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第31話 気に入らぬカタチ

祭壇が月に照らされている。

天候は敢えなく小雨だ。

雲が薄く空に伸び、細かな雨をシトシトと降らせ、景色が静かに濡れていく。

湿り気を帯びたせいか松明の灯りを、月から降り注ぐ光を、不必要なほどに照り返した。



「忌々しい事よ。我が悪事を明かしたつもりか……」



独り言が漏れる。

それが妙に別人のものに聞こえ、内心で少しばかり驚いた。

これは頭から厚い布を被っているせいか。

それとも大事を前に気が昂っているせいか。

原因を探る必要はない。

些細な疑問の解決よりも、目的の達成が遥かに重要だからだ。


助言をもとにしつらえた闇の祭壇。

そこに呪うべき対象物が横たえられた。

月明かりが愛らしき鼻を照らす。

人々が愛らしいと褒め称える鼻を照らす。


だが、オレにはそれが許すことが出来ない。

何度も何度も向き合ったが容赦が出来ないのだ。

呪術用のナイフを逆手に持ち、高々と掲げる。

夜半過ぎからの雨が刃を濡らし、切っ先から雨粒が溜まって零れゆく。

振り下ろした後はどうだろう。

刃は何に染まるだろうか。

想いを巡らせるだけで、口からは引いた笑いが飛び出してくる。


……狂ってる。


俯瞰ふかんから見る自分が囁く。

それは善の心か、罪の意識か。

だが、小さな声はオレの覇道を止めるに至らない。

存分に気迫が満ちたなら、迷わずに振り下ろしてやろう。


……もう十分、頃合いだ。


心の内から別の自分が囁く。

そちらの声は促す側であり、オレの行いを受け止め、肯定してくれる。

時は来た。

似非えせなるものよ、滅するが良い。

台座を凝視しつつ、ナイフを振り下ろそうとした、その時……。



「ダメよ、ミノル!」


「グハッ!」



突然の横槍に対処できず、体当たりをまともに受けてしまった。

ナイフは坂を滑り、闇夜へと姿を消した。



「ダメじゃない! ひよこ豆に何をしようとしたの!?」



レジーヌが怒りの声をあげた。

台座からは豆が救出されてしまう。

紛い物。

大豆じゃない豆だ。

呪いの力でチマッと無駄に膨らんだ箇所を潰そうとしたのに、なぜ邪魔をするのか。



「あなたねぇ、ひよこ豆の、この子の気持ちを考えたことがあるの!?」


「気持ち……だと?」


「そうよ! 頑張って日差しを浴びて、大地の力を吸い上げて、やっと生まれた命なのよ? この子はこの子の全力を尽くしたのよ!」


「ぅぅ……うるさい! 止めろ!」



ズキン、ズキン。

頭が割れるようだ。

痛い、痛い。

心の奥に眠らせた何かを、撹拌かくはんでもされたかのようだ。

胸の中で躍動し、暴れ回るものの気配を感じる。

その正体が何なのか……思い出せない。



「挫けないで真っ直ぐに育ったカタチがこれなのよ! それを愛さないどころか、力づくで変えようだなんて、そんなの間違ってるわよぉーーッ!」


「グ、グワァァーー!」



光だ。

さながら太陽。

比肩できない光がここにある。

まるで暗雲を突き破り、地表にまで降り注ぐような、力強い日差しがオレの胸を打つ。


……なんだろう、この気持ち。懐かしいな。


よぎるのは子供の頃の記憶だ。

走馬灯に近しい光景が心の中を駆け巡った。


ーーミノル。今日は味噌カレーだよ。

ーー百点取ったって? そりゃ凄いねぇ。ご褒美に味噌アンパン食べるかい?

ーーお誕生日おめでとうねぇ。ミソモンブランを買ってきたよ。


……オレの人生ミソしかねぇじゃん。

だが、そんな事はどうでも良い。

心の闇は晴れ、その全てが露となった。


それとともに吹き出す感情。

沸き上がる魂の叫び声は、悲しみに満ちていた。

そして、オレの声が湿っていく。



「だってよ、だってよぉ! あんまりじゃねぇか!」


「ミノル……」


「強くなるために、必死になって食ったよ! 内政も頑張ったし、色んなヤツの悩みや愚痴を聞いて回ったよ! それもこれも大豆のためだ! 敵国を落とせば手に入るって聞いたからだ! でも……でも……!」



小雨は降り続いている。

それが体を濡らしていく。

今は胸元が一層濡れる。

やがて、レジーヌの胸元も同じく濡れ始めた。


ふと顔が柔らかな感触に包まれる。

すると、甘く優しい匂いが漂い始めた。



「大丈夫よ。本当に欲しいものは中々手に入らないけど、いつか必ず願いは叶うわ。こんなにも頑張ってるんだもの」


「そう……かな」


「ごめんなさい。あなたが余りにも凄い人だから、みんながつい甘えてしまったわね。いつもいつも駆け回ってくれて、親身になって接してくれて……。それは尊いことだけど、自分を見失ってまで、やって欲しいことじゃないの」


「オレ……何とかして、豆が、大豆が欲しくって……」


「ねぇ。たまには羽を伸ばしましょう?」


「……でも、どうやって?」


「いつか言ってたじゃない。オンセンヤドを造るの! ゆっくり大きなお風呂に入ってさ、のんびりしましょうよ。トガリに頼めばすぐに用意してくれるわよ!」



鼻が重なりそうな距離でレジーヌが微笑んだ。

髪は濡れ、白い肌が背後の月明かりに照らされる。

眺めていると、心が僅かにザワついた。

引き寄せられるような力を感じる。

反射的に抗ってしまい、彼女の体を引き離した。



「温泉、良いかもな。明日みんなの前で相談してみるか」


「うんうん。それが良いよ! 明日寝坊しないように、もう寝ましょ?」


「ダメだって。体拭いてからだぞ。このままじゃ風邪ひくだろ」


「分かってるってば! じゃあまた明日ねー!」


「おう。おやすみ」



落ち着いた姿を見て安心したのか、レジーヌは小屋へと戻っていった。

水溜まりを弾けさせつつ、勢い良く夜の坂を下っていく。

オレはというと、もう1つの太陽が沈むまでその場に立って見送った。



翌朝。

朝食中のみんなの前で、温泉宿の建設について提案してみた。

そこで、シンシアがポツリと漏らす。



「温泉宿って近くにありますけど、ここにも建てるんです?」


「……え!?」



知らなかったことだが、既に立派な施設があるらしい。

開拓村からしばらく北東に行った場所に、ひっそりと営業してるんだとか。


それはともかく、存在するならそれでも良い。

オレたちは休暇も兼ねて、その日のうちに遊びに出掛けるのだった。




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