第15話 まどろみを破る人
私は今、夢の中に居る。
今回で何度目だろうか。
もう数えるのが馬鹿馬鹿しくなるくらい、繰り返し見せつけられたものだ。
生まれ育った故郷が、住み慣れた城が焼け落ちる夢を。
父様は哀しそうだった。
暴力によって荒らされていく城下を眺めて。
グランドは初めて涙を見せていた。
夢が破れたという現実を前にして。
謁見の間にもたらされる数々の報告は、全てが悲報ばかり。
事態を好転させられるものは何一つとして無かった。
「陛下……、無念です。あまりにも無念です! エレナリオが約束通りに援軍を寄越していれば、アシュレイルの軍などに遅れをとらぬのに!」
「グランドよ。泣き言を言っても始まらぬ。これが運命だと諦めるしかあるまい。我らの滅びは避けられぬものだったのだ」
「陛下の理想は、描かれた未来はいかがなさるのですか! 一部の肥え太った者だけでなく、下々に至るまで幸福に暮らせるという世界の建設は! 今もなお苦しむ者たちの未来は!?」
「それは私の役目では無いようだ。老いてしまった私ではなく、レジーヌに託すべきだろう」
「レジーヌ姫……」
私に託す。
耳にした瞬間は理解できなかったけど、今となっては何度も聞いた言葉だ。
そして、この後見せる情けない態度も。
「とう……様? 私に託すとは、どのようなお考えですか?」
「レジーヌよ。我が愛する娘よ。そなたはグランドとともに落ち延びよ。そしていつの日か、大陸に平和の火を灯すのだ」
「陛下! このグランドにお供をさせていただけぬのですか、死に場所を失って彷徨えとおっしゃるのですか!」
「すまぬ、グランド。我が無二の友よ。愚かな王の最後の願い、聞き届けて欲しい」
「……来世にお会い出来たなら、散々に罵りますぞ」
「それは良い。お前とは、次の世でも是非会いたいものだ。その時は重い荷などない、ただの男としてな」
父様は優しく微笑むと、愛剣を手に大きな声で叫んだ。
これが最後に目にしたお姿になる。
「見習いの兵、そして戦えぬ者はレジーヌに従え! 戦える者は私に続け、何としてでも血路を開く!」
「お待ちください、お父様! 私も連れて行ってください!」
「レジーヌ。どうか健やかに。叶うなら、力なき者たちの希望であってくれ」
「お父様ぁぁーーッ!」
ここまでは、いつも鮮明だ。
謁見の間の様子、泣き崩れる侍従たち、窓の外の景色でさえハッキリと思い出せる。
でもこの後は夢の中だけでなく、現実で思い出そうとしても断片的にしか浮かばない。
辛くも城から脱出した後の暮らしは凄惨そのもので、記憶から消し去ってしまいたいから……なのかもしれない。
襲い来るアシュレイルの軍に、アルフェリア軍による残党狩り。
息を潜めるように進むけど、度々見つかってしまい、脱落していく仲間たち。
大森林に着いた頃には、100人近く居た一団が、30人にも満たない小集団となっていた。
疲れ果て、明日の希望は無く、ただ生きているから死より逃げているだけの人たち。
当座の安全を確保したことで、今度は生きる活力を失ってしまった。
不透明な、なおかつ好転しそうにない未来が、絶望を色濃いものにする。
酒に逃げる兵が出始めた。
それが良いことだとは思わなかったけど、叱責することも出来なかった。
彼らの気持ちが痛いほど分かってしまったから。
そして迎えた運命の日。
霧の濃い朝に、異変が起きた。
付近に潜む山賊に襲われてしまったのだ。
兵たちが騒がしくなり、私はシンシアと2人だけで逃がされた。
再びの放浪。
もはや助かる術はない。
追っ手を振り切ったとしても、女2人で何が出来るだろう。
魔獣に食われるか、山賊に捕まって慰み者になるのが関の山……となるはずだった。
でもそれは思いがけない出会いによって、私を取り巻く現状は一変してしまった。
ーー安心しろよ。オレが全部ぶっ飛ばしてやる。
ーーふんぞり返りたきゃ、まともな働きをしてからにしろ!
彼の言葉はまっすぐだった。
善良で、分かりやすくて、気持ちの良いくらい明瞭なものだった。
打算や悲観しかしない自分が恥ずかしくなるくらい、彼は正義を貫いていた。
何て強くて、暖かい人なんだろう。
「おい、レジーヌ」
嵐のように激しく、そして木漏れ日のような優しさもある。
破壊と創造を併せ持つ不思議な存在。
私のような矮小そのものの女など、濁流に押し流される木の葉のように激しく揺さぶられ……。
「レジーヌ。起きろよ!」
「へぃっ!?」
目の前には呆れ顔となったミノルの姿がある。
あたりは立派なリンゴの木、体に絡みつくスイカのツル。
私は夢の世界から急に戻されたようだった。
「まったく。ちょっと目を離すとこれだ。早いところドジなとこ直しちゃくれませんかね?」
「え、えへへ。ごめんねぇ。それよりも、疲れてるみたいだね。何かあったの?」
「うーん、ちょっと人助けしてきた。すんげぇ走ったし、メチャクチャ疲れたぞ」
「そうなんだ……よく分からないけど、さすがね!」
「うるせぇな! 別に『割と巨乳』とか考えてねえよ!」
「……ミノル? どうかした?」
「あ、いや。今のはいつもの独り言だ。気にしないでくれ」
不思議な癖のある青年。
そして尋常じゃない力で、数々の困難から助けてくれる青年。
そのついでに、日々のちょっとした苦難まで対処してくれる。
今も軽い口調で言ってたけど、想像を遥かに超えるほどの『人助け』をしてきたに違いない。
私なんかよりも彼のほうが、よっぽど人民の導き手だと思う。
それなのに悔しさなんかが込み上げて来ないから、それも不思議だと思った。
「さぁ、早くもどろうぜ。オレ昼飯食ってないからさ」
「きっともう冷めてるわよ。温め直してあげるね」
「お姫様自らやってくれんのか。そりゃ夢がある話だな」
「シンシアは洗濯に出てるもの」
「そういやそんな時間か」
小屋へと向かうミノルの腕に抱きついてみた。
この気持ちが恋心なのか、それとも打算によるものなのか、自分でも分からない。
彼が特別な人だというのは間違いない。
でもそれは1人の男性としてか、ミレイア再建の為に必要な人員としてか。
……分からない。
だったら、別に結論を急ぐ必要はない。
答えは未来の自分が持っているハズだ。
来月、来年、もしかしたら更に先かもしれないけれど。
気持ちをシッカリと割り切った時にでも、また悩めば良いと思う。
幸いなことに、ミノルは私のことを振り払おうとはしなかった。
ただ体を少し強張らせただけだ。
それからそっと手のひらに指を這わせてみる。
その手にはやはり、木漏れ日のような温もりがあった。
ちなみに、約束通りに鍋を温めていたら、なぜか爆発した。
小屋の中に飛び散る絶品のシチュー。
そんな失敗を見る彼の目は、これまで以上に暖かい。
憐れみのような含みのあるそれは、私の心に確かな一撃を与えるのだった。




