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第42話 素顔のキミを八つ裂きに

手を潰し、足を潰し、内臓を潰して最後が頭。

うん、この順番が良い。

アンノンの野郎はとにかく信用がおけない。

用事が済んだなら、シミュレート通りの手順で息の根を止めてやる。


故郷の惨状とやらを見せるために、オレは長閑な街道を歩かされていた。

アンノンはもちろん先導役だ。

コイツはそこそこに偉いらしく、道行く警備隊が敬礼で迎えたりする。

まぁとうとい身分でも関係ない。

後程には躊躇なく細切れ肉にしてやる。



「あんれまぁ、これはアンノンしゃま。ごきげんよう」


「おやお婆さん。お元気そうですね、腰の加減はいかがですか?」



農地沿いを歩いていると、腰の曲がった老婆に話しかけられた。

アンノンが柔らかな態度で応じる。

相手もまるで孫と対面したかのような笑顔を見せたが、接し方から血縁者ではないだろう。



「おかげしゃまでぇ、このババァも歩けるようになりました。アンノンしゃまにご紹介いただきました、薬師しゃまの腕が大変なものでして……」


「そうですか。起き上がれないようだったので心配していました。快癒したようですが、あまり無理をなさらぬよう」


「オラは貧乏でロクすっぽお返しできねぇです。せめてものお礼に畑でとれたキュウリさ持って行ってくれねぇですか?」


「お気持ちは有りがたいのですが、現在は任務中でして……2本だけ頂戴してもよろしいですか?」


「ほんに欲のねぇお方だぁ。オラが若けりゃオマタでお礼もできましたのに」


「お婆さん。女性がそのような事を言ってはいけませんよ」


「あらヤダよぉ。こんな小汚いババァ捕まえて女ッ子だなんてぇ!」



陽気な婆ちゃんだこと。

そして雑談が妙に長い。

オレは会話の隙間に上手く潜り込んで、急ぎだと告げてから脱出した。

去り際、お婆さんが仏様でも拝むように、その場にひざまづく。

クソ……気まずいモンを見たな。

どうにも殺しにくくなるじゃねぇか。



「ミノル様、お婆さんからいただきました。1本どうぞ」


「お前さぁ、何のつもりだよ? ワザワザあんな場面見せやがって。情に訴えかけるつもりか?」


「いえ、今のは偶然です。意図せぬものでした」



ポキリ、シャクッシャク。

キュウリをかじると、瑞々しさと微かな甘味が舌を喜ばせた。

若干の青臭さが新鮮さを教えてくれる。

美味いじゃねぇか、ちくしょう……。


ーー魔力が微増しました。


うるせぇアリア。

報告を聞く気分じゃないことは、傍目からでも分かるだろうが。


無駄アリアを聞き流しつつ、道を行く。

目の前には相変わらず裏切り者の背が揺れる。

何やらお婆さんから感謝されてるようだが、処刑をする事に変更はない。

それはそれ、これはこれだ。



「ところでよ、アンノン。オレはこんな茶番に付き合わずにさ、早くレジーヌたちと合流したいんだけど?」


「姫君は今しばらく安全です。エレナリオ王がやって来るのは夜半頃。それまでは指一本触れられる事はありません」


「何でだよ。敵地の真っ只中に居るんだぞ。危険そのものじゃねぇか」


「ミノル様の暗殺の連絡を聞いてより、王は迎賓館へとやってきます。それまで館の者共は勝手な真似が出来ません。故に安全と申し上げました」


「ふぅん。そうかい。つうかさ、オレを殺そうとしたのは王様本人だって言うのか?」


「まさしく。重要事はすべて、王命無くして動かされる事はありませんので」



たった今オレの処刑リストが更新された。

アンノンを殺した次はエレナリオ王の番だな。

そう思うと足取りも多少は軽くなる。



「先生! せんせーい!」


「……また何か来やがったな」



街道の先から若い男が駆け寄ってきた。

まだ幼さを残した青年で、屈託の無い笑みでアンノンの元へと参じた。



「君は私塾の生徒だね。そんなに喜んで何かあったのかい?」


「僕、やりましたよ! 試験に合格したんです、これでようやく4等官です!」


「そうか、内政官になったのか。随分と頑張ったのだね」


「えへへっ! 先生とは、一緒に世界を住み善くすると約束しました! まずはこの国の不正を一掃しましょう!」


「こらこら。道端で話すような事じゃないよ。道行く人たちが驚いてしまうだろう?」


「あ、ごめんなさい! 不躾ぶしつけでした!」



青年は一礼すると、勢い良く駆け去っていった。

だがそれが何だという。

お婆さんの世話を焼き、青年と曇りのない夢を抱こうとも関係ない。

用が済めばシレッと殺すし、元々そういう話だった。

やると言ったらやるんだ。



「おいアンノン、まだ故郷とやらには着かねぇのかよ?」


「御足労いただきまして申し訳ありません。あの丘を越えましたら到着となります」


「言っとくがな、ちょっとやそっとの荒れ具合じゃ同情しねぇからな。何せオレはディスティナの奴隷窟どれいくつを見てんだぞ」


「同情などと……ミノル様にはただ、この村について知っていただくだけで十分でございます」 



丘を抜けたその先は、妙に寒気のする光景が広がっていた。

村中の家屋、囲み柵に家畜小屋といった、あらゆる建物が朽ちかけているせいだろうか。

砂利道も雑草があちこちから生い茂り、長らく整備されていない印象を受けた。


これが故郷の惨状か。

豊かじゃないが、ディスティナよりは裕福そうだな、うん。



「はい見ましたお前の故郷を見ました。大変そうだね貧しそうだね頑張ってね、じゃあ殺しまーす」


「ミノル様。せめて中の案内くらいはさせていただけませんか?」


「案内だって? ダメダメそんなのまた何か企んでんだろ? これ以上お前の好き勝手にはさせませーん」



ともかく息の根を止めようとし、右手に魔力を込める。

雑に、そして過剰なまでにだ。


……この男は危険だ。


オレの直感が警鐘を鳴らす。

正直なところ、アンノンは頭が切れる。

悔しいがオレなんかより遥かに頭が良さそうだ。

だから上手く言いくるめられる気がして、それがどうにも恐ろしかった。


実を言うと『コイツはちょっと良いヤツなんじゃないの?』とか思い始めている。

一度そう思ってしまえば泥沼に片足突っ込んだようなもので、下手すると処刑なんか不可能となる。

だから次の仕掛けが動き出す前に、その首を飛ばすべきなんだが……。



「お兄ちゃん? お兄ちゃんだよね!」


「……また誰か来ちゃうの?」



あどけない少女が駆けよって来たかと思うと、そのままアンノンに飛び付いた。

まさか子供を盾にしようと言うのか汚いぞ!



「やっぱりお兄ちゃんだ! 帰ってきてくれたんだぁ!」


「アンナ、久しぶりだね。背がだいぶ伸びたかな」


「伸びたよ、いっぱい伸びたもん! もうお兄ちゃんの頭に手が届くよ!」



屈むアンノンに対し、つま先立ちで必死に手を伸ばす少女。

腕をブルブルと震わせながらようやく目的の前髪を撫でられた。

なんて微笑ましい。

いやダメだ、ほだされるなオレ!



「あぁ、お前さんはアンノンかい? アンノンなのかい?」


「母さん。ご無沙汰しておりました」


「お母さんまで出てきちゃったよ!?」


「あぁ……元気にやっていたかい? 顔も見せないで、お金だけ寄越すんだから……」


「すみません。どうにも筆無精なもので」


「そんな事より、ゆっくり出来るんだろ? 家までおいでよ、ね?」


「それはですねぇ……」



ちらりとアンノンがオレを見る。

それに合わせて母子もこちらに向いた。

やめろ……そんな目で見るんじゃない!



「今は大切なお客様をお連れしていまして、ご許可いただけなくば自由に動けません」


「まぁ……そんな大切な方と同席してたとは、気づかずに失礼しました。うちの息子がお世話になっております」


「お兄ちゃん。遊びに来てくれないの?」


「大丈夫。またそのうち会えるよ」


「本当? すぐに会える?」



だめだ、もう限界だ。

心を染め上げていた怒りの炎は見る影も無い。

憤怒は哀傷に、火焔は濁流となって胸中を全て押し流していく。



「何だよお前ぇーー! 超良いヤツじゃぁぁん!」


「ミノル様。いかがなさいましたか?」


「もう殺れねぇ、メチャクチャ愛されてるし……オレがすっげぇ悪者みてぇじゃん! 何だよもぉおーーッ!」


「こっちのお兄ちゃんはどうしたの? お腹痛いの?」


「お腹とは少し違うかな。魂、あるいは心だろうか」


「タマシイってなぁに?」


「その質問は……少し難しいね」



それからはアンノンの生家に案内された。

オレはすっかり泣きじゃくっていたので、搬送という方が適切な表現か。

妹さんが心配してくれたらしく、川の水を汲んできてくれた。

ひんやり、そして美味し。

この頃にはスッカリ怒気が失せ、色眼鏡を外した状態でアンノンと向き合えた。


そしてこの村というか、とある民族の歴史を知ることになる。

それはディスティナで感じた憤りに、勝るとも劣らないほどクソッタレな内容だった。

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