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第14話 世界の常識を打ち破れ

空の様子が異様だった。

北の峠から見える景色は、昨日までの絶景とは別物になっている。

ディスティナの都に近く辺りから昇る黒煙が、凶事を全力で知らしめる。

何か良からぬ事が起きているのは確かだろう。



「オッサン、ありゃ一体何なんだよ」


「わからぬ。ここからでは様子を読み解くことが困難だ」


「アリア。あそこでは何が起きている?」


ーーお答えします。索敵範囲外のため、状況を把握することが出来ません。


「質問を変えるぞ。あそこには何がある。町や村でもあるのか?」


ーー500人程の人間が暮らす町があります。火の手の上がり方から見て、略奪が起きているようです。


「略奪だと!? おいオッサン、助けに行くぞ!」



オレはグランドを誘うが、動きをみせない。

ただ拳を握って遠くを睨むばかりだ。



「ならん。ここの守りが疎かになる」


「じゃあ放っとけと言うのか! 500人だ、それだけの命が危険な目に晒されてんだぞ!」


「特に珍しい事ではない。王と貴族連中以外の命は極めて軽い。これまでに何万、何十万という民が無惨に死んでいった」


「無惨にって……それがこの世界の正しい姿だって言いたいのかよ!」


「……我が王はそれを変えようとなされた。誰もが安心して暮らせる世をと、そんな夢を抱かれた。だが巨悪はあまりにも強く、夢は夜の闇へと消えた」


「オッサン……」



普段は冷静そのもののオッサンの目に、深く怒りの色が差す。

もしかすると、今すぐにでも助けに行きたいのかもしれない。

だが、守るべきものが傍にある。


死にゆく人たちから目を背け、断末魔の叫びに耳を塞ぎながら、ひたむきに耐えなくてはならない。

見ず知らずの他人と、亡き主人の娘。

グランドの立場を鑑みれば天秤にかけるまでも無いはずだ。


新たな煙が上がる。

それが町全体に広がり、消えた頃には、恐らく何も残らない。

人々の死体以外は。

それに対して見て見ぬフリを、知らないフリをする。



「……そんな訳ねぇだろこの野郎!」


「待て、どこへ行く」


「ここの守りは任せた、オレはちょっくら人助けしてくるから!」



制止の声を振り切って坂を全力で駆けた。

オレの体は今や相当に強化されているから、オリンピック選手も追い越せそうなくらいの俊足だが、チンタラと走ってる猶予はあるのか。



「アリア、最短距離を教えろ。あの町まで一刻も早くたどり着きたい」


ーーお答えします。この崖から町へ向かって全力で跳んでください。脚力、高度、風向きからみて9割方の行程を飛ぶ事ができます。


「崖って、ここをか? この高さは死ぬんじゃねぇの?」


ーー肉体は魔力によって守られております。その魔力が尽きるまで、ミノル様のお体が傷つく事はありません。


「マジかよ……でもな、さすがにこれは躊躇するぞ」



生前にスカイツリーの展望台に行ったことがあるが、それに勝るとも劣らない光景だった。

死なないと分かっていても足がすくむ。



ーー跳ばないとなると、かなりの遠回りを強いられます。その間にも町民の受難は続きます。邪魔をするものは哀れにも討たれましょう。婦人ばかりか、あどけない少女までもが純潔を汚され、老人や赤子は手にかけられ明日という日を迎える事なく……。


「わかったよ! 跳べば良いんだろクソがッ!」



崖から全力でジャンプ。

パラシュートもハングライダーもない、どう見ても投身自殺そのものだ。

高い!

タマがヒュヒュンってなる!


ビュォオオ!

下から吹き付ける風がヤバイ。

あまりの強さに、身体中の皮膚が吹き飛ぶかと思えた。



ーーミノル様。ここで地面に向かって風魔法を唱えてください。失敗すれば落下の衝撃により即死です。


「てめぇ! 死なねぇって言っへははろ!」


ーーお急ぎください。詠唱は不要です。強風をイメージしつつ、下に向かって撃ってください。


「し、死んだら、マジへ恨むはらな!」



言われた通りに魔力を放出する。

すると、これまでとは比較にならない程の風が吹き上げてきた。

息を吸うことすらできない逆風だ。


だがそのおかげで、落下速度は瞬間的にゼロとなり、体は浮いたように空を泳いだ。

再び地面に向かって落ちていくと、頃合いを見て風魔法を発動させる。

そうやって地面との距離を詰めていった。

雑すぎるホバリングだと思う。

ドローン技術を学んでおけば良かったと痛感した瞬間だ。



「はぁ、はぁ。酷い目に遇ったぞ……」

 

ーーお疲れさまでした。想定以上に進めたため、目標地点は目前となりました。敵性生物の動向にご注意ください。


「そうだな。今のところ最たる敵は脳内に居るがな」


ーー自分の最大の敵は己である、と。ミノル様はストイックでいらっしゃいます。


「うるせぇよ」



町外れから見る景色は酷いものだった。

あちこちから火の手が上がり、正規兵の姿をした男たちが、町中で暴れまわっている。


両手に金目の物を抱えるヤツ、若い女を肩に抱えるヤツ、頭から酒を浴びるヤツ。

どいつもこいつも、悪びれた様子はない。

まるで免罪符でも与えられたかのような姿を見て、オレの拳は一層硬くなる。

そして怒りで翼でも生えたように、数歩で略奪現場に躍り込んだ。



「鉄拳制裁だオラァ!」


「ギャァア!」


「グヘッ!」



こっちも伊達に木々相手に鍛えてない。

相手の金属鎧を呆気なく粉砕し、更にはお空の彼方へと吹っ飛ばした。

あの高さでは、風魔法でも唱えないと落下死するだろう。

まぁどうでもいい事か。



「な、何だ貴様は!」


「逆らうつもりか! オレたちはディスティナ公国軍だぞ!」


「余所モンじゃなくて官軍だったか! 自分の国民虐めんのがテメェらの仕事かよッ!」


「ぐわぁぁーッ!」



弱い、驚く程に国軍は弱かった。

本当に訓練したのか疑いたくなるくらいに。

陣形どころか連携すらなく、突然現れたオレに対して、逃げたり向かったりと動き方がメチャクチャだ。

弱いヤツは、自分より弱いものを苛める時だけ輝くという話は事実のようだ。


敵を打ち上げつつ町中まちなかを進む。

中央広場までやって来ると、さすがに敵側も迎撃態勢を敷いてきた。

密集して槍を揃えた陣形だ。

これは確か、フワランクだが、ファンランクとか言う形態だ。

戦略ゲームで何度も見たことがある。



「アリア。あそこに突っ込んだらどうなる?」


ーーお答えします。御身に危険が迫った際、魔力の力による対物理用の防壁が自動生成されます。しばらくは攻撃を受けても無傷でいられますが、長時間の継続戦闘は危険です。


「そうかい。嘘だったらお前、ケツ棒の刑だからな」


ーーはい。一日千秋の想いでお待ち申し上げます。


「実態が無いからって調子良いこと言いやがって」



オレは敵部隊の左側から攻めかかった。

槍の持ち方からして、こっち側に方向を変え辛そうだったから。



「左だ! 左向けェ!」


「動くのおっそ!」



予想通り、連中はもたついた。

その一瞬が命取りだ。



「死んで詫びろ、クソどもがぁーッ!」


「ギャァァア!」


「おい、隊長がやられたぞ!?」


「もうダメだ! 殺されるぅ!」



陣形は完全に崩壊した。

オレはすぐに追撃を開始する。

悪事の落とし前をつけさせるべきだし、こんなヤツらを野に放つつもりもない。


追いかけるオレに向けて、時々槍や矢が飛んできた。

それらは体に刺さる事なく、キンッという甲高い音とともに全てを弾いた。

便利すぎるな、魔法の防壁。


敵兵は三々五々、町外れから遠くへと逃げようとしていた。

そこへだめ押しの一撃を食らわせてやる。

片手を掲げ、そこに棒状のものを意識して魔力を込めた。

槍投げ選手をイメージしつつ、その力を一直線に放出した。



「どっこいしょぉーーッ!」



掛け声とともに、地面の水平方向に稲妻が走る。

それを遮る事は不可能であり、何十ものゴロツキ兵を飲み込んだ。

まさに一網打尽だった。

ただ1人の騎兵を除いては。



「チッ。1人だけ残したか。アリア、今からアイツに追い付けるか?」


ーーお答えします。それ自体は可能ですが、危険です。魔力を大きく消耗しているので、戦闘になれば返り討ちになる可能性があります。


「……深追いは止めておくか。新手の敵が出てきたら厄介だもんな」



その騎兵はというと、ひたすら西の方へと駆けていった。

ディスティナ兵なら北東に進むはずなんだが……。

何となく不吉なものを感じたが止める手段も無い。

ただその背中を睨み付け、見送る事しか出来なかった。

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