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ミステリー・ノヴァ  作者: 皇椋
第一章
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第七話-水城-

 どうにもしっくり来ない。

 結局二限目も自習となり、授業らしい授業は午後のみとなった。その授業すら五限目は休校とされ、早めに自宅へ帰された。水城も薊も、自分達の学校の生徒から被害者が出たのではないかという憶測を九割方確信してはいるが、それについて教師から何らかの説明がなされることも当然ない。

 水城の自宅へ泊まりに行くというのは学校に着いてから決めたことだったらしく、何の準備もしていなかった薊は一度家へ荷物を取りに帰ったため、帰路は別々となった。帰り際にも不用意な寄り道は止めろと、子供に言い聞かせるかのように散々釘を刺されたことに不満はあるが、それには大人しく頷いて見せた。なんとなく、その薊の心配を無下にしてはいけない気がしたのだ。

 しっくり来ない。けれど一応納得も理解も出来ている。

 自習時間に薊と話した内容を思い出しながら頭を悩ませる。《価値ある瞳》だけを使うという、漠然とした使用用途が果して可能なのかどうか。方法がわからないのだからしっくりくる筈もない。

 多くを口にせず、特段目立ったことを自らしようとしないためあまり人の目に留まることはないが、薊拓哉という男はとても利口で頭の切れる秀才だ。そのことを、長い付き合いである水城だって当然知っていた。何の意味もなく、何の確証もなく他人を不安に思わせるような話題を挙げる軽薄さはない。

 だからこそ、水城は困った。薊の心配が高ランクノヴァである自分に向けてのものならば、その内容がどれだけ曖昧であろうと受け流すことは出来ない。

 瞳に関しての話題はあまり好きではなかった。それを知っているからこそ薊はあれ以上掘り下げた話をしなかったし、その気遣いに気づいていたからこそ水城自身もしっくり来ないまま話を打ち切った。一人になってこんなに悩むことを思えば、発売されたばかりのゲームへ話題をするっと転換させずにきちんと聞いて置くべきだった。と、今更後悔しても遅い。

 何にしても、これから数時間後にはまた会うことになる。更には明日丸一日を自宅で一緒に過ごすのだから、そんなにせっつかなくても話す時間はいくらでもあった。

 池袋駅の西口周辺まで来ると、ポケットの中に入れていた指輪を探り当て、中指にはめ込む。その指でゴーグル内の液晶に映された右端のマップアプリを宙でフリックするように選択すると、音声で場所を指定するように示唆される。それを無視してあらかじめクリップボードにコピーしておいた住所を音声入力エリアへペーストすると、まるで道を沿うようにして大きな赤い矢印が目の前に表示された。その矢印を追うように先を見ると、入ったこともないような雑居ビルの間に誘導されている。


「やべえかな……」


 薊からの心配を無碍には出来ない、受け流すことは出来ないと散々自問自答の中で言ってはいたものの、水城は沸きあがる興味に突き動かされるままに今朝方殺人事件の起こった現場まで来てしまっていた。バレたら膝を叩かれるどころでは済まない。自宅待機を言い渡されているにも関わらず登校して来た自分を苛立った様子で嗜めた薊を思い出し、短くため息を吐いた。

 それでも、どれだけ嗜められようと。どうしても、水城には確かめたいことがあった。


「警察、少ない気がすんな」


 あれだけのことがあったのに、配備されている警察官は些か少なすぎるように感じた。ゴーグルであるのを良いことに無遠慮に視線で辺りを見回すと、恐らく私服警官だろうかと思うような人がちらほらいる。

 これ見よがしな警戒ではなく、私服警官を中心とした捜査をしているのかもしれない。犯人がまたもう一度同じ現場に戻ってくるとは考えられないが、絶対にないとも言い切れない。

 慌しく足早に横を通り過ぎていった二人のスーツの男を見送り、水城は表示された矢印とは別の方向へと向かう。案内しようとしている道は大体分かったため、出来る限り警察の少なそうな道を選んで目的地に向かおうと思ったのだ。

 当然現場には相応の警察官はいるだろうし、まだ調査の最中だろう。人が積み重ねられていた道に直で触れるなんてことは望んでいない。

 遠目からでも現場が見れれば良い。そしてあわよくば現場を今まさに捜査中の刑事か誰かが、自分を見てぼろを出してはくれないだろうか、と微々たる期待をしている。

 指定した通りの道を行かなかったせいでゴーグルに組み込まれたプログラムは僅かに動作を鈍らせたが、直ぐに再度道の検索をかけ水城の望む迂回ルートを指し示す。

 池袋は割合変わった背格好をした人間が少なくはないが、だからといって分厚いゴーグルをつけた男子高校生が目立たないわけではない。違和感がないくらいの早足で矢印を追い、立ち並ぶビルの奥へと進む。


「お兄ちゃん」


 奥ばったところと言っても古い居酒屋のような店はあるのに、薄暗くどことなくかび臭ささえ感じる雑居ビルの隙間。何に警戒しているのかもわからないが、ゴーグル越しに目を凝らして慎重に足を踏みしめながら歩いていると、不意を突くように背後から声がかけられる。

 否、果して本当に自分にかけられた声なのかどうかもわからない。喧騒から離れ、コンクリートに弾かれるようにして耳に届いた声は小さかったが、やけに芯の通った耳に残る声だった。

 「お兄ちゃん」と、そう確かに聞こえた背後をゆっくりと振り返る。水城は生まれてこの方兄弟がいたことはなかったし、お世辞にも異性に好かれるような態度を振舞ったことなどなかったためそう呼んでくれるような年下の友人がいた覚えもない。

 それでも、ここには自分しかいない。先を見ても、後ろを振り返っても。この狭く薄暗い通路にいるのは自分と、彼女だけだった。


「……俺?」

「お兄ちゃん。これ、落としたよ」


 一言一句、軽やかな音色を奏でるように美しい声だ。言葉の一つ一つに光の粒が跳ねて見えるようだった。

 当然、そんなものは幻覚だ。水城にはそんな愛らしいものが見えるノヴァは備わっていない。普段見慣れない光が飛んでいる視界を正そうと首を横に振り、自分に向かって真っ直ぐと握りこぶしを差し出す彼女、少女の方へと歩み寄る。

 小さい女の子だった。水城の臍辺りまでしか背丈がない。耳に馴染む声は当然強い印象を与えたが、それ以上に少女そのものの姿は強烈なものだった。 白い。とにかく、少女は白かった。肩で切り揃えられた髪も、まるで一度も陽に当たったことのないような肌も、身にまとっているワンピースも。驚くほどに真っ白だった。この薄暗いビルの隙間では明らかに異様な存在で、周囲から浮いている。というより、やはり光っているように見えた。後天的に新しいノヴァにでも目覚めたのだろうかと思わされる。


「何か、落としたのか?」


 目線を合わせるようにしゃがみ手のひらを出すと、そこに少女が大事に握っていたらしい何かが落とされる。からから、と音を立てて手の上を転がったのは、500円玉程の真っ赤な鈴だった。


「……これ」

「きれいなイロ」


 俺のじゃない。そう口に出す前に、白い少女の声が被さる。

 じいっとこちらを見る少女は、水城の瞳を見てそう言っているようだった。

 だが、それはおかしい。水城は自分がゴーグルをつけていることを確認するように慌てて目元を触るも、指先が触れたのは冷たい液晶。ならば少女から見る水城の瞳は、ブルーの液晶版によってイロなど分かる筈もないのだ。


「9CC5E6と、008899と……a58c5a」

「は?」

「お兄ちゃんのイロは、どれ?」


 ゴーグルの向こう側を覗き見るように少女が顔を近づける。生白く細い指先が頬に触れ、有無を言わさず視線を絡ませる。

 見えていない筈なのに、まるで見えているようだった。


「どれって、言われても」

「9CC5E6……青?青が、一番濃い」

「……瞳の色の話か?」


 こくりと頷く少女が、何かを促すようにゴーグルの淵に触れる。水城の頭部の周囲をぴったりとはまり込んでいるそれを不思議そうに見て、小さく首を傾げた。

 瞳を見たいのだろうか。

 数秒。まるまるとした宝石のような少女の瞳を見ながら思案する。けれどそれは形ばかりだ。いろいろな想いを悟らせないようにため息を飲み込み、受け取ってしまった真っ赤な鈴をポケットに押し込んでゴーグルに手をかける。

 首元にゴーグルをずり落とすと、篭っていた目元に外の空気が触れる。決して綺麗な空気とは言えないが、密閉された空間からの開放感はあった。

 乱れた前髪を適当に整えるように手で梳けば、髪の隙間から見えたらしい左の瞳に向かって少女の手が伸びる。瞼に優しく触れ、慈しむように撫でられる。

 初対面の子供に何をされているんだと思うものの、接しなれない子供とのコミュニケーションの取りかたなどわかる筈もない。泣かれでもした方が困るとばかりに仕方なくされるがままだった。

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