第32話 リフレッシュ休暇
古くから存在する温泉宿だが、宿というよりは1つの街程の大きさがある。
ここに住むのはいわゆる少数民族だ。
ディスティナ人でもアルフェリア人でもない。
つい先日まで他国の支配を受けつつも、一丸となって独自文化を守ってきた人々らしい。
素晴らしい話だと思う。
その努力のお陰で名湯に浸かれるというのだから、こちらとしては先人たちに感謝するしかない。
休暇とあって一行の足取りも軽い。
貧弱青年トガリでさえサクサク歩いてくれる程だ。
「見えてきましたよ、あそこがジャパン村ですぅ」
「ジャパン……」
思わず『そのまんまじゃねぇか!』と叫びかけたが、止めた。
何が『そのまんま』なのかを理解できるヤツが、この場には居ないからだ。
心の中に言葉をしまいつつ歩を進めた。
木造の寝殿造りらしき巨大な建物が見えても、意思を揺らがせない。
初志貫徹。
『こんなん資料集で見たわぁ』なんてコメントをしても、ろくな反応はないのだから。
それを証明するかのように、連れ合いは口々に別の感想を述べていく。
「うわぁ、凄い門ねぇ。屋根は草なの?」
「ワラブキ屋根って言うらしいですよ。乾燥させたワラをモジャーッてやって造るんですって」
「ねぇ、あそこのお庭! 家の中に池があるわよ!」
「あれは、何でしたっけ。なんたらテーエンとか言うんですよ。岩で囲いをドシャーッてやって、魚をドワーッてやるんです」
「へぇー。シンシア凄いわねぇ。めちゃくちゃ詳しいじゃない!」
「えへへー。この宿には何回も来てて、話してる内に覚えちゃいましたぁ」
誉めるほど詳しくは無いけどな。
自信満々に言うから温泉名人っぽく見えたが、その内容はスッカスカなもんだったぞ。
微妙なツアコンには触れず、そのまま屋内へ。
入り口は木製の引き戸だ。
ガタガタとつっかえつつも、何とか開け広げた。
「うわぁ、中もすっごい! 異世界に来たみたいだわぁ」
レジーヌが驚くのも無理はない。
きっと全てが目新しいものばかりだろうから。
年季の入った木製のカウンター。
その上に鎮座する木彫りのクマとタヌキ。
手前には大きな囲炉裏があり、金属の鍋がブラリ。
冬本場になれば有りがたい代物だろう。
壁には編み傘が並んで2つある。
普段から使っているらしく、まだ青みを残した葉っぱが傘の先端に引っ掛かっている。
「フム……噂には聞いていたが、中々に良き処であるな」
「なんと素晴らしい……、私はぁ! 今日という日をぉ! 生涯の……」
「シィーーッ!」
「生涯のぉ宝にぃ、するでありまーす」
オッサンもトガリも気に入ったようだ。
子猫のメイシンはいつも通りミャンミャンしてるが。
これらの反響を見て、シンシアが鼻高々にアゴをあげた。
なぜお前が誇らしげなのかと思わんでもない。
「お出迎えが遅れまして大変失礼致しました。遠路はるばる、ジャパン宿までようこそお越しくださいました」
「ジャパン……宿」
奥から摺り足で現れた女将が恭しく頭を下げた。
申し分ない接客態度だが、第一声がオレの心をツキリと突いた。
「お話は伺っております。ええと、5名様でお越しの『森のミノル一家』様でございますね?」
「お、おうよ。一晩世話になる。話は伝わってると思うが、金はない。代わりに食料を持ってきたんだが、これで足りるか?」
一抱え以上ある獣肉、そして野菜や果物を満載した計2つの袋を床に置いた。
床が抜けるかと一瞬心配したが、ドンッと揺れただけだった。
見た目よりも頑丈な造りなのかもしれない。
「まぁまぁまぁ! こんなにたくさん……十分過ぎるほどでございますわ。いくらかお客様にお戻ししませんと……」
「いや、オーバーしてるなら構わんぞ。今後長い付き合いになると思う。過剰分は挨拶料とでも思って受け取ってくれ」
「……勿体ないお話です。短い間ではございますが、誠心誠意お仕え致します。それでは立ち話も何ですので、お部屋にご案内致しますね」
「そうか。頼むぞ」
日暮れ前だというのに、館内はどこか薄暗い。
でもそれは陰気な印象を与えず、不思議と心を落ち着かせてくれる様子だった。
気が付いた点は通路に窓が少ないこと。
恐らく光量をコントロールしているんだろう。
建物の古めかしさも相まってか、雰囲気が抜群に良いと感じた。
「こちらでございます。お部屋はおひとつと伺っておりますが、よろしゅうございますか?」
「うん、まぁ平気だよ」
若い女2人とともに同じ部屋で夜を明かすのは、一般的には問題あるだろう。
だがウチらに限っては問題ない。
男性側はオレ、猫キチおじさん、青年ババロアという顔ぶれだ。
とても貞操の話を持ち出すような面子では無かった。
あてがわれた部屋は広いのだし、寝処を男女で離すだけで十分だろう。
「それではこちらでお寛ぎくださいませ。お風呂とお夕食はどちらを先になさいますか?」
「そうだなぁ。風呂先に入ろうかな」
「承知しました。では頃合いを見まして、お食事の用意をさせていただきます」
「わかった、よろしく頼むよ」
「ではごゆるりと……」
ストン。
部屋の引き戸が丁寧に閉じられる。
その所作から発する物音の儚さがまた、情緒をうまく引き立ててくれる。
キキキキ。キーキキキ。
部屋の窓から見える景色は、ほんのり赤みがかっている。
もうじき夕暮れとなるだろう。
そんな光景のなかで聞くヒグラシの鳴き声は、耳に贅沢な安らぎを与えてくれる。
「シンシア。この鳴き声は虫なの? それとも鳥なのかの?」
「これは虫さんですね。キレイな音ですよねぇ」
「そうなんだ。何て言う名前なの?」
「ええと、うーんと、キキキ虫じゃないです?」
「ふぅん。もっとちゃんとした名前あげたら良いのにね」
そのまんまかよ!
本日何度目かの激情が胸を熱くした。
ヒグラシだよ、セミの一種でさらにはオスの鳴き声だよ!
そう叫びたかった。
でも、この世界では違う虫かもしれない。
本当にキキキ虫と言うのかもしれない。
確定情報を持たないオレには、ただ耐えるしかない。
こんな時に限ってアリアも相手にならないので、不満は心の小箱に押し込むしかないのだ。
「アリア。この虫の名前はなんだ?」
ーーすみません、理解が追い付きません。
「今鳴いてる虫がいるだろ、コイツのなま……」
ーーすみません、理解が追い付きません。
「この状況を楽しんでるだろテメェ」
ーーすみません、理解が……。
「もう良いよ!」
このザマだ。
アリアの顔なんてみえねぇが、きっと嫌らしく笑ってる事だろう。
意地が悪すぎんよ。
「ねぇ見て。こんな所に紙が貼ってあるわよ、これもオシャレよねぇ」
「あ、それ可愛いですよねぇ。何か文字が書いてあるんですけど、にじんでて読めないんですよね。残念」
「どれどれ……!?」
お札だ。
この世界に寺社仏閣なんか無いだろうが、明らかにお札的なものが押し入れの奥に貼り付けられていた。
それもビッシリと隙間なく。
何対策だよ、怖ぇよ。
「さてと。下らん話はさておき、風呂に行こうぜ」
「それは良いけど、どうしたの? 機嫌悪い?」
「そんな訳あるかい。楽しいともさ、うん」
楽しいよホント。
色々引っ掛かるものはあったけど、ちゃんと満喫してるよ。
そう思いつつも、口からはため息が漏れた。
それは気晴らしの旅行とは相容れないほどに、重たい何かを帯びていた。




