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ミステリー・ノヴァ  作者: 皇椋
第一章
9/16

第八話-水城-

「きれいなノヴァ」

「ノヴァって言葉、知ってるんだな」

「うん」

「……お前のそれは、ノヴァか?」


 それとも、ただのアルビノなのか。

 煌煌と、燃えるような赤い瞳の少女。真っ白な少女の、たった一つの色。ルビーの宝石のように輝き、瞳の中では紅の色が蠢いている。


「そう、ノヴァ。私も、お兄ちゃんと同じ」

「どっちがノヴァなんだ?」

「両方」

「両方!?」


 つい、声を荒げる。それでも少女が動揺する様子はない。相変わらず、夢中で水城の瞳を見ていた。

 水城がこの少女をノヴァであるか、そうでないかの判断に迷ったのには理由がある。

 彼女は両目とも、赤い瞳をしていた。

 ノヴァは基本的に片目にしか症状が出ない。左右どちらか。けれど大部分は左目に症状が出るという。

 自分がノヴァである以上、それなりにその症状について調べては来たが、これまでに両目のノヴァなどは対面して見たこともなければ記録としても見たことがない。そんな事象があるというのなら、もっと大々的なニュースにもなるだろう。


「まじで?」

「うん」

「……ランクって、聞いたことあるか?」

「ミステリーノヴァ」

「Aか……いやまあ、ほんとに両目がノヴァなら当たり前っちゃ当たり前だけど」

「お兄ちゃんも、ミステリーノヴァでしょう?」

「……そうだけど」


 そうだけど。間違いはないけれど。どうしてわかるのだ。

 さっきから不可思議なことばかりがこの少女の小さな口から吐き出される。綺麗な声、綺麗な言葉。けれど否定を許さない、圧力のようなものがあった。

 こんな小さな少女から圧力を感じるなど、近くに薊がいれば鼻で笑い飛ばされていたかもしれない。引き攣る頬を押さえ込み、未だ興味深げに瞼を触る少女の手を握る。

 改めて周囲を見渡すも、やはり自分と少女以外に人はいない。迷子だろうか、と今更の疑問を抱き赤い宝石を見た。


「名前は?」

「かいり」

「かいり」

「そう」

「迷子か?」

「ちがう」

「じゃあなんでこんなところにいるんだ?」

「お兄ちゃんを追って」

「俺を?」

「……」

「……お前のノヴァって、ノヴァかどうかを判別……ええっと」

「ちがう」

「……違うのか」

「イロが見えるの」

「共感覚?」

「わからない」


 小さな手を握ったまま、ふむと考える。

 ノヴァの中には共感覚に該当する人が多いとは聞いているが、ノヴァとしてのランクはC。能力値を盛ってもBといったところだ。

 やはり両目がノヴァであるということがAランクまで引き上げられた理由だろうかと、悩むように頭を傾けると、少女、かいりも水城につられるようにして頭を傾ける。


「俺を追ってたのは、さっきの鈴を渡したかったからか?」

「そう」

「あれ、俺のじゃないんだけど」

「もうお兄ちゃんのだよ」


 くれる、ということだろうか。

 わからないことだらけではあったが、こんなところでじっとはしていられない。事件があったばかりの路地裏で、小さな少女と一緒にいる男子高校生を警官や刑事が見れば怪しむに決まっている。

 よいしょと立ち上がれば、赤い瞳が追うように見上げて来る。不慣れながらにその小さな頭を二度撫で付けると、大きな目が素早く瞬いた。


「取り敢えず、ここは危ねえから出るぞ。親は?」

「迎えが来てる」

「あーそりゃ良かった」


 路地外に行けば目に付くところに警官がいるし、最悪預けてしまえば良いと考えていた。けれど迎えが来ているのならそれが一番良い。変な心配をせずに済む。


「お兄ちゃん。奥に行ったら駄目だよ」

「……ああ、うん。行かない」

「警察の人に見つかったら、大変なことになるから」


 それは、どういう意味だろう。

 かいりの言葉は簡潔で、明瞭なのに、何一つ上手くは理解出来ない。謎掛けをしている気分だった。


「9CC5E6。覚えた?」

「え?いや……え、何て?」


 さっきも聞いた気がする。数字と英語の塊。

 全く覚える気もなくかいりの話を聞いていたため、馴染みのないその英数字はするすると右から左へと流れて行ってしまった。

 覚え切れなかったそれを聞き返すと、かいりは面倒がる素振りも見せずにもう一度言う。「9CC5E6」丁寧に、言葉の粒を弾かせるように声に出されたそれは、今度は不思議な程に水城の頭の中に残った。

 魔法みたいだな、と。休日の朝にやっている幼児向けの魔法少女アニメを思い出す。そのアニメで唱えられていた呪文を、水城は勿論覚えてなどいない。


「これは鍵」

「鍵?何の?」

「黄金の果実を入れる、宝箱」

「黄金の果実……?」


 いよいよわからない。

 ぐっと眉根を寄せ、更に詳しく話を聞こうとしたその時。かいりが突然背後を振り返る。それに倣うように水城も路地外へと目を向けるが、そこには相変わらず誰もいない。誰かが来るような物音もしない。

 けれどかいりには何かが見えたらしい。数秒、ぴくりとも動かずにその何かを見ていたが、もう一度水城の方へと振り向くと「帰る」と言葉を投げ捨てた。


「帰るって……あ、おい!」


 小走りで通路を駆けていく。咄嗟に手を伸ばすも、するりと空を掴まされる。唖然と、かいりが消えていった建物の角を見ていると、突然白い頭がひょっこりと覗き出て思わず肩を跳ねさせた。


「池袋の病院には行かないで。ここは、あの人の街だから」


 そう言うと、今度こそ姿を消す。軽快な足音が遠のいて行くのが聞こえた。

 ポケットを探る。かちりと、指にはめたリングが鈴に当たる。ストラップ部分を摘んで引っ張り出すと、鈴はころころと耳障りのいい音を鳴らした。


「9CC5E6……」


 鍵。黄金の果実。宝箱。あの人の街。誰の街?

 ぶつぶつと。わからないものをわからないままに言葉で繰り返す。理解出来ず、興味がないものは直ぐに忘れてしまうため、どうにか忘れてしまわないように頭へ擦り込む。

 家に帰り、暫く経てば頼りに鳴る優秀な頭脳がやってくる。どうにかそれまでに状況を整理し、最悪忘れてしまわないように重要な部分だけでも持ち帰りたい。

 9CC5E6。鍵。黄金の果実。宝箱。あの人の街。ミステリーノヴァの少女、かいり。両目のノヴァ。色の見えるノヴァ。

 ぶつぶつ。牛歩のような歩調で、水城はかいりに言われた通り路地奥に背を向けて歩き出す。現場を見るより、被害者を探るより重要なものの気がした。

 この時の水城はすっかり忘れていた。寄り道をするなと釘を刺した幼馴染に、話の流れから寄り道をした事実を話さなければならないことを。そして、その幼馴染に対する言い訳と弁明を。

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