「ほんとだ! あっち行けこの野郎!」


「おいおい、何をそんな邪険にしてんだ?」



いつの間にか坑道に小動物が現れたらしいが、すぐに鉱夫たちに追いたてられていた。

モコモコとした毛むくじゃらの生き物だ。

オレが見たのは、フワッとした尻が小さな穴に潜り込もうとしている場面であり、やがてそれが奥へと引っ込む。

スポッという擬音が聞こえそうな動きから、愛らしい姿を想像したが。



「ツチウサギってのはアブねぇんですよ。何やら不思議な力があるらしくってね」


「そうなのか? どんな力だよ」


「人の心を魅了するそうでしてね。深く関わると、やつらの巣に拐われちまうらしいんすわ」


「おっかねぇよなぁ。うちの近所に住んでた婆さんも連れてかれちまったぞ」


「大臣様。外見に騙されちゃあいけませんぜ。見つけ次第追い払いやしょう」



邪険に扱われる立ち位置から、オレはミゲルの事を思い出してしまった。

人間社会から追い出された厄介者、という点が似ているだろうか。

それぞれの致命的な『特徴』のために。


どうにかして活かしてやる事は出来なかっただろうか。

そう思っても、今となっては後の祭りだ。

過ぎたことを悔やむことには、何の意味もありはしないのだ。



「ともかく、安全面に気を付けてくれ。鉱山開発については急がなくて良い」


「わかりやした!」



気前の良い返事が返ってくる。

もう事故について思うところはないらしい。

オレはもう一度だけ落盤現場を横目で見て、それから坑道を後にした。



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