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ミステリー・ノヴァ  作者: 皇椋
第一章
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第五話-梅野-

「うん、Dやねえ」

「D、ですか?」


 A4サイズ程の薄いタブレットに表示されたカルテを見ながら言われた診断結果に、梅野紬はピンとこない様子で聞き返した。不思議そうな顔をする梅野に、「そうそう」と軽い相槌が返される。


「梅野ちゃんの左目は《ノヴァ》っていう特殊な瞳……ノヴァって知ってる?」

「はい。友達に、二人います」

「へえー!それ程多いわけでもないのに、珍しいなあ。せやったら多少知識はあるんかな」

「はい。あ、でも、そんな詳しくは……。というより、本当に私の目、ノヴァですか?だってほら、色とか」


 テーブルに用意されていた鏡を覗き込み、たったノヴァだと診断が下った左目を良く見る。左から、右から、天井から注がれる光の位置をずらしたところで、その瞳の色に代わり映えはない。

 梅野の友人には二人、このノヴァと呼ばれる瞳を持つ幼馴染がいた。その二人は揃って黒とも茶色とも言えない美しい瞳の色をしている。

 聞いた話だと、ノヴァという瞳は何らかの特殊な作用から、ノヴァではないもう片方の瞳とは異なった色素量になり色の差異が出るらしい。いつもゲームを手離さない少しばかり頭の出来が良い幼馴染が、ゲームの片手間に気まぐれに聞かせてくれた話を思い出す。もっと詳しく話してくれたような気もするが、それを噛み砕いて上手く理解する頭を梅野は持ち合わせていなかった。


「確かに色はあんまわからんかもしれへんな。でもほら、左右でよお見比べて。右より左の方が、ちょーっとだけ色素薄いやろ?」

「……ほんとだ。ヘーゼルナッツみたい」

「おっ、ええ表現やな。美味しそうやし」

「でも私、本当に視力が良いだけなんです。それでもノヴァなんですか?」

「せやで。日本じゃ基本的に2.0までで充分事足りるから、あんまり測定しやんくて発見が遅れるんやけど。最近は後天的なノヴァを見つけるために少なくとも3.0まで測定する機関も増えてる。梅野ちゃんは確か、学校の検診で言われてんよな?」

「はい。先生が言った通り、3.0までの測定で3.0の測定結果を出したんです。そしたら、一度ノヴァの検査を受けてみた方がいいって言われて」

「2.0は案外いたりするもんやけど、3.0の視力は早々おらんからなあ。因みに、梅野ちゃんの視力は5.5。ノヴァの診断が下りるのは視力4.5から。虹彩の検査結果でもノヴァの結果は出てたけど、正式にノヴァの認定とランクが付与されんのは基準値以上の子だけ。診断書ちゃんと書くから、面倒やけど手続きはちゃんとするんやで?その方が今後優遇される時もあるやろし。就職とか」

「就職……。漁師とか、登山家とか?」

「うは」


 視力が良いことと関わりのある職業を思い浮かべると、ぱっと直ぐ出て来たのがその二つだった。深く考えもせず口に出すと、「確かに有利やけど」と肯定しながらも診断を下した医師は堪えることもせず笑う。それに梅野はむっと口をひん曲げて「他に何がありますか?」と語気を強めて訊ねる。


「ううん、せやなあ。天文学者とかはどうや?ロマンチックやん」

「星を見るのは嫌いじゃないですけど。大変残念なことに私、頭悪いんですよね」

「そ、それはめちゃくちゃ残念やなあ」


 今度は込み上げる笑いを堪えたらしい。それでも表情までは繕えないらしく、震える口角を見て梅野は口を尖らせた。

 この医師は凄くフランクで話しやすく、医者だからと偉そうな態度を見せることもない。きっちり予約時間をそれぞれの患者に30分割り当てているため、診察から少し逸れた話を出来ることも利点だった。

 評判も良いらしく、新規で診察を受けるには他の病院からの紹介状がない限り随分と先の予約になってしまうらしい。梅野も初回の診察を受けるのに約三ヶ月程待った。ただ「視力が良いから」という何の急も要さない症状の診察だったため、折角なら評判の良い病院へ通いたいと思って予約をしたのだ。

 結果、この病院を選んだことは梅野にとって当たりだった。基本的に難しい話は苦手で、医者特有の淡々とした態度や物言いも梅野はどうにも不得手だった。

 気兼ねなく、少し馴れ馴れしい気がしないでもないが、この聞き慣れないイントネーションと言葉遣いで視線を合わせて話してくれるこの優しい医師は、間違いなく当たりと言っていいだろう。

 後、単純に彼の容姿が整っていることも医院が評判になる一因を担っている。と梅野はしばしば思う。


「梅野ちゃんのノヴァはDランクに位置づけされるんやけど、ランクについては知ってる?」

「ええっと。Dはなんていうか……通常の上位互換、みたいな感じですか?」

「あー、言わんとしてることはわかるで。多分合ってもいる。つまり、ノヴァじゃない一般人の目が持つ能力値よりぐんと高い人のランクやな。梅野ちゃんみたいに桁外れに視力が良いとか、暗いところでもはっきり周りが見えるとか、本来目じゃ見えない光を捉えられるとか。Dはそういう《特化型》。ノヴァの大体はこれや」

「じゃあ、他のランクは?Dでも充分、というか、人間の限界に思いますけど」

「Dを《特化型》言うなら、Cは《感覚型》、Bは《感情型》、Aは《神秘型》」

「神秘?」

「そう。《怪異型》なんていう学者もおるけど、そんなん化け物や言うてるもんやし当然却下や。今のところ正式な名称は《神秘型》。正に科学的にも立証説明不可能な奇跡的な能力。ミステリーノヴァ」

「ミステリーノヴァ……」

「名探偵シャーロックホームズにも解かれへんミステリーやで」


 名探偵の下りを医師は得意げに言って見せるが、果してその名探偵シャーロックホームズがどれほどの難事件を解決する優れ者であるかなど、コナン・ドイルを一冊も読んだことのない梅野にわかる筈もない。「そうなんですか」と適当な返事をする。

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