第40話 招待客という身分
パッカパッカパッカ。
逞しき良馬が牽く車に乗り、オレたちは密かにエレナリオへと向かっている。
2頭立ての馬車が計2台あり、その前後を僅かな騎馬隊が警護する。
それがこの行列の全てだ。
一国の姫様を警護するには寂しすぎるが、目立つわけにもいかなかった。
開拓村からはオレ、レジーヌ、シンシア。
それを案内するのはエレナリオ外交官のアンノンだ。
護衛役がオレ1人というのはどうにも不安だが、綿密にサラッとシミュレーションした結果のメンバーだった。
出来ればオッサンも連れていきたかったが、アレはとにかく目立つ。
トガリは馬車には極端に酔うし、親方モードでも騒がしすぎるからやはり目立つ。
見習い連中は問題外、居残り。
結局身の回りはシンシア、身辺警護はオレが担当するという話に落ち着いたのだ。
「なぁアンノン。こんな立派な馬車に乗ってさ、他の連中にバレたりしない?」
「ご安心を。この程度のものでしたら、豪商などの一般人も使用します。貴族衆や王家ともなれば8頭立てというのも珍しくはありません」
「8って何だよ。よっぽど飾りやらが重たいんだな」
覗き窓を介して後ろの馬車を見る。
特に変わった様子は無く、馬も平然とした顔で仕事を全うしている最中だ。
「ところでミノル様。天上の世界ではどうなのですか? やはり天馬によって荷が牽かれたりするのですか?」
「天上……ねぇ」
死んだ直後に行った場所だろう。
正直言ってほとんどの出来事を覚えてない。
記憶にあるのは、妙に裾が短い和服と、それを着ていた女の子が可愛かった事くらいだ。
この質問には適当に返すしかない。
「天馬じゃないぞ、そもそも動物は使わない」
「それは真にございますか?」
「そうだよ。人や物を運ぶとき、鉄の塊を超高速で走らせるんだ」
「鉄を? にわかに信じられませんが、それは魔法の一種でしょうか?」
「まぁ、そんなところかな。科学って呼んでるよ」
「カガク……。未知なるものにございます。いやはや、あなた様とは敵対をしたくないものですな」
「友好関係を結ぶんじゃなかったのか?」
「まさしく。いやはや、失言にございました」
珍しくアンノンが言葉を乱した。
一本取ってやった気になるが、その内容が少し不穏だから困る。
胸の中がざわついて仕方ない。
それも密室で、巨大な男と肩を密着させて乗っているのだから、次第に息もつまるというもの。
気分転換もかねて、窓の外を眺めることにした。
「景色が変わったな。もうここはエレナリオなのか?」
「左様にございます。この辺りは国内屈指の穀倉地帯。肥沃な大地による豊かな実りが、今年も国内を潤わせるでしょう」
「ふぅん。エレナリオは農業が盛んなのか?」
「いえ、南部だけです。北部は狩猟に漁業、工芸が主な生業となります」
金色の穂が風に揺れる。
日本人のオレは稲作を真っ先に思い浮かべるが、これは全て小麦だと言う。
収穫間近なのか、農家の人たちが仕事に精を出している。
その顔に暗さは無く、健全な労働者といった感じだ。
少なくとも、かつてのディスティナのような荒廃した様子はない。
「何つうか、アレだな。みんな幸せそうに暮らしてんじゃん。良い国なんだな」
「はい……誠に……」
「アンノン? どうかしたか?」
「いえ、少々酔いが回ったようでして」
「……大丈夫かよ。馬車を止めるか?」
「とんでもない事でございます。どうぞお気になさらず」
見間違いかわからんが、ほんの一瞬だけアンノンが表情を変えた。
鬼の形相と言うか、恨み辛みが込められたと顔と言うか。
その険しさも今は影も形もなく、いつもの涼しげな表情に戻っている。
……コイツも色々あんのかなぁ。
どんな場所であれ、込み入った事情というものはある。
それは冷静沈着なアンノンだって同じだろう。
何となく不吉な予感を覚えつつも、馬車は目的地へとたどり着いた。
「長らくお待たせいたしました。ここが迎賓館となります」
国境とエレナリオ王都の中間地点辺りで馬車は止まった。
この建物は今回のような密会に使われるものらしい。
控えめだが立派な門を潜ると、現地の人より丁重に出迎えられた。
立派な体つきのオッサンを先頭に、メイドらしき女たちが一列にズラリと並び、恭しく頭を下げる。
「ようこそいらっしゃいました。我が主も間もなくやって参ります。それまで中でお寛ぎくだされ」
「そうか。いつぐらいに着くんだ?」
「日暮れ前には、と聞いております」
「ふぅん。腹が減ったな。パンか何かくれないか?」
「ちょっとミノル。はしたないわよ」
「ご安心召されよ。ここには我が国きっての料理人が控えております。すぐに用意させますので、どうぞこちらへ」
もう一度深々とお辞儀があり、一斉に移動を始めた。
それからすぐにメイドのお嬢さんにつれられ、建物の中を案内された。
通されたのはダイニングらしき場所だ。
大きなテーブルには純白のクロス、重厚で繊細なデザインの絨毯、部屋の四隅には豪華絢爛な華飾り。
部屋の様子からして、一応は歓迎されてる事を知った。
「それではこれより、お食事のご用意をさせていただきます。何かありましたら、お気軽にお申し付けくださいませ」
年嵩の女性が頭を下げるの合図に、手早くテーブルに食器が並べられた。
ナイフやスプーン各種に、大小の銀皿に、テーブルを彩る生花までもが音もなく飾られていく。
庶民派のシンシアとは偉い違いだが、当の本人は気にした様でもなく、むしろ楽しんでいるようだった。
頭を左右に揺らして満面の笑みを溢している。
学ぶ素振りは微塵もなく、完全にゲストとして過ごすつもりなのか。
ちょっとくらい動きを参考にしても良いのよ?
「まずはコーンスープでございます」
「うわぁ、良い香りですねぇ!」
「うんうん。シンシア、少し落ち着いたら?」
「うんま! 姫さまこれ、メチャンコうんまですよぉ!」
「うんうん、だからね……?」
シンシアがはしゃぐのも無理はない。
濃厚でとろみのあるスープは、味も香りも満足のいく絶品だ。
そして温度もやや冷たく、長旅で疲れた身体を潤してくれるようだった。
「確かにこれは美味いなぁ」
そうやって舌を楽しませていると、にわかに騒がしくなった。
たぶん重たいドアの向こうだろう。
室内の厳かさとは正反対な怒声が漏れ伝わり、つい身を固くしてしまった。
「なぜお前がここにいる! 自治者が客の前に姿を見せるな!」
「すみません、今日はお忙しいと聞いてたものですから……」
「言い訳をするな! お前は残飯整理でもやっていればいいんだ!」
大声って程でもないが、オレにはしっかり聞こえてしまった。
レジーヌたちはというと、隣の娘が『うんまうんま』うるさい為か、気づいたようではない。
「なぁ、アンノン。今のは?」
「……南部のヤツら」
「どうかしたか?」
「あ、はい。ええと、美味しゅうございますな」
まただ。
スプーンの先を睨んでいた姿は、馬車の中の時と同じか……それ以上に色濃い怒りを示していた。
再び不穏な空気が漂い出す。
取り繕うようにスープを啜るアンノンを見ても、オレの心は一向に晴れなかった。




