第26話 裁判官と化したミノルさん
戦に勝ったら戦後処理。
責任者とかお偉いさんとかの首ポロンさせたりするアレだ。
眼前には生まれたての子馬の様に震える、いい大人たちが集められている。
騎士に子爵、男爵に伯爵。
名門名家が揃い踏みってやつだ。
こいつらは卑劣にも、大豆さんとの再会を妨げた連中だ。
その悲しみの分をキッチリ償って貰う。
八つ当たりだと笑いたければ笑え。
愛するものと引き裂かれた怒りは、果てしなき絶望は、愚か者の血でのみ癒されるのだから。
「これより裁判を始めるぞ。一人ずつ前に出て裁きを受けて貰うからな」
街の中央広場にオレの声が響く。
すると、外壁の向こうから大歓声が巻き起こった。
事態を知った貧民街の住民が、近隣に住む村人たちが街に押し寄せ、完全に包囲してしまった為だ。
モタついた旧支配者連中は逃げ遅れてしまい、こうして見世物扱いとなっている。
コイツらも騒動直後に身一つで脱出していれば難を逃れただろうに。
財産に気を取られているからこんな目に遭うんだよ。
「聞こえなかったのか? 端っこのお前からだ」
「なぜだ……これは何かの間違いだ!」
恰幅の良いオッサンがヒステリックにわめき声をあげた。
対するオレは玉座にふんぞり返っている。
これは謁見の間にあった椅子で、裁判の為に引っこ抜いて持ってきた。
裁く側は偉そうにしてないと威厳が出ないからな、仕方ないな。
「信じられなくても構わねぇ。なんなら裁判なんかスッ飛ばして、まとめて消し炭にしてやろうか?」
「ムムム……。下賎者の分際で……」
「じゃあ始めまーす。お前の地位と役職は?」
「フン! 誰が教えてやるものか! 貧民上がりの田舎者め!」
「じゃあ殺しまーす。炎と雷のどっちが良い?」
「……伯爵。会計担当だ」
オレが軽く脅しただけでアッサリと口を割りやがった。
反抗的な態度だから骨のあるタイプかと思いきや、痛い目見る前にこのザマだ。
ハラキリ上等のサムライなんか居ねぇのかな。
まぁ……こんな国に好人物を期待するだけ無駄か。
「アリア。伯爵様だってよ。コイツはどんなヤツだ?」
ーー残虐そのものです。飼い犬をけしかけ、幼子に手をかけること56回、未遂が74回となっております。
「はい有罪。線の左側に立ってろ」
地面には白線を一本引かせていた。
それで有罪無罪を振り分けようという魂胆だ。
何となくだが、ひと昔前に流行ったクイズ番組を思い出さんでもない。
「はーい次のひとー」
「は、はい。伯爵、法務官です……」
「アリア。コイツは?」
ーー性欲の倒錯が激しいようです。何十人もの若いメスを拐い、その性器に異物を挿入するなどしております。この性癖にはミノル様も親近感を覚えるものと……。
「はい有罪どうあがいても有罪だから左側行ってねー」
ーーふむ、罪に問われますか。これはもしや同族嫌悪という現象でしょうか?
「はい次の人早くして時間が勿体ないよ!」
裁判は迅速に進められた。
何せ後がつかえてるからね、早く回さないとね。
それはさておき、コイツらのどうしようも無さは酷いもんだ。
誰も彼もが重犯罪者で、もうリアルサイコパスばかりだった。
権力を傘に着てたせいもあるんだろうが、それにしたって酷すぎる。
もしコイツらが現代日本でやらかしてたとしたら、全部犯罪史上に名を残すほどじゃないだろうか。
アリアからもたらされる情報にはウンザリするが、けじめは大事。
神経を磨り減らしつつも裁判を進めていく。
ーーこの者は飢饉の際に食料を買い占めております。そのため、万を越える住民が死に至りました。
ーー加虐癖があるようです。取り分け老人が標的にされていました。詳細を述べましょうか?
ーー食人癖です。詳細を述べましょうか?
途中から頭痛がしてきた。
何というか、犯罪のショッピングモールじゃねぇか。
コンプライアンスという概念を広めたくなってきたぞ。
それでも何とか振り分けを進めていった。
30人ほど居た被告のうち、無罪は1人だけという有り様だ。
この国の重鎮は変態しか居なかったという事になる。
さて、残るはあと1人。
コイツはどっちなんだろう。
「はい最後の人ー、アンタはどんなひとー?」
「子爵、外壁防衛を担当しておりました」
「アリアー、こいつはどんな犯罪者なのー?」
ーー問えるような悪事は見当たりません。善良と言って差し支えありません。
「えっ。マジで? 勘違いじゃなく?」
ーー経歴が特殊で面白味を感じます。ご興味がおありでしたら、本人に聞かれてはいかがでしょうか。
「ふぅん。特殊ねぇ」
目の前の男はそこそこ若い。
歳はたぶん20代だろう。
陽に焼けた肌と、鍛え抜かれた身体、鋭い眼光が印象的だ。
確かに他の連中とはモノが違いそうだと感じる。
「まぁ、細々とした話は後にしようかー」
「申し訳ないが、ひとつだけ宜しいか!」
「うん? 助命嘆願かな?」
「私はどうなっても構わない。だが、部下の命は助けてはもらえないか。彼らはみんな半農であり、善良なものばかりだ」
「ハンノー? 反応? 飯能……??」
ーー正式な兵ではなく、徴兵された者となります。自警団のような存在とも言えましょう。
「なります? 成増? なんで急に埼玉県の話になってんの?」
ーー裁判中です。どうかお気を確かに。
「あぁそうだった。とりあえずアンタは右ねー」
結果、無罪2人の有罪多数。
別に豆の恨み分とか考える必要もなく、ほとんどが粛清対象とか……この国おかしいよ。
「はぁ、しんどかった。右の2名はオレに付いてこい。左のやつらは勝手にして良いぞ」
ーーミノル様。わざわざ裁判という場を設けたにも関わらず、無罪放免となさるのですか?
「何もしねぇよ、オレはな。他の連中がどうするかまでは知らん」
ーーなるほど。合点がいきました。自らの手を汚すこと無く、目標を達成させるおつもりですね。
「嫌な言い方すんなよ」
無罪と決めた騎士と内政官だけつれて、人垣の外まで出た。
数千にも達する数の住民たちがオレの方を見ている。
アツい視線のまま、ただジッと。
何か言葉を待っているようだった。
なので、求めているであろう台詞を高々と叫んであげた。
「みんな、残されたものは好きにして良い。城の中も街のものも、全部だ! あまりケンカせず上手くやれよ!」
オレはそこで振り返り、2人を連れて家路に着いた。
背後からは狂喜したような喧騒が聞こえてくる。
ディスティナの街には外敵を阻む壁も、立ち向かってくれる国軍も無い。
あの貴族連中はどうなるだろうか。
きっと、買い続けた恨み次第だと思う。
悪事には報いが付きまとう。
罪に対しては必ず罰がある。
世界はそうあるべきなんだ、と内心呟きつつ、大森林へと帰っていった。




