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第1話 様式美をなぞる


オレは味噌が好きだ。

オレは味噌が何よりも好きだ。

塩も、醤油も、わさびや辛子も遠く及ばない。

コショウにケチャップにマヨネーズなんかとは比較にすらならない程に。


この世に存在するあらゆる調味料の中で、ダントツで愛している。

仮に他の全てが消えたとしても、涼しい顔で暮らしていける自信があるくらいだ。


そんなオレの昼食。

一体どんな物になるかというと、答えはこうだ。



ーーパカッ。


まん丸オニギリが2つ。

どちらも具どころか海苔すら巻いていない純白バニラタイプだ。

そしてオカズ用の小ぢんまりとしたタッパー。

そこにはラップで仕切りを作り、3つのツヤツヤ輝く味噌がいらっしゃる。


ーーあぁ、なんて美しいんだろう。


舌なめずりしつつ、オニギリに味噌を乗せる。

まずは赤味噌。

丁寧に塗りを調節していると、後ろから声をかけられた。



「オッスみのる。隣空いてるか?」



現れたのはサークル仲間の涼太りょうただ。

オレの返事も聞かずに、長椅子の余っている方に腰を落ち着けた。

前屈みでいるのはお湯入りカップ麺を持ち歩いているせいか。



「おうリョウタ。講義は終わったのか?」


「休講。教授が風邪で休みだって。だからヒマしてた」


「家に帰りゃよかったじゃん。大学から近いだろ?」


「まぁねー。でも家帰ったってヒマだしさ。だからさっきまで、ここでボンヤリしてた」



今座ってるベンチはキャンパス内でも高台の場所にある。

街の方を向いて座ると、遠くまで見通せて気持ちが良い。

だからここは、暇潰しに最適な人気スポットだったりする。



「つうかミノルさん? それがお前の昼飯なのかい?」


「うるせぇなカップ麺中毒。人の食にケチつけんなよ」


「お、おう。別に今始まったことじゃねぇけどさ、味噌一色ってすげぇな」


「これは昨日専門店で買ってきたばかりの、珍しいものヤツだ。これから初めて食うんだ。邪魔すんなよ」


「はいはい。静かにしてますよーっと」



さて、赤味噌さん。

君はどんな味がするのかな?

塩ッ気は、風味は、なめらかさはどうかな?

今それを確かめてやるぜぇーー!


ーーポロリ。


オニギリがまるで逃亡でもするかのように、オレの手から溢れた。

ついつい余計な力が入ってしまったのか。

それはポンッと目線の高さまで跳ねて、無情にも地面へ。

急斜面の下り坂へと落下した。



「アァーーッ! オニギリが逃げて行くぅーー!?」


「おいミノル! 危ねぇよ!」


「待てやコラァーー!」



オレは制止の声を振りきって、全速力で後を追った。

かなり離れた位置をオニギリが転げ落ちていく。

まるで自走してるかのように加速しながら。



「くそ! こんな事になるなら三角オニギリにしときゃ良かった!」



悔やんでも時すでに遅し。

完璧な球体の塊はグングン速度を増して転がっていく。

オレは見失わないように追いかけるだけで精一杯だ。


そしてオニギリは段差に乗り上げ、天高く跳ねる。

宙を泳ぐ味噌付き白米。

それを黙って見過ごす訳がない。



「逃がすかぁあーーッ!」



オレも合わせて空を跳んだ。

精一杯に手を希望へと向けて伸ばす。

指先から標的までの距離は1メートル……50センチ……10センチ。

そして……。



「よっしゃあ! 捕まえた!」



無事に標的確保。

右手には確かな感触が宿る。

だが喜んだのも束の間で、脇の方から凄まじい爆音が迫ってきた。

顔を向ける暇すら無い、まさに一瞬だった。


ーードガァアン!


そこでオレの意識は途絶えた。

結論から言うと即死だった。

大型トラックに思いっきりかれてしまったようだ。

坂道でジャンプしたときに車道へ飛び出していたんだが、全く気付かないとかバカすぎる。


魂とやらが天に昇る瞬間に見下ろした事故現場が、余りにもグロテスクで印象的だった。

しばらくは焼き肉を食えそうにない、食う機会があるかは知らんが。



「マジかよ。呆気なく死んじまったなぁ……オレ」



その言葉を言い終えるなり、視界は真新しい景色へと切り替わる。

もしかしなくても死後の世界。

二十歳を迎える事もなく、オレはこの世を去ることになってしまった。

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