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第29話 豆は食うもの

かつて大陸を未曾有みぞう飢饉ききんが襲ったとき、大勢の人々が命を落とした。

下層民はもとより、王公貴族といった支配者階級ですら、粗末な食事に日々衰えゆく。

ある国は干ばつ、ある国は害虫という災害に見舞われ、西も東も危機的状況だった。

もはや人間世界の破滅は目前。


そんな折り、各地の王はこぞって天に祈った。

荘厳な祭壇を設け、自身を沐浴もくよくにて清め、なけなしの食料を捧げた。

それが豆であった。

空に向かって訴えること三日三晩。

疲労の余り、倒れ込みかけた王の元に、空より一人の少女が遣わされた。


彼女が大地に祈ると、乾いた大地が瞬く間に潤い、虫は空の彼方へと遠ざかった。

これ以降、豆は神聖なものと位置付けられ、王族のみが所有権を持つこととなった。

だってさ。



ーー豆の由来については以上となります。ちなみに『豊穣の加護』をもつ巫女の伝説も兼ねております。


「あい、長々とありがとさん」



この世界における豆の逸話を教えてくれたのは、もちろんアリアだ。

所々声色を変えてドラマティック仕立てだったことが妙に腹立たしい。

オッサンの声が妙にリアルだったのも気になる。

お前の声帯はどうなってるんだ。



ーーそれ以来、豆はあらゆる局面にて奉納されました。疫病、魔獣の襲撃、百年戦争。地上の者たちは対処に困ると、しきりに天上神様に祈っておりました。


「ふぅん。神様が豆好きとはね。意外に質素だな」


ーーいえ、特別好んではおりません。天上神様も捧げられる度に『いや、別に豆なんか要らんし』と仰っておりました。


「大不評じゃねぇか」


ーーですが、この様にも仰られております。『貰った分くらいは働かにゃあイカンでしょ』と。難しい顔をしながら奇跡を起こされる様は、何とも味わい深いものでした。


「そうかい。神様も大変なんだな……」


ーー天上神様のお仕事は多岐に亘ります。1日として休みはなく、人間換算で20万人分の仕事をこなされているのです。ですので、あの方のお手を煩わせない様お願い致します。



思いがけず天界のブラック事情を知ってしまった。

死んだ後の世界も激務とか、これもう泣くしかねぇよ。



「じゃあさ。豆を特別視してるのは人間だけであって、神様的には何とも思ってないんだな?」


ーーはい。むしろ『もうヤメてぇ、たまにはお肉ちょうだい!』と叫ぶこともありました。


「お、おう。そうだったか……」



アリアから聞き込みを終えたオレは、厨房へと向かった。

この前手に入れた『ヒヨコ豆』の扱いについて相談中なのだ。

オレとしちゃあカレーに入れたり、サラダに和えてくれりゃ良いと思ってたんだが、話はこじれに拗れていた。



「シンシアー、ちょっといいかー?」



厨房へ再びやって来ると、さっきと状況は同じだった。

テーブルの上に放置されたヒヨコ豆たち。

それから逃げるように背を向けて、厨房の隅でガタガタ震えるシンシア。

かれこれ一時間くらいはこうしてるだろう。

飽きろよ。



「あのさシンシア。そろそろ豆に慣れちゃあくれませんかね?」


「あぁ勿体ねぇ勿体ねぇ……オラおっがなくてぇ、お豆様になんか触れねぇだぁ。きっとバチが当たんべぇ」


「そんな事ねぇって! キノコとか木の実と一緒だっての。見映えだって可愛いし……ホラ」


「ぎぃにゃぁぁあーーッ!」



シンシアが気を失った。

頭に豆乗っけたら気絶したぞ、そこまで畏れ多いもんかよ。

ともかく、これ以上長々と引っ張るつもりはない。

背中に活を入れて強引に目覚めさせた。



「ハゥッ! 私は一体……?」


「おう起きたか。じゃあ調理に戻ってもらおうか」


「ヒィッ! お豆さまぁぁ!」


「落ち着けシンシア。お前はレジーヌを助けたくはないか?」


「……レジーヌ様を?」



あれから経過観察したが、レジーヌの様子が良くない。

数日休ませたがダメで、元に戻る兆しはなかった。

ここは気分を変えて美味いもん食わせてみようと思い、シンシアに協力をお願いしたという訳だ。

ヒヨコ豆を持ち出したのはこじつけだ。



「豆には神聖な力があるんだろ? だったら、その力にすがれば助かるかもしれねぇじゃねぇか!」


「姫さま……助ける……」


「そうだ。それともお前は、アイツのあんな姿見て平気なのか?」


「そんなことありません! 私は、もう一度、お元気な姫さまにお会いしたいです!」


「だったらヤル事ァひとつだろうがぁーー!」


「やったりますよォーーこの豆ッコロがァーーッ!」



ふっ切れたらしいシンシアの動きは早かった。

ドボドボドンと煮え湯に投下されるヒヨコ豆たち。

『あついよーやめてよー』なんて声が聞こえた気がするのは、愛らしい見た目のせいか。

もちろん、要らん事は言わないでおく。



「……できました。ヒヨコ豆の辛味スープです」



妙なハイテンションのもとで作られた料理は、意外とまともな出来映えだった。

香辛料をふんだんに使い、獣肉やジャガイモ・ニンジンとともにコトコト煮込んだものだ。

まぁ、例えるならスープカレーみたいな感じか?



「どれどれ、ひとくち貰うぞ」


「……どう、ですか?」



最初にピリッと早めに辛味がくるが、ちょっと遅れて濃厚な味わいが押し寄せてくる。

豆もジャガイモもホクホクだし、肉はジューシー、ニンジンも甘くてサクリと歯応えがよい。

簡単に言えばうんまぁい!



「これ美味いぞ、やったなシンシア!」


「本当ですかぁ!? 初めての食材だから不安だったんですよぉ!」


「早速食わせに行くぞ!」


「はいッ!」



大鍋を担いでレジーヌ宅へとやってきた。

中のようすはというと、随分荒れ果てている。

彼女の尊厳のためにも、心にモザイク処理を施すことにした。


レジーヌ本人はというと、体までもが弱りだしている。

何でも昨日から食事を摂らないようになったらしい。

食べさせようとしても、顔を背けてしまうんだとか。

まだ絶食してから日が浅いが、早くもやつれ始めた気配が見られる。



「姫さまぁ。ゴハンを、美味しいゴハンをお持ちしましたよぉ」


「ウケーッケッケケ。カエルピョコピョコミピョコピヨピヨピヨヒヨコぉぉお!」


「ダメだな。自発的に食ってくれそうにない。両腕を押さえててくれ」


「は、はい! ただいまぁ!」



ベッドの上で両腕を押さえつけるが、中々安静にはしてくれない。

不自由な体をよじらせつつ、髪を振り乱しては奇声を発し続けている。

辛いよな、苦しいよな。

今楽にしてやる。

ヒヨコ豆の力をもってしてな!



「はい、アーン」


「ヘムッ!?」


「食べました、姫さまが食べましたよぉ!」


「喜ぶのは早い! ここは様子を見てだな……」


「ぅぅ、ウウゥ……」


「姫さまぁ、しっかりぃ……」



両手で口許を押さえてレジーヌがうめく。

口はモゴモゴと咀嚼そしゃくされているから、ちゃんと食べてくれてるようだ。

ゴクリ。

カレーが喉を通った。


その時、レジーヌの顔が勢いよくあげられ、シンシアによるいましめを振りほどいた。

そして両手を突き上げ、全力で叫んだ。



「うんまぁーーいぞぉーーッ!」



そしてオレから皿を奪い、モリモリと食い始めた。

口にスプーンを送る度に足をバタバタ暴れさせ、全身で感情を表現させている。



「どうだレジーヌ。美味いか?」


「うんうん! ほんと美味しい……って、どうしたの2人揃って? というか私、何でベッドに居るの?」


「姫さまァ! 良かった、心配したんですよぉ!」


「ごめん。何があったか、私にはサッパリだわ!」


「忘れちまって良いんじゃねぇの。お前の為に頑張った友達の事さえ覚えてりゃさ。ちなみにそれ、豆料理だからな」


「ええーーッ!?」



後日。

レジーヌの加護のもと、ヒヨコ豆の量産に成功した。

恐ろしくなるほどに逞しく、立派なツルを備えた豆の木の完成だ。

これにより、富を王公貴族によって独占された『暗黒の時代』は終わりを告げたのである。


新時代の到来を予感した。

今日も元気にツタとたわむれ、宙ぶらりんとなったレジーヌを眺めることで。

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